第27話 決着

 少し時は遡り、ヤンがクロンの首をへし折ったころに戻る。クロンは怒っていた。目の前で自分と戦っている人間が本当に人なのかどうかさえ疑っている。強力な祝福ギフトを持ちながら人の命を刈ることに使う、それがクロンは許せなかった。


「すぐにでも床に沈めてやる!」


「やってみろや!」


 ヤンはそのまま棒を伸ばしムチのようにしならせクロンへと振り下ろす。クロンはそれを半身引くことで避けるとそのままヤンの方へと突っ込む。


「バァカ! 俺の能力はノータイムで行われる! 遠くに攻撃を放っても手元で扱えるように戻るまでは一瞬だ!」


「それくらい、想定している」


 クロンは横薙ぎに振るわれた棒をかがんで避けると、タックルの体勢をとりそのまま突っ込む。しかしその後床に向けて振るわれた棒は、床に当たった部分で跳ね上がり、先端がそのまま突っ込んでくるクロンの腹部を捉える。クロンは跳ね上げられ、ヤンの近くで無防備な状態を晒す。


「宙に浮かんじまえばこっちのもんだ! ガラ飽きだバァカ!」


 そうしてヤンはクロンの頭を砕かんと棒を伸ばし突きのように振るう。しかしクロンは予測していたかのように宙で体をひねるとその棒を起点にし、普通の人間ではありえない体勢で、ヤンの顔へ蹴りを入れた。ヤンはその衝撃で吹き飛ぶ。


「さっきから自分の能力での変化のスピードを自慢しているけど、同時に2つ以上、柔らかくすると同時に伸ばしたりはできない。必ずどちらかのプロセスを止めた後、次の変化を混ぜ込んでいるね」


「クッ、だからなんだってんだ!」


「なるほど、図星か。今のは、残念だったね。僕は再生できるから、体の構造が壊れるような動きもできるんだ。じゃあ、仕切り直しだね」


 相手が体重や勢いの乗っていない蹴りを顔にいれたくらいで倒れる程度の人間ならば、この場に出てくることはないとわかっていた。だから、わざわざ能力をわかっていると、バラしてまで挑発したのだ。ここで完膚無きまで叩き潰すために。先に沈んだカエデのために。今も必死に戦っているラビのために。一度決めたことだ。クロンは、床を蹴る。


「クソがッ!」


 ヤンはクロンの足を払うように、しかしその威力は足を砕くほどに棒を振るう。クロンはそれを避けずに受ける。


「バカな!」


 ヤンは相手が再生できるとしても避けると考えていた。人は痛みに弱い。それが根源的な恐怖であるからだ。ならばクロンであっても可能な限りは回避すると踏んでいた。


「痛いのは嫌いさ。でもそれ以上に友達が傷つくところを見るのは、もっと嫌いだ。だったら僕の足のひとつやふたつ、くれてやる」


 払われた足は当然のようにへし折れ、クロンはその勢いのまま横回転し、頭から床へと落ちる体勢になる。しかしそこでクロンは手を使いバネのように跳ね、ヤンの腹へと折れた足で蹴りを入れる。ヤンはまたしても吹き飛ぶこととなる。


(なんだあいつの蹴りは。空中に浮いてて体重が乗ってなくても、折れた足でも重すぎる!)


 ヤンは吹き飛んだ先でそんなことを考えていた。たった二発の、しかも不十分な体勢からの蹴りであったが、すでに体が悲鳴を上げている。今すぐにでも活動を停止してしまいそうなほどであった。


「ふざけるなッ! お前、ランク3万台のくせに! 再生しかできない木偶の坊のくせにッ! 俺に追いすがってくるなッ!」


 そう叫ぶと、ヤンは離れた位置から手に持った棒を伸ばす。そして間髪入れず短くし、さらに再度伸ばす動作を繰り返す。その動作から、棒の挙動は連続して放たれる突きのようになる。連続突きを繰り出していく。その棒先はクロンを捉えるも、かすめるだけで決定打にはならない。


