第33話 相沢VS米田
相沢がジャケットの下からリボルバーを取り出す。
一方の米田も、正確には解らないがオートマタイプの銃を取り出した。
ここで撃ち合いでもするつもりだろうか。
前川は唾を飲み込んだ。
米田が右手のみで銃を構えた。しかし、相沢は銃を構える素振りを見せない。
「俺を殺さなければ、お前の自由はないぞ」
嗾けるも、相沢は全く動かない。
「ふん」
米田は鼻を鳴らすと、銃口を相沢の右肩に合わせた。まずは利き腕を封じる。命を奪うことはない。しかし、少々懲らしめてやらねばなるまい。と、相沢の口がにやりと弧を描く。
「なっ」
その直後、相沢が銃を空中に投げた。米田は思わず目線で銃を追う。
その隙に、相沢が米田との間合いを一気に縮めた。
「ちっ」
素早く銃を撃った米田だが、狙いは大きく外れ弾は相沢に頬を掠めただけだった。
相沢が全体重をかけて米田を吹っ飛ばす。
「うっ」
米田は何度か床を転がったが、すぐに立ち上がった。
その間に相沢が間合いに入る。銃を持つ右手目がけて蹴りを繰り出した。しかし、米田はそれをあっさりと受け止めた。
「やはり、ショウビに負わされた傷は生易しくないようだな」
にやりと笑う米田に、相沢は舌打ちした。力が足りなかった。そしてそれを米田に見抜かれてしまった。
「動くのが早かったのは、そのせいか」
「まともにやり合うのは得策ではないですからね」
相沢はすぐに身体を捻って殴りかかるも、米田は易々と受け止める。
まずいな。
前川は素直にそう思った。
相手はただでさえ相沢を育てた人間だ。そこに全身の傷があって力が足りない。完全に不利だ。殺さずに勝つというのが難しくなる。
「確か、一番深い傷はここだったな」
米田が不気味に笑う。
「やめろ!」
思わず前川は叫んだが、遅かった。背中の傷に、銃のグリップが打ち込まれる。
「ぐっ」
塞がり切っていない傷から、鮮血が噴き出す。
何とか立っている相沢だが、もう攻撃に集中できないのは明白だ。
「さて、前川を引き渡し、帰ってきてもらおうか」
「断る!」
米田の言葉に被せるように、相沢が叫んだ。
その様子に、米田は残忍な笑みを浮かべる。そして容赦なく相沢の右太腿を撃ち抜いた。相沢の身体がぐらりと傾き、床に倒れる。
「解っているだろうが、お前が少しくらい動けないのは問題ではない。その身柄を確保するのが俺の役割だ」
言い終えると、米田は蹲る相沢に向けて銃を構えた。
「それ以上はよせ!」
「黙れ!」
叫んだ前川に、米田は低く命じた。怒りに満ちた目が、前川に向けられる。その目は何故かショウビに似ていた。どこか嫉妬するような目。どうしてそんな目を、二人は前川に向けるのだろうか。
「刑事部長」
思わず呼んだ前川から、米田はすぐに視線を逸らした。
ずっと関わってきた人間にとって、今の相沢はそんなにも受け入れられないのだろうか。
前川の前で、相沢が殺し屋として振る舞ったのはたった一度だけだ。その一度が相沢への印象を変えるものにはならなかった。
何故か、あの時から相沢は無理をしていると思ってしまった。
一人の人間を淡々とナイフで斬り殺す。その所業は刑事として許せるものではない。でも、相沢はそうやって振舞うことに、命令通りに動いて殺さなければならないことに、とても傷ついているように見えた。
「これが俺の仕事です。前川さん、監視するの、嫌になりましたか?」
最初に出会った時にざわと現場に連れて行った相沢の試すような言葉に、前川はもちろん腹が立った。でも、嫌になるというのは違うと思ったものだ。
「命令だからな」
そう言って相沢を受け入れ、そしていつの間にか、救いたいと願うようになってしまった。
しかし米田もショウビも殺し屋としての相沢が総てで、変化してしまったその苛立ちを前川にぶつけている。替わってしまったのはお前のせいだと、暗に言っているようだった。
「前川さんは悪くない」
相沢は立ち上がれずに肩で息をしながらも米田を睨め付けた。
「いいや、お前を唆した。その罪はある。それに、なにも傷つくのはお前だけではない。次は前川の両足を撃つぞ」
銃口が相沢から前川に移る。
相沢の目が揺らいだ。このままでは拙いと解っているのだろう。米田が容赦するとは思えない。
一方、前川は何とか逃げたいが手錠が邪魔だ。
その場に緊張が走る。
「俺は」
相沢が口を開いたところに、一つの足音が近づいてきた。それはゆったりと、だが着実にここに近づいてくる。
「ようやく来たか」
忌々しそうに米田が呟いた。
一体誰が。
前川は銃に気を配りながらも、視線をずらした。そして驚く。
「え?」
そこに立っていたのは、きっちりとスーツを着た佐々木だった。
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