第12話 遺跡調査 007

「説明がつく……ね。確かにその言い分も分からなくはないがな。……だが、これからどうするつもりだ? この電子計算機が何も言わないなら、過去のことなんてさっぱり分からないだろう?」

「それについてなのですが――」


 ボイドが何かを言おうとしたその瞬間、リュージュが右手でボイド達を制した。


「……何を?」

「さっきから隠れているのは、少し底意地が悪いんじゃないかね?」


 リュージュの言葉を聞いて、部屋の奥から誰かが出てきた。

 それは、黒いローブに身を包んだ男だった。


「……いつから気づいていた?」

「いつからだろうねえ。少なくとも、この学者先生よりは早く気がついていたとも」

「……流石は世界最強の称号である魔女を名乗っているだけはあるか」

「いや、僕は全然分かりませんでしたが……」

「で、あんたはいったい何者だ? 感じからしてハイダルクの人間ではないだろうな」

「ハイダルクの人間ではない、とは言っておこう」

「……スパイということですか、あなたは」


 そこで漸くボイドの目つきが変わった。

 男は顔半分を隠していたが、笑みを浮かべたことだけは分かった。


「一応言っておくが、あんたには何も出来ないよ。学者気取りの王族が」


 学者気取りの王族、と言われてもボイドは何も言い出さなかった。

 それについてリュージュは深い溜息を吐きつつ、


「……流石に言われっぱなしでは困るところもあると思うんだがな?」

「ならどうする、魔女よ。魔女ならばどうするつもりだ」

「お前はこの電子計算機とやらを知って、何をしたいんだ?」

「さあね。詳しいことは分からない。……そもそも手足となる人間が、上の目的を知る必要があるのか?」

「……成程ね。確かにその通りと言えば、その通りだ。ならば、お前はただの駒か? 駒が駒であることを自覚して……ということは、いつ切り捨てられてもおかしくない、と?」

「駒が駒だと自覚して、何が悪い?」


 男はせせら笑う。

 それが、駒にとって最適な解答であることを、理解しているかの如く。


「……ええ、それは立派な志よ」


 けれどね。リュージュは言葉を吐き捨てる。

 それだけで、周りの空気を一変させるような、そんな雰囲気。

 そして。

 それがどういう意味を成しているのかどうか――男は唐突に理解することになる。

 刹那、男の身体を氷が覆い尽くす。瞬間的に男の周囲の空気に含まれた水分が凍結したことで、男自身を覆い尽くしたのだ。


「……何をしたんですか」


 ボイドは、自分の目の前で男が氷漬けになってしまったというのに、なおも冷静に訊ねた。


「簡単なこと、魔法を使ったまで。……まさか、魔法について何も知らないとは言わせないわよ」

「そんな。そんなことある訳ないじゃないですか……。僕は一応学者ですよ? この世界の歴史については、それなりに知識を持っているつもりです。そして、この世界に存在する魔法という概念も」

「……そこまで言い張るのであれば、私はどんな魔法を使ったと思う?」

「ええと……多分氷魔法ですよね。それも、空気の水分を瞬間的に凍結させた。正直、今の時代の魔術師がそれを使えるとは到底思えない、古の魔法かと」

「古の……ええ、そうね、そうなるでしょうね。或いは、時代遅れと言った方が正しいのかもしれない」

「何もそこまでは……」

「魔女自体、時代遅れの象徴みたいなものでしょう? だってこの世界にはもう、魔女という存在は私以外存在しないのだから」

「それは……」


 それは、紛れもない事実だった。


「……さて、それについては、今あまり語るべきではないだろう」


 リュージュは踵を返し、アリスに向き直る。


「アリス。今回は去ることにしよう。だが、いつか……お前が人間の目に触れてしまったからには、それを解き明かさなくてはならないだろう。何せお前は、この時代においてのオーパーツ……存在し得ないものなのだから」

『ええ、十二分に承知しております』


 ふん、と鼻を鳴らしてリュージュはその場を後にする。

 それを追いかけるようにボイド達が後に続いた。

 それを、アリスは何も言わずに、ただ見送るばかりだった。


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