第11話 星空
「うぅ〜ん……」
最悪の目覚めだ。細胞崩壊を起こし、その後のデメリットの再生不能時間を抜け切っても続いて再生痛を伴う長時間に渡る緩やかな再生に悩まされる。これは自動発生するためクロンの意思で止めようとしても不可能なのだ。そんな中、目覚めの最中後頭部に普段感じない感触があることに気づき、右手を伸ばす。
「あっ……ん、ちょっと! どこ触ってんの!」
「えっ!? あ、あはは、ごめん……覚えのない感覚だったから気になって」
クロンはそれがラビのふとももだと気づき冷や汗を垂らすも、彼女はなんてことないように続ける。
「そんなことより、おはよう。いい夢見れた?」
「おはよう。この状態が衝撃すぎて忘れちゃったよ。なんか全身真っ黒の女の人が出てきたような気はするけど......。なんで膝枕?」
「いい枕が周りになかったから」
なんだそれは。クロンは毒気を抜かれ、そのまま目を閉じる。シュウゥゥゥゥ……。クロン自身が再生する音が、静寂に包まれた夜の英雄平原に響き渡る。そのままクロンは目を開け、ラビの顔へと視線を向ける。クロンも男だ、ラビの顔が隠れるのを見てけっこうあるな、などと考えるのは正常であろう。ラビはそんなことには気付かずクロンを見下ろし、優しく微笑みながら続ける。
「
そう続けるとラビは照れ臭そうにクロンから視線を外し、空を見上げる。
「綺麗......」
「そうだね……」
クロンは空に浮かぶ星々とラビを交互に見て、頭に浮かんだことをつい口に出してしまう。
「ラビ、綺麗だ……」
「っへ!?」
「あっ、いや、星が、星がね!?」
「あぅ、あっ、そっ、そうよね!? 星がよね!? もーびっくりさせないでよ……」
クロンは必死に取り繕うも、ラビは顔を赤くし消え入るように押し黙る。奇妙な静寂がふたりを包み込む。クロンはしまった、つい思ったことを言ってしまった、口を滑らせたと後悔するも、今なら挽回できると話題の転換を試みる。
「そういえば、なんで宇宙には星しかないんだろう。きっとあれだけキラキラしてるってことは、全部太陽みたいにキラキラしてるんだ。でも、太陽みたいに大きくない。ものすごく遠くにある証だ。太陽自体もありえないくらい熱いって聞くし、生物が住めるわけでもないんだろう。そこで思ったことがあるんだ。なんでこの星みたいに生物が住める星が他にもないんだろうって」
クロンは続ける。
「昼にあんなに輝く太陽があるのなら。この星みたいに住める暗い大きな星が、夜空に浮かんでてもよかったのに。夜見れるのはこうやって輝く星たちだけ。なにかもったいない気がしない?」
ラビは、それを想像でもしているのだろうか。夜空から視線を外さない。クロンはさらに続ける。
「昔、本で読んだことがあるんだ。この星は五大神よりももっと上位の神が作った宇宙っていう広い海に浮かんでて、太陽の周りを回ってて、そのおかげで昼と夜がある。それにずっと遠くに、同じように太陽の周りを回る星がいっぱいあるらしい、僕は見たことないけどね。でも僕は、ずっと遠くじゃなくて近くに欲しかったよ。兄弟みたいに近くで太陽の周りを回って。両方の星に命があって、それで兄弟みたいに交流してるんだ。ひとつの都市、オリエストラだけじゃない。いろんなところに都市があって、特色があって、交流して。そんな世界があったらどんなに楽しかっただろうって。今のこの世界は広いようで狭い。皆オリエストラから出なくても生活できるからなにも感じないけど、僕はもっともっと人間の世界を広げたい。そのための新しい発見だ。そのために答えを探してる。そのために、今日まで生きてきたんだ」
クロンは再度輝く星空に向けていた目線を、ラビへと戻す。
「ラビは、どう思う?」
ラビも、夜空へ向けていた視線を外し、クロンを見据える。
「そうね。面白いと思うわ。......私、今まで冒険者っていう職業からずっと逃げてきた。嫌なことがあって、自分の力の限界もわかってて。それ以上はどうすることもできないと思ってた。思い込んでた。でも、クロンを見て、クロンと一緒に戦って考えが変わったわ。限界があるならそれを越えればいいだけなんだって、気付かされた。私、もう一度頑張ってみる。だから、その夢を叶えるの、私にもお手伝いさせてくれない……?」