「なんで当たらないッ!」


「それは、君の攻撃に魂が乗ってないからだ。単調な攻撃だから、避けるのは簡単。だから、こういうこともできる」


 そう言うとクロンはいきなりヤンの伸ばした棒を掴む。


「なっ、やめっ」


 ヤンはその行動に反応しきれない。ヤンは棒を手放さないように、掴む部分を祝福ギフトで加工し掴みやすく、離れにくくしていた。つまり、ヤンの指や手のひらが棒に軽く埋まっているのだ。そのため長くした棒を短くする段階で持ち手を加工することは叶わない。


 しかし、ヤン自身の体重ではそうそう自分が引き寄せられることはない。重心も落とし、棒を振るっている。しかし、クロンが相手ではそんなもの関係ない。見た目に反し体重が異常に重いクロンに、ヤンはそのままなすすべもなく引き寄せられ、隙を晒してしまう。


「来てくれてありがとう。じゃあ眠って反省してくれ」


 クロンはそのまま棒を掴んだ方とは逆の腕で体重を乗せた一撃を放つ。ラビの全力ほどではないが、とんでもない細胞密度の体から放たれる一撃は、石で殴るにも等しい威力となる。ヤンの腹部へと叩き込まれたそれは、意識を刈り取るには十分すぎた。ヤンは、殴られた勢いを乗せ闘技場へと叩き込まれると、血を吐き動かなくなった。


 ヤンが床へと転がり動かなくなるのを見届けると、クロンは周囲を見渡した。そこには、剣を握ったまま瓦礫に埋もれ意識のないラビと、こちらに目線を向けいやらしい笑みを浮かべるリョウがいた。クロンは、ラビへ心の中で必ず勝つと誓うと、リョウへ向けて構えをとる。リョウも同時に、構える。


「おい、呪い持ち。棄権するなら今のうちだぜ。どう見ても相性が悪いだろう」


「どうかな、最後までやらないとわからないだろ」


 クロンはそのまま地を蹴りリョウへと接近する。横目で見ていた限り相手の能力は硬化するだけだ。そのまま下段の回し蹴りを放つも、クロンの足が砕けて終わる。


 クロンはこの結果を予想していたかのように一瞥すると、そのまま残った足で跳ね、距離を取る。距離を取り終わる頃には、折れた足は治癒しきっている。クロンは残念ながらラビが看破したリョウの弱点を知らない。リョウ自身もクロンはそれを知らないと考えており、それは正しかった。


「オイオイ、何度やっても一緒だぜ。俺の硬化はお前の攻撃くらい完全に防げる。たしかに重い一撃だが、俺の硬化の方が強い! さっさと降参しな!」


「断る。それになんでそんなに降参を勧めてくるんだ。ラビとの戦いでのダメージが残っているのか? だいたい無敵なら、なんで腹部に剣で入れられた傷がある!」


「ヘッ、硬化せず一発入れさせてやっただけさ。あまりにも一方的でかわいそうだったんでな!」


 嘘だ。クロンは思考する。勝てるのなら降参を勧める理由はない。それに、ラビはなにかを見破り、結果あの傷がつけられてる。なんだ? と、クロンは答えへと近づくも、今はまだパズルのピースが足りない。そのままふたりは、格闘戦を行うこととなる。


 硬化の能力を相手に生身で攻めあぐねるクロンに対し、一箇所しか硬化はできないが、慎重に使い分けることで有利に戦いを進めるリョウ。このまま一方的にクロンが場外へと弾き飛ばされると誰もが考えたその時、転機は訪れる。


「ッ!」


 クロンが、鉤突きを放つ。この技は相手の腹部へと正拳突きを行うものであるが、一つ特殊な部分があった。この攻撃技は両手を使って行われる。そして、その攻撃はリョウの胸部と下腹部を捉えていた。


