第26話 ラビVSリョウ
「どうなってんだ!?」
目の前でローグがスタジアムに沈むのを見たエーデルは動揺する。相手がアルカヌム・デアであろうと、他の新人戦参加商社だろうと、勝てるように外界から呼び戻したのがローグだ。彼は英雄平原を超えて未開地域の開拓に駆り出されるほどの実力者で、ソロでカテゴリー3上位を相手にできるほどの能力を有している。
他のふたりが無様に倒されてもローグだけで勝てる程度には強いはずなのだ。にも関わらず相打ちではあるものの一番最初に戦闘不能になるのがローグだとは、エーデルもリュゼも露程も思わなかった。
「なんだ、あのカエデってやつは! 新人リストの中にはいなかった! わざわざ協議会の担当からもらってきたリストだ、漏れはない! 俺たちがふっかけてから3日しか時間がなかったはずなのに、あいつらはアレを連れてきた。どこからだよ! なんでライセンスも持たないでなんでローグと同じくらい強いんだよ!」
そう憤慨していると、VIPルームに来客がある。
「エーデル様、リュゼ様、ただいま協議会からカエデという者の情報を入手してきました」
「よくやった! 話せ」
「名前はカエデ・アスカ、出身地はクロン、あの呪い持ちと同じということです」
「身内かぁっ」
「身内ですか……」
エーデルが目に見えて憤りだす。呪い持ちは蔑まれていて当然で、友達や恋人などいないと考えていたためそこまで手を回さなかった自分を恥じる。リュゼもまたそれを聞き押し黙ってしまう。協議会への遣いはさらに続ける。
「そしてですね、その、ランクが……」
「なにを言いづらそうにしてるんだ。言え!」
「5345位、です……」
「ありえん!」
エーデルは叫ぶ。
「昨日今日田舎から出てきた新人が5345位!? 寝言は寝て言え! 丸3年も外界で活動してきたローグでさえ4953位だぞ! それが一度も外界へ出たことない人間に負ける……。外界……? まさかモグリか!」
モグリ、それは他の冒険者の手を借り外界へと出て戦闘経験を積む者を言う。一般的には問題を起こしライセンスを停止されている者やさまざまな理由でライセンスが取得的ない者のことを指すが、ラビやカエデなど幼少期からの英才教育の一貫で外へ出るものもいた。それらはひとまとめでモグリと呼ばれていた。
「モグリだとしてもその実力はおかしいですよ」
リュゼは正常に戻るとそう言うも、実際にローグを倒したという事実は消えなかった。エーデルは、自信の気持ちを切り替えて観戦を続ける。
「まあいい、他のふたりは事前情報ならどちらもリョウもヤンよりもランクは低い。呪い持ちに限れば3万よりも下、雑魚だ。ローグだけ倒されたならともかくあの女も戦闘不能だ。あとはそのままことを運ばせればいい」
「そうですねぇ……」
◆◆◆
「まさかローグの兄貴が最初に負けちまうとは……」
「こっちのセリフよ。あのローグって人、強いのね」
「ああ、強いさ。うちの若い奴らは全員あの人に憧れてる。まぁいい。残った俺らが勝てばいいんだ。簡単じゃないか」
「……させないわ」
「そんなにボロボロでなにができるんだ?」
「やってみなきゃわかんないでしょ!」
ラビは戦いが始まった時と変わらぬ速度でスタジアムを駆ける。剣を何度となく振るうも、一振りも相手に通らない。
「だから、効かねえってんだろうが!」
リョウはそう言うとまたしても先ほどのように攻勢に出るが、ラビは防戦に回らずに正面から迫る拳を剣で滑らせそのままカウンターを取る。
「ッぶね!」
リョウはその攻撃を回避し、再度距離を取る。
(今のカウンターは通るとは思わなかったけど、それでも硬化して防いでくると思ってた。なんで? 今の剣撃は防げなかった?)
ラビはその違和感の答えを見つけようとリョウへ加速して近づき、相手をすくい上げるように剣を下から滑らせていく、それをリョウは両腕を下へ向けクロスさせ、そのクロスでできた逆V字の溝で受け止める。それを確認したラビは再度距離を取る。
(普通に防いだ。もう一度試してみましょう)
今度は正面からではなく、うさぎのようにぴょんぴょんと飛び跳ね右と左に大きく振れながら隙を伺う。すると、リョウは明らかに嫌な顔をしながら床を殴打し土煙を発生させ、隠れた。
(なんで? 防げるのなら今のは逃げに入る必要がない。となるとどこから来るかわかる剣撃以外は警戒している? そうか、少なくとも剣筋がわからないと防げないんだ。見たところ全身を硬化させることはできない! ならば手数を増やせばなんとかなる!)
