第24話 どす黒い怒り

「先手必勝ッ!」


 ラビが駆ける。相手の祝福ギフトがわかっていないうちに攻勢をかけるのは愚の骨頂だ。しかしラビの能力は相手にバレているし、速攻に向いているのは間違いないため彼女はそうすることを選んだ。


 ここでうまく倒せれば他の3人の加勢にいける、そう考えたためだ。しかしそれは勇み足であった。リョウはラビがそうくることをわかっていたかのように、その場で自身の祝福ギフトを発動させる。


「【硬化宝晶カルメルタザイト】ォ!」


 ラビは若干躊躇したとは言え、自身の【加速加力パワフル・アクセル】を使ってまで力を上乗せして剣を薙いだのだ。肩から袈裟斬りにしようとした軌道は読まれ、リョウは腕をその軌道上へ配置した。


 普通ならばその腕は斬り落とされるが、彼は自身の祝福ギフトで防ぐ。その腕はまるで青く光り輝く宝石のようで、剣は弾かれ少し刃こぼれが発生していた。


「無駄無駄ァ! 俺に物理攻撃は効かねえよ! 肌の質を変えるだけの能力だが、お前にとっては天敵みたいだなぁ。大変だよなぁ、ちょっと早いだけでちょっと強いだけ。親父ほどの力もなければ、スピードも言うほどだ。悲しいよなぁ、うさぎちゃん?」


「うるさい!」


 ラビはそのまま数回追撃するが、剣の筋がすべて読まれ、剣が届く部分を都度硬化され剣が体に差し込まれることはない。2撃目以降刃こぼれを恐れ入れる力を抑えてはいるが、それでも剣にダメージは入ってしまう。とんでもない硬さだ、とラビは思う。


 ラビの剣は少し重く作られている。それはラビが祝福ギフトを使って持った場合を考えられているからだ。その分硬度も切れ味も他の剣よりも優れているが、それでもあくまで斬るという動作を最大限引き出すものであり、父親のようにさらに巨大な剣で押しつぶすといった使い方をすることができない。


 ラビの見立てではリョウは全身を硬化させることはできなさそうなので叩き潰すという戦法自体は使えるが、ラビの剣では残念ながら不可能と言えた。その後も何度か攻撃を仕掛けるも、ことごとく防がれてしまう。軽く他ふたりにも視線を飛ばすが、どちらも戦闘中で助けを求められる状態ではない。


 ここまで相性の差が出てしまうとは、それか相性が悪い相手を選んで当てて来た? その確率が高いと判断すると、マグナ・アルボスの狡猾さが透けて見えて、そして自分たちの甘さがわかりラビは気分が悪くなる。


「今度は、こちらからいくぞ。オラァ!」


「ッ!」


 しばらくラビが攻めあぐねていると、チャンスだと思ったのかリョウが攻勢に転じる。彼は硬化能力しか持たないが、その硬化した手と足は立派な凶器と化していた。一発でもくらえば最低でも骨は折れる。そう判断したラビは避けることに集中する。


「オラオラオラオラオラァ!」


 リョウの猛攻はそれなりの硬さである岩石質の闘技場をたやすく破壊する。ラビはその破壊の衝撃で飛来する破片による副次的なダメージまで避けることができない。つい最近の獅子王狼キングレオウルフ騒動の時も攻撃の余波でダメージをくらったなぁなどと考える余裕はあるが、それでも相手に隙が見つからず、飛んでくる岩の破片で小さな傷を少しずつ作る。しばらくそれが続いたのちにリョウがニヤリと笑うと、手を貫手の形に硬化させ、そのまま床をめくり上げラビの方へと投げつけてきた。


「しまっ!」


 今までの拳とそこから散らばる小さな石片による攻撃とは違い、相手が面制圧をしてくるとは思っていなかったラビは、対応に遅れその石でできた床板に押しつぶされることとなる。


「ハッ、マグナ・アルボスに逆らうからそうなるんだ。祝福ギフトがある、まだ戦える状態ではあるだろうが動けないだろ。黙ってそこで転がってろ。他のふたりも同じように消してくるからよ」


「ッ、まだ、終わってないわよ。私の祝福ギフトだって日々成長してる。こんな程度の重さ、どうってことないわよッ!」


 ガラガラガラと、床板が自重で崩壊し石片の山となっていた部分から、ラビが這い出てくる。露出しているふとももと二の腕を中心に大小さまざまな傷を負い頭からは血を流しているが、自身の祝福ギフトのおかげだろうか、床程度の重さではビクともしない。しかし、いくら頑丈でもそれが相手を攻めるのに使えなければ、防戦一方である。


 ラビはこのまま攻撃され続けるよりは自身も攻撃に回ることで戦いを長引かせるほうがいいだろうと考え、長引いた結果他のふたりが勝ち加勢しに来てくれることを祈り、もう一度攻めの体制をとる。リョウはそんなラビに不可解な目を向けるも、再度攻めに回るだろうことを察知したのか、肌を硬化させ受ける準備をする。