 そして、リョウはこの広範囲に広がる攻撃を防ぐことに失敗する。二つの攻撃の基点が離れ過ぎていたのだ。


 結果下腹部へ放たれた方の攻撃を防ぐことができず、さらなるダメージを加算する。クロンの方も精神的なダメージや疲労感は無数の骨折や打撲でしっかりと蓄積されていたが、この攻撃が契機となり、クロンが押し返す、ようになるかと思われた。


「クソがあああ!!」


 リョウは悟る。弱点がバレた。このままだと一方的に攻められて終わる。そう考えた彼が取った行動は、結果としてラビに対してしたことと同じことであった。


 クロンは様子の変わったリョウに対し怪訝な顔を浮かべるが、その顔はすぐに戦いに集中する。リョウはその能力で床を叩き土煙を起こすと、クロン目掛けてスタジアムの床板に手をかける。


「ヒャハハハ! どうだこの攻撃はよぉ! ラビにやったのと同じだぜ! オラオラオラオラ!」


 リョウは動きながら床の石板剥がし、それをクロンへと投げ続ける。単調な攻撃だ。だから、クロンはそれに対して冷静に対処していた。石の板を蹴り飛ばし破壊する。1枚目に隠された2枚目も最小限の動きで破壊し、それを何度も繰り返す。


 しかしその猛攻はその場から抜け出る隙を与えず、しばらく膠着こうちゃく状態が続く。クロンは剥ぎ取れる床板が切れるまで耐えようと、そう考えていた。


 その時だった。嫌な予感を感じ取るも、なにかはわからない。そして、衝撃。クロンの脇腹を、見えない衝撃が捉える。吹き飛び、そのままなすすべもなく転がり、多数の床板に押しつぶされ、瓦礫に埋もれてしまった。


(うぅ……動けない……!)


 クロンは失念していた。これがパーティー戦であることを。クロンは失念していた。倒れていても、時間経過で回復し起き上がってくることがあることを。クロンは失念していた。今戦っているうちで一番強いローグの能力を。クロンは失念していた。いくら再生できても、体を重いもので拘束されれば動かないことを。


「フー、なんとか起きられたぜ、ハァ、ハァ」


 クロンは確認する。現在の状態で動かせるのは右腕だけだと。絶体絶命だ。この状態では、【細胞崩壊】も使えない。あれを使えば総合的な能力が上がり、リョウならば倒せるであろうが、あの透明な壁に対してはその性質上無力だ。


 このふたりの能力はクロンの天敵と言えた。まさか起き上がってくるとは。カエデはまだ気絶したままだ。ラビは、どうやら起きてはいるようだが戦闘を継続できる状態じゃないだろう。その時、クロンはあることに気づく。


「ハァ、ハァ、手こずらせやがって。ローグの兄貴が、起きてこなきゃ、危なかったぜ。ありがとうございます」


「ハァ、俺も、ここまでこいつらに手こずるとは思わなかった。フー、とんでもねえやつらだ。これで冒険者を引退とは、惜しいな……」


「なに言ってんすか、呪い持ちですよ......!」


「呪いを持ってようが強いやつは強い。それだけだ」


 会話するローグとリョウをよそに、瓦礫に埋もれたクロンはうぅ…と呻きながら右腕をふたりへ向かって伸ばす。


「なんだこの腕は? 命乞いか? ハハハ! 面白いことをするな。安心しろ、今すぐ頭を潰してやる。首は折れるだけなら再生するらしいが、頭を潰されれば、いくら闘技場の祝福があっても、どうなのかな?」


 そうローグが言うと、クロンは目の前のふたりを睨みつける。


「ははは、こいつ睨みつけてますよ! 雑魚のくせによぉ! あの女がエーデルさんのものになって悔しいか? 安心しろ、あっちのカエデって女もうちで引き取ってやる! ま、どうなるかは知らねえけどな……! ハハハ、ハハハハ!」


