第28話 相沢VSショウビ

 建設中のビルの八階部分で、相沢は闇を見つめていた。前川は少し離れた柱の陰に身を潜めていた。

 相沢には作戦があるようだが、前川は教えてもらえなかった。ただ一言

「助けて下さい」

 凛と張り詰めた声で言ったのみだ。

 手には相沢から渡された警棒がある。慣れない武器よりいいという理由だったが、相手が相手だ。不安しかない。やはり無理を言ってでも拳銃を借りてくるべきだったか。

 相沢が、何かに気づいて少し身構えた。得物はなにも持っていない。

「あいつは何処?お兄様」

 少し甘えるような声と共に、ショウビが闇から姿を現した。今日もフリルがたっぷりあしらわれた服を着ている。頭には小さな帽子が載っていて、まさにお人形のような格好だ。

「まずは、俺に用があるんじゃないのか」

 氷のような相沢の声が答えた。普段耳にするのとは全く違う硬質な声に、前川も緊張してしまう。

「ええ。そうね、そのとおりよ」

 ショウビは黒い服に紛れるように装着していた長い一本鞭を外し、構える。それと同時に、どこか妖気を含んだ笑みが口元に浮かぶ。

「今日こそ、私のモノになってもらうわ。あなたもお人形だって、そう理解させてあげる」

 宣言すると同時にショウビは鞭を振るった。扱いに慣れていることは、そのひと振りで解る。

「くっ」

 あの傷がある身体の右側を狙われて、相沢は一瞬バランスを崩した。そこをショウビは見逃さない。鞭の向きが急激に変わった。軸足にした左足を狙われる。

「うっ」

 左足にもろに当たり、相沢の動きが完全に止まった。ショウビは一気に間合いを詰める。

「――」

 相沢の腹に、ショウビの強烈な膝蹴りが入る。

「あれだけ傷があって、私に対抗できるわけがないでしょ。人間に感化されて、そんなことも忘れてしまったのかしら」

 崩れ落ちた相沢を、ショウビが笑う。

「やけに、しつこいと思ったら、やはり次を狙ってか」

「そう。あの男と逃げることを想定してよ。あんな愚図を生き残らせるために一芝居打つくらいなんだもん。あの人があなたの邪魔をしていることなんて解っていたわ」

 そう言った時、ショウビはなぜか悔しそうに下を向いた。しかし、すぐに相沢を見据え髪を掴んだ。そのまま背中の傷を蹴り飛ばす。

「ぐっ」

 苦悶の表情を浮かべる相沢に、ショウビは容赦がない。さらに数発の攻撃を加える。そうやって相沢が一切抵抗をしないことを確認し、ショウビはようやく髪から手を離した。

 口を切った相沢は、ぺっと血を吐き出した。そしてすぐにショウビを睨みつける。その目はあくまで冷たい。

 それが気に食わないのか、ショウビは再び相沢の頬を殴る。

「なぜ、あなたはそうなのかしら?そんなに私が嫌いなの?」

 ショウビが片眉を吊り上げる。

「考えたこともないな」

 相沢はふんっと鼻で笑った。それが気に食わないショウビは再び蹴りを繰り出そうとしたが、寸でのところで思いとどまった。

「考えたことがないですって。ふざけているわ。あなたのその人形になり切りたくないという無駄な抵抗も、とても腹が立つ。ムカムカするのよ」

 静かだが怒りを孕んだ声がショウビから漏れる。同時に辺りには険悪な雰囲気が漂う。

 春先の冷たい風が、そんな二人の間を吹き抜けていく。

 相沢が僅かに動く。それすらもショウビは見逃さない。一歩踏み出した相沢をショウビは蹴り上げた。正確に背中の傷に痛烈な蹴りが入る。

「くっ」

「なんでよ!どうしてそうなの?あなたは逃げることも出来ない、人間になることなんて許されない、私と同じお人形なのよ。今度こそ、私があなたを完璧な人形にしてみせる!!」

 蹲った相沢を何度も蹴りながら、ショウビは叫んだ。相沢は適度に急所を守りつつ、反撃はしなかった。下手な行動は火に油を注ぐことになることは学習済みだ。しかし、いつもならばすぐに飽きるショウビだが、この日は違った。

「もう、絶対に逃がさない」

 地の底から響くようなショウビの声が告げる。直後、背中の傷に足が振り下ろされ血が舞った。

「がっ!」

 さすがの相沢も本当に動けなくなった。大量の汗が噴き出す。

「私はあいつとは違う。同じなのに」

 叫びながらショウビは相沢の上着を掴むと、自分の方へ向かせた。ぐったりする相沢を、冷たい眼差しで見下ろす。

「ねえ、どうしてそう無駄なことばかりするの?」

「無駄?今までの努力の方がよっぽど無駄だよ」

 相沢は冷徹に言い放つ。するとショウビの拳がぷるぷると震えた。そして再び相沢の頬を打つ。

「無駄じゃないでしょ。人形にならなければ、貴方は生まれ落ちた瞬間に死んでいた。知ってるでしょ?あなたは捨てられたのよ。あの方々に助けられたの」

「助けたんじゃない。ただ捨ててあるのは勿体ないから、拾って使えるだけ使って、また捨てるつもりだったんだ」

「っつ」

 正面からの否定にショウビがたじろいだ。それがようやく見せたショウビの隙だ。

「前川さん!」

 呼ばれて前川は飛び出し、相沢の身体をショウビの手から奪い返す。

「ちっ」

 ショウビの目が怒りに震える。自ら総てを否定するなんて、許せるはずがない。どんな目的だろうと、こうして自分たちは愚かな奴らとは違う存在になれたというのに、なんという言いざまだ。

「私がしっかり教えてあげるわ。あなたは単なる綺麗なお人形よ。もう、殺人人形である必要もないわ。ただただ私だけのお人形になりなさい!」

 腰に着けていたジャックナイフを、ショウビは引き抜いた。同時に相沢が盾になるように前川の目に立つ。その圧倒的な殺気の前に、本当は自分が盾にならなければならないというのに、前川は足が竦んだ。ただただ、血が流れる相沢の背中を見つめることしか出来ない。

 そんな前川の手から、相沢は警棒を奪った。

「そいつを寄越せ。そいつがいなくなれば、お兄様は完璧な人形になる!」

 ショウビが鞭を捨てて、ナイフを構える。


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