ラビは照れ臭そうに手で頬をかき、微笑む。クロンはその返答に満足そうに笑い、口を開けた。
「……じゃあ、今日から僕たちはチームだ。夢に向かって、がんばろう!」
「……! うん! がんばりましょ!」
ラビは心がポカポカとあたたかくなるのを感じ、にへらとだらしない笑顔を浮かべるもバレないように視線をクロンから外す。クロンは満足そうに再度夜空へと視線を向け、星を眺め始めた。
シュゥウウゥウゥ……静寂の中にクロンの再生音だけが響き渡る。なんとも奇妙な状況だ。しかし、クロンとラビは同時に違和感に気づく。再生音が二重に聞こえるのだ。そして、一方は全身から聞こえるのに対しもう一方はまだ動かない左手首から先……。
ふたりは視線をそちらへ向けると同時に、仰天する。スライムがまとわりつき、左手を溶かして食べていた。
「うえあっ!?」
「きゃあっ!」
しかし驚いたところでスライムは溶かすのをやめない。
「ちょっちょ、ストップ! 左手溶かすのストップ!」
クロンは自身の左腕が動かないため口で止めるよう言うしかない。しかし相手は意思疎通のできないカテゴリー1のスライムである。弱点である火を発生させる手段もないため最悪ラビに自分を抱えて逃げてもらうしかないななどと考えていると、スライムが消化を止め、プルプルと震えた。言葉が通じた? 普通ならばカテゴリー1の
「もしかして、言葉がわかる?」
スライムはプルプルと震える。肯定、ということだろうか?
「えっと、言葉がわかるなら3回プルプルして?」
ラビがスライムへとオーダーすると、スライムがプルプルプル、と3回震える。どうやら意思疎通がとれるらしい。それならばとクロンは意を決して聞く。
「えっと、これからはいかいいえで答えられる質問をするから、はいなら2回、いいえなら1回震えて欲しい」
そう言うと、左手にまとわりついたままのスライムは、2回プルプル震えた後、ポヨンポヨンと跳ね、クロンの胸に飛び乗る。なぜか懐かれているようだ。
「さっき左手にまとわりついてたのはなんで? おいしいから?」
そう聞くとスライムはプルプルと2回強く震える。おいしかったのか。再生できるクロンだからいいものの、他の人ならば元に戻すために其れ相応の痛みと労力とお金が必要だ。餌代がバカにならないなどと見当違いなことを考えていると、ラビがスライムへ続けて質問する。
「なんでここにいたの? は、はいかいいえで答えられないからダメね。そうね、私たちについてきたいの?」
いきなりすごい質問をするなぁとクロンは感心した。結局のところまとわりついていた理由を詳細に知ることはできない。ならばこのまままとわりつき続けるのか、それともここで離れることができるのかを確認するのは重要だろう、そんなことを思うと同時に、スライムは2度プルプル震えると、ポンポン跳ね始めた。
「あはは、ついてきたいってよ、クロン。カテゴリー1の
なんて無責任なことを言うんだ。こいつペットを飼うということの大変さをまるで理解していない。クロンは唖然とするも、そもそもの疑問をラビへとぶつける。
「
クロンはなにをできないことを言うんだという目をラビへ向けながら、スライムからどう逃げるか考えていた。しかしラビはそれに対ししっかりと解決策を用意していた。
「あら、人間に友好的な
「そう言われてみれば」
意思疎通のできる
「でも、どうやってそのリンクを繋げるの?」
クロンは当然の疑問をラビへとぶつける。
「はぁ〜、クロンって変ね。知ってることは多いのに、こういうことは結構抜けてるというか、知らないというか。
「ごめん。英雄平原のことやちょっと別の本に目移りしちゃって……」
「そっか。じゃあ教えてあげる。すっごく簡単で、額と額を合わせるだけよ。お互いがお互いのことを仲間だと思っていれば、その時点でリンクが形成されるわ。ま、リンクが形成されたからって言葉で意思疎通できるようになるとかそういう便利なものはなくて、ただ単にオリエストラへ入れるようになるってだけだけど」