 ◆◆◆


「フゥ……ヒヤヒヤさせやがって」


「本当ですよ、なんとか勝ちましたね」


「いや、まだ終わってねえ。ちゃんと降参って言わせるか場外に投げ飛ばさねえと勝ちにはならねえからな、あいつらなにモタモタしてんだ! さっさとやれや!」


 エーデルとリュゼはそれまでの焦燥感が嘘みたいに安心しきり、VIPルームからヤジを飛ばす。


 ◆◆◆


『おい、お前ら、さっさと決着をつけろ! なにをモタモタしてんだ! 俺を安心させろ! そいつらは最後までなにするかわかんねえんだからさっさとしろ!』


 観客席の上の方から声が聞こえる。


「おっと、エーデルさんが結果をお待ちだ。さっさとやるぞ。だからお前なんだその右腕は? 邪魔だなあ。首の前にその上にあがってる腕を切り飛ばしてやる!」


 そうローグが宣言すると腕に目をやる。ローグは、その腕を見て怪訝な顔を浮かべる。


 クロンの手首より先には、無数のひび割れが発生していた。


「……なんだその手は! なにをした!」


 ローグはうろたえ、手を切断するのは辞め首へと狙いを定めた。このまま手を切り落とせばなにかが起こる。ローグのその判断は正しかったが、その一瞬の隙をクロンは見逃さなかった。


「ラビ!!」


 ——シュン、と。なにかがクロンの手首をかすめ、右腕と右手を切り離す。手首から離れた拳は、さらにひび割れが広がり、光が漏れ出し、今にもクロンを殺さんとしていたふたりは突然のことに動きを止め。


「......空気の壁や硬い体は驚異だ。でも、純粋なエネルギーの奔流を、防ぐことはできるのかな……?」


 その後幾ばくもなく、クロンの切り落とされた右手が、莫大なエネルギーを放出しながら爆発し、あたり一面を光で包み込んだ。


 光は、爆発は、クロンを中心に、闘技場を、吹き飛ばす。


 鋭く輝く光と轟音が消えた後、闘技場の上に残っていたのは、クロンから離れて倒れていたカエデとラビだけだった。


 クロンのいた場所には、大きなクレーターができており、その威力を物語っている。


 クロンの切り落とされた部分から発生したエネルギーの奔流は、近距離でまともにくらった3人と、ほど近い場所に倒れていたヤンを巻き込みその体を場外へと吹き飛ばした。クロンを含めた4人は、見るも無残な状態になっていた。


 その後会場の喧騒が収まった時、ラビが、何も持っていない右手を握り、中空に掲げる。


 ブーッと、会場に試合終了のブザーが鳴り響く。


『試合終了〜! とんでもない死闘でしたが、優勝は、な、な、なんと、アルカヌム・デア〜! 優勝間違いなしと言われたマグナ・アルボスのパーティーを下し、勝利を収めたのはなんと、まだまだ冒険者になったばかりの3人! これは将来が楽しみになってきましたね〜! 特に呪い持ちの彼! 7歳までには死ぬと言われている能力を持ちながら、とんでもない力で勝利を収めました! 最後のやばい爆発はなんだ! あんなもの、場外アウト制のこのコロシアムでやられたら、ひとたまりもないぞっ! 優勝おめでとうございます!! 表彰は全員の体が治ったあと、協議会事務局の方で行われます! 観客の皆さーん! 今日はわざわざ来てくれてありがとねー! すごいもの見れたね! 今日見たことは、周りの人にどんどん自慢しちゃってくださーい! ……医療班、もたもたしない! 全員後遺症が残らないようにちゃんと治せよ! 以上、ランク第4位、みんなのアイドル、ルシア・リチュエルがお送りしました〜! ばいばーい!』


 長かった戦いは、アルカヌム・デアの勝利で終わりを告げた。

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