第14話 学会
「学会?」
「僕達学者が参加する学会が、年に一回開かれることになっているんです」
リーガル城での生活も一週間ばかりが過ぎ去り、リュージュも大分慣れてきた日のことだった。
「学会というのは、どういう分野の研究を発表するんだ?」
「全体ですね」
「は?」
「リュージュさんはご存知ないでしょうが……この世界って、学者はそう多くないんですよ。絶滅危惧種と言っても過言ではないでしょう。その絶滅危惧種である学者は、かつては啀み合い、睨み合い、切磋琢磨した時代はあったと言われていますが……それも今は昔。今は少なくなった学者同士で未来について語らう。そして、お互いに頑張ろうと励まし合う。そういう時代になりつつあるのですよ」
「傷の舐め合いをしている、と?」
「近いような遠いような……」
「で、その学会の話を、どうして私にするんだ? まさか参加しろとは言わないだろうな」
「話が早いなあ……。そのまさかですよ、是非とも世界最後の魔女たるあなたに学会に参加していただいて」
「断る」
「いやいや……早いですって。せめて僕の意見を聞いてから」
「私は人混みが嫌いなんだ。だからあの塔に住んでいた訳だし。それを、お前は理解していると思ったがな?」
「ボイドですよ。いい加減名前で呼んでくださいよ……。でも、良い機会だと思うんですよ」
「何が?」
「学会です。学会は色んな分野の学者が一堂に会します。そして、そこで僕達は色々な発表をします。僕も勿論発表するんですけれど……そこで得られる情報は、悪くないことだと思います」
「悪くない、って……。まあ、良い。じゃあ、お前はいったい何を発表するんだ?」
「僕ですか? 僕は『喪失の時代』に関する考察を……」
「……おいおい、お前、いつまでそれに引っ張られているんだ?」
リュージュの言葉に、目を丸くするボイド。
「いつまで……とは?」
「いつまではいつまでだ。『喪失の時代』についてずっと研究しているのは分かる。だが、それを知って何の意味になる? 全くの不毛じゃないか。それが解決したところで、何が進む? 世界が前に進むほどの大きな問題が解決されるとでも思っているのか。……あの計算機だってそうだ。あれがもし世に知れ渡ったら」
「……世界は、間違いなくその技術の争奪戦になるでしょうね」
そしてそこから生み出されるのは、間違いなく戦争。
「……戦争が始まることで、何が生み出されるのか……知らない訳ではあるまい?」
「古い文献にも確かに残されています。戦争は何を生み出し、何を滅ぼしたのか。戦争は勝者の歴史を残し、敗者の歴史を抹消する、とも」
「確かにハイダルクはこの世界では大国だ。平和を享有するような時代であったにしろ」
「でも……もし、あの計算機を保有していることが分かったら」
「間違いなく、他の国はそれを材料にこの国を強請ってくるだろうな。或いは、全世界に発表してこの国を敵にしてしまうか。……正解はどちらにもなり得る。そして、そのいずれかも良い結果には到底ならない。見えている未来は、どちらも泥水を啜るような世界だ」
そんな世界に、誰が望む?
望まない人間も居れば、望む人間が居ることは紛れもない事実だ。しかしながら、この平和を完全に消滅させようと思う人間がもし居るとするならば――その存在は、
「絶対的な悪だと……言えるんじゃないですか」
「……ははっ。絶対的な悪、か。確かに悪であることは間違いないだろうよ」
しかし。
それでも。
「人間は、案外丈夫な生き物だよ。何度も泥水を啜ることになろうとも、必ず前を向く。決して諦めたりしない。そういう人間が一定数居る。だから、人間というのは……見ていて飽きない」
リュージュは、何処か遠くを眺めていた。
それは遙か昔の出来事を想起していたのか。或いは仮定を話しただけに過ぎないのか。
「……リュージュさん?」
「とにかく、その学会……間違いなく大きなことが起こりそうだな」
「興味を持っていただけましたか……!」
ボイドの笑顔を見て、リュージュは鼻を鳴らす。
「そんなつもりはない。ただ……この世界にきちんと向き合おうとした、ただそれだけのことだ」
それが本心であるかどうかは――リュージュ本人にしか分からない。
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