 そんなラビとリョウがお互いに攻めきれない煮詰まった攻防をしているころ、クロンとヤンの戦いもまた白熱した様相を呈していた。


「お前、【自己再生】しかないくせに俺に勝てると思ってんのか? その胸当てを破壊して心臓を一突きするか、頭を破壊すれば終わりだ。必ずぶっ潰してやる!」


「やってみろ!」


 クロンとヤンが同時に動く。ヤンが武器として使うのであろう金属でできた棒—おそらく鉄パイプであろう—を突き出すと、クロンはそれを腕で払おうとする。棒に腕が当たるとそれまで硬かったはずのそれがぐにゃりと曲がり、腕で払った部分を基点に先端部分が折れ曲りそのままクロンの頭を襲う。


「クッ!」


 クロンはなんとか避けるも、かすめた棒の先で頭を切ってしまう。その傷はすぐ癒えるも、流れ出た血が片目を潰しかける。しかしクロンは目を塞ぎ血を拭うと距離を取る。


「なんだ、その棒……?」


「棒にカラクリがあると思ってんのか? バカが! 俺たちは祝福ギフトっつー珍しい力を持ってんだ、そっちに決まってんだろうが! 次いくぜ、オラァ!」


 ヤンの棒がいきなり伸びた。伸びただけではなく先端が鋭利になり、射程外へ逃げたと確信していたクロンの腕を貫き、血が飛び散る。


「オラ! 立てよ!【自己再生】があんだ! そんなもんで倒れるなんで言わねえよなぁ? あぁ!?」


 ヤンが挑発するもクロンは冷静だ。その場で立ち上がると腕についた血に触り、ヤンの方を見る。


「なるほど、手に持ったものの形状を変えるとか、そういう祝福ギフトかな。なら、捉えられない速度で動けばいいだけだ」


「やってみろ!!」


 クロンが常人では出すことが不可能な速度でヤンへと肉薄するも、ヤンもそれに対応していく。新人とはいえ大手商社の冒険者はエリートだというのが嫌でも理解できる。


(まずいな、あの棒が柔らかくなるのならば射程内に踏み込んだ時を狙ってくるはず。一発もらうの覚悟で待ち構えてあの棒で捕獲して、動けなくなったところで頭か心臓を潰す。僕ならそうする)


 クロンは以前の獅子王狼キングレオウルフの時に使った力は人前では使えない。ただでさえ全員が戦っている中で目の前の男ひとりにすべての力細胞崩壊を注ぎ込んでも、それなりに時間がかかるだろうと考えていた。


 それにあのローグと呼ばれた男の祝福ギフト次第では加勢に行ったとて弱点を見抜かれ時間稼ぎをされて時間切れになるのがオチだ。なので、持ち前のタフさで凌ぎながら、武術のみで倒さねばならない。そんなクロンの動きを追いながらヤンもまた考えていた。


(あの【自己再生呪い持ち】、思ったよりも厄介だな。俺の能力を知らない人間ならだいたい一発で終わるが、心臓と頭以外は当たっても大したダメージにはならない。せいぜい精神をすり減らす程度、だから捕まえようと待ち構えてんのに一向に攻め込んでこねえ。バレてるか? こちらの狙いが。なるほど、ただの素人じゃねえらしいな……)


「こねえならこっちから行くぜオラァ!」


 ヤンは棒を横薙ぎに振る。それをクロンは待っていたかのように飛んでかわすも、別の方向から新たな棒が迫りクロンを弾き飛ばす。クロンの首を捉え、ゴキリ、と嫌な音が響く。


「がら空きだぜ!」


 ヤンは自身の後ろに長めに棒を余らせ、体で死角を作り隠しておいたのだ。死角にある部分の棒はクロンが避けた先目掛けてぐねりながら襲いかかる。


 吹き飛び床板を破壊し土煙を上げたクロンは何事もなかったかのようにはね起きるも、首へのダメージはそうそう再生しないのか、首を回す動作をする。


「チッ、いつもの癖で首に入れちまった。他のやつなら一発なのによ」


「いつも? どういうことだよ。これは人に使うには危険すぎるだろ」


「あー、なんでもねえよ」


「なんでもないわけないだろ! 普段からこんな危険な技を人に向かって放ってるのか!? どうなるかくらいわかるだろ!」


「ハン、バレなきゃどうってことねえよ。冒険者なんか外で死ぬことなんて日常茶飯事だ。死因なんて誰も気にしてねえ」


「お前ェ……!」


 このヤンという男は今この場で叩き潰さねばならない。できないとわかっていても死にたくなるほど後悔させてやる、そうクロンは決めた。クロンの中でどす黒い感情が渦巻く。


 ふたりの戦いはまだ続きそうだ。

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