「わかった」
その話を聞きスライムへ向き直ると、続ける。
「仲間になりたいんだ?」
プルプル。スライムは二回肯定すると、ポヨンと跳ね、その勢いのままクロンの顔へ覆いかぶさった。
「うわっぷ!」
クロンが鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている間に、顔を覆うスライムと一本の線で結ばれたかのような感覚を得る。スライムはその感覚を得たからであろう、顔から剥がれ落ちるとまたクロンのお腹のあたりまで転がり戻る。その頃には、クロンはある程度体を動かせるようになっていた。立ち上がって歩くくらいなら問題ないだろう。そう判断するとずっと膝枕をしてくれていたラビへお礼を言い、スライムを抱え上げながら立ち上がる。ラビも立ち上がろうとするも、ずっと正座の体制だったからであろう、うまく立ち上がることができない。
「イタタ……今度はこっちが立ち上がれないみたい。もう少し待ってもらえる?」
ラビはそう言うと足を崩しその場へと座り込む。クロンはまじまじとその足を見ることになったが、戦闘になったとき動きやすくするためであろうが、ホットパンツから伸びる白い足が星の光に照らされ妙に艶かしい。これ以上見るのは目に毒だと判断し視線を外し、抱えたスライムの話題に立ち戻る。
「そういえば、スライムって大きなグミみたいなんだね。もう少し粘液状にドロドロしているのかと」
「そのタイプのスライムもいるわよ。たまたまその個体がグミみたいにグニグニしてるだけ」
スライムも嬉しそうに2回プルプルと震える。
「そういえば、連れて帰るのなら名前が必要よね?」
クロンは確かに、と軽く返答し思案する。
「うーん、そうだなぁ……あまりいい名前思いつかないけど……そうだな、メーネとかどうかな?」
すると、目の前のスライム、メーネはプルプルと震えた。どうやら気に入ったようだ。
「それ、どういう意味なの?」
「うーん、わからないんだ、パッて浮かんだから。もしかするとこのスライム、メーネが僕に伝えたのかもね。この名前がいいよ〜って」
「へぇ〜不思議なこともあるのね」
ラビは簡単に納得し、足のしびれも取れたのだろう、スッと立ち上がりクロンへと近づく。
「それじゃ、帰りましょうか。長くあけちゃって、パパも皆も心配してると思うし」
そうラビは言うと、オリエストラへ向けて歩き出す。メーネは跳ね上がり、クロンの頭の上に乗る。透き通った帽子か、などとクロンは思いつつこれから先そこがメーネの定位置になるのかなと考える。その後クロンは思い出したかのように意地の悪い笑みを浮かべ、ラビへとある疑問をぶつけることにした。
「そういえばさぁ〜ラビ。最初に僕たちが出会った時は『お父さん』だったのに、いつの間にか『パパ』って呼んでるよね? もしかしてふたりきりの時は『パパ』って呼んでるの〜?」
「へぁ!?」
カァッ、クロンからは見えないが、ラビの顔や首筋が目に見えて紅潮し、しどろもどろになりながら言い訳をする。
「ちちちちちちち違うわよ!? 昔パパって呼んでたのは確かだから口をついて出ちゃっただけでふふふ普段はお父さんって呼んでるし!? ま、まさか今もパパって呼んでるわけないじゃない!? クロンも変なこと言うわね!」
嘘だ。クロンは思う。この
「そういえば、
「ああああああ! 忘れろおおおおおおおおおおおおおお!」
ラビはクロンの方へ向き直り、今すぐ殺さんとするほどの威圧感で追いすがる。
「ちょ、ちょっとまって! まだ完全に再生されてないし力も使えないんだから!」
まさか本気で追われるほどとは。クロンはこんなところで消されてはなるまいと、飛びかかってくるラビを避けオリエストラへと駆け出した。
「僕はまだやらなきゃいけないことがある! こんなところで死ねないんだよー!」
「待ちなさーい! 記憶を消すだけ! 死にはしないからー!」
クロンの戦いは、オリエストラへ戻るまでは終わりそうにない。
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