ラビはそう結論づけ、土煙が晴れるのをスタジアム内を駆けながら待つ。そうして土煙が晴れると、その場にリョウがいない。
「嘘っ!」
「上だバァーカ!」
「ぐっ!」
リョウは土煙が消える前に上へと飛んでいた。硬化能力を使い飛んだのであろうが、ラビはそれを知覚できるほどに正常な感覚は残っていなかった。かろうじて防ぐも、衝撃を受け流しきれずそのまま弾き飛ばされ無様に転がる。
先ほどのリョウの放った床での面攻撃がしっかりと効いており、それに何度かリョウへと攻め込む時に傷ついた筋肉と筋を無理に使ったことで、かなりの痛みが発生していた。
近いうちに打開策を見出さないと負けるのは明白だ。そうなればクロンは2対1、この4日の間で考えた秘策はあるが、彼ひとりではおそらく勝ち目はない。そしてこの大衆監視の中、あの力を使わせることなどあってはならない。ならばここで勝つか、最低でも相打ちに持っていかなければならない。
ラビは焦っていた。そのまま隙だらけの攻撃をリョウへと放つ。しかし、その焦りからか、普段のラビであれば絶対にしないであろうミスを犯す。先ほどの攻防での土煙が若干残り足場の状態を把握仕切れなかったこともあり、攻撃し剣を振るために一歩踏み込んだ時石を踏みバランスを崩してしまう。
「しまっ……!」
ラビはそのまま姿勢を崩し、リョウへと突っ込む。隙だらけだ。しかし、結果として両者予想していなかったことが起こる。
「ぐああああああっ!」
そのバランスの崩した剣先は、リョウが上げて硬化させた前腕の下を通過し脇腹から腹部をえぐるように通り抜けた。深く傷をつけたわけではないが傷ついた部分から血がしたたり落ちる。
リョウからすれば今日はじめての負傷だ。しかし、そこまで深い傷でないながらも普段傷つくことのない戦い方を好んでしているリョウは痛みになれておらず、顔を醜く歪ませラビを睨みつける。
「貴様ァ……! 俺に傷をつけたなァ……!」
しかし一方でラビはなぜ今の攻撃が通ったのか理解できていなかった。ラビは正解を導き出そうと頭を動かす。
(今の攻撃もそのままなら彼が腕を構えた部分に吸い込まれていた。一つ他の攻撃と違ったのは誤って石を踏んで攻撃の軌道が変わったことだけ。石を踏んで軌道が変わる? でもそれなら攻撃が来る側面をすべて硬化すればいいはず。なぜ硬化しない…硬化できない……? そうか! 体のうち選んだ一点の中心に硬化できる範囲が決まってるんだ! ならば……!)
ラビは自分の考えが正しいか確信を得るために、満身創痍の体に鞭打ちリョウへ突っ込む。先ほど石を踏んだ時、もともと打ち込むはずだった軌道を選び剣を運ぶ。
「同じ場所に何度も打ち込んでくんじゃねえよ! シャラクセェ!」
リョウはまた右からの横薙ぎを左前腕をあげて防ごうと硬化させる。
「グゥッ、貴様ァ……」
「へへ、やっぱりね」
腕に吸い込まれた剣撃はラビの予想通り防がれたが、ラビが同時に放った右足での蹴りが、先ほど偶然つけることができた傷へと吸い込まれ、防がれることなくその衝撃を伝える。
剣撃と同時に放った蹴りであることや、体がズタボロであることからラビ本来の蹴りの衝撃は伝えられなかったが、それでも生身の人間に対する攻撃としては十分であった。リョウは血を吐き、そのまま膝から崩れ落ちる。
「私は剣だけじゃなくて蹴りも得意なのよ。どう? 私の蹴り、効くでしょ。ちゃんと
そう言うと、ラビは再度剣と蹴りを放つ体勢をとる。しかし、リョウはまだ諦めていなかった。
「ふざけんじゃねぇよ!」
そのまま両腕を振り上げ頭の上で手を組み、思い切り振り下ろした。振り下ろす最中に硬化させることも忘れない。振り下ろされた腕は目の前の床を破壊し正面にいたラビを巻き込み吹き飛ばす。
「くぅぅ、まだあんな力が残ってるなんて…!」
至近距離から礫を食らったラビは無事では済まず、腕や足に青あざや切り傷を増やす。かろうじて片膝をつき倒れこむのを防ぐと周囲を見渡す。先ほどの床への殴打はそれまでのものとは違いかなりの威力があった。さらに弾き飛ばされた小さな粒子が土煙となり、視界を覆い隠す。
しかし、ラビは警戒しつつもその場から動こうとはせず体力回復に努めた。あの至近距離での破壊はラビだけでなくリョウにもダメージを残す。ならば意識はあってもすぐには立ち上がってこないだろう。そう考えた結果だった。しかしそれは相手に理性が残っていた場合である。リョウは、そうではない。
「そこにいるんだろうがァ! くらえや!」
リョウは戦いの前半でラビをズタボロにした床の石板による面攻撃を試みていた。そしてそれを投げた場所は、まさしくラビが立ち上がり体力を回復しようとしていた場所であった。しかしラビは逆に冷静だった。
「何度も同じ手くらうわけないでしょ!」
ラビは自身の足をしっかりとスナップさせ、正面から迫る板を蹴り抜く。それはまさしく
(私だって成長してるんだから、ふふん)
心の中でドヤ顔をするも、その高揚感は長くは続かなかった。
「一枚で終わるわけ、ねえだろうが!」
リョウは一枚だけではなく、1枚目の石板に隠れるように2枚目を放っていた。
「嘘っ! 間に合わな」
ラビは、蹴り抜いた体勢から2撃目を放てずその板に対応しきれない。そしてそのまま飛んでくる石板に巻き込まれる。土煙が晴れた時に立っていたのはリョウだけであった。
「手こずらせやがってよ……。クソうさぎが!」
リョウは悪態をつき、彼の方へとゆっくり歩いてくるクロンを見据える。
「あとは、お前だけだな、呪い持ちィ!」
「そうみたいだね」
クロンは、静かに怒る。クロンと戦っていたヤンはすでに、床に沈んでいた。
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