みんな野球が好きだった 

有間 洋

第1話 「殴ってもいいですか?」

 「殴ってもいいですか?」

 アンパンマン顔の少年野球チームのAコーチは怒りに声を荒げて、私たち母親に言った。私は開いた口が空いたまんまになりそうなのをなんとかこらえて、他の保護者たちを見た。誰も何も言わない。

 子供たちは、暗い顔をしてうつむいている。今日は練習試合で、相手に大量得点されて負けた。ただ、それだけだ。

 でも、Aコーチは、その負け方に腹を立てて、子供たちを責める。でも、「殴る」はパワハラだ。わかっていても、保護者は何も言えない。そういう空気がこのチームにはあった。

 結局、実際殴らなかったけれども、この一言で、子供たちは萎縮し、試合になると、ミスするのを恐れて、逆に、練習通りのプレイができず、また、負ける。その悪循環がチームを弱くしていることに、どのコーチも気がつかない。勝つことばかりにこだわりすぎて、子供たちがのびのびプレイすることができなくなっている。

 これが、甲子園を目指す高校球児なら、そういうこともあるかもしれないが、まだ小学生だ。

 そもそも、小学生の地域の野球チームの目的は、スポーツを通して成長すること、教育だと思う。もちろん、やるからにはどこのチームも、勝ちたいと思ってやっているし、勝てば嬉しい。

 でも、勝つことが目的になってしまうと、「野球を楽しむ」という一番大切な根幹の部分がなくなってしまう。そして、一番不幸なことは、もともと野球が好きでチームに入った子供が、野球を嫌いになってしまうことだ。そんな例を私はたくさん見てきた。

 ちなみに、これはもう、10年くらい前の話だ。

 そして、息子が入っていたチームは入部者がいなくて、廃部になったそうだ。

 息子も中学までで野球を辞めた。

 今となっては、あの時「殴ってもいいですか」という言葉に、「暴力反対」と声を上げればよかったと思っている。

 まだまだ、いろいろ、空いた口が空いたまんまになりそうな話が、いろいろあるが、それは次の機会に書きたいと思う。

 今、少年野球をやっている子供が、野球を好きなままでいてくれることを心から切に願ってやまない。

 そして、指導者がちゃんと教育者であることを心から望む。

 

 

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