第19話 助けたいと願う気持ち

「そういえば、お前を利用している奴らはお前が裏切ることを警戒してるんだよな」

 前川はずっと疑問に思っていたことを訊いた。どう考えても、相沢は裏切らない。それは明白なはずだ。たとえ人形らしく振舞うことを拒否したとしても、こうやって正しく現状を理解している。

「理解しているなんて、彼らにとっては関係のないことですよ。俺が言うことを聞かなくなることを最も恐れているんです。年齢を重ねて、社会というものを知るようになったから、ますますそこに恐れを感じているのでしょう。だからこそ、警視庁に預け、お前は裏切れないと自覚させようとしている。たぶん、一緒に行動する刑事が救おうとして失敗する。その過程を見せて絶望させるのも目的ではないでしょうか」

「最低だな」

 沸々と腸が煮えくり返るような怒りを覚える。どこまでも自分たちの都合しか考えていない。たった一人の少年に重荷を押し付け、のうのうとしている奴がいるのが許せなかった。それで守られている権力ってなんだ。

「やっぱり正義感が強いですね」

「うっ、それは」

 相沢の指摘に、前川は顔が赤くなった。四十二にもなって、青臭いものだ。

「まったく。仕方ないですね。前川さんのいう、護るに徹しますか」

 しかし、次に相沢が嬉しそうに笑うので、前川はますます気恥ずかしくなる。だが、そんな青臭さがなければ、とっくに相沢を救おうなんて気持ちは捨てているだろう。どう足掻いても助けられないと、前川だって何度も思った。でも、やっぱり相沢の人柄を知ってしまったから、見捨てることは出来なかった。

「あくまで善処するという程度ですよ。俺はいずれ、彼らの下に戻る。跪くことでしか生きていけないんです。それは、諦めてくださいね」

「――」

 しかし、あくまで助けるのは前川だけだ。そう言われて、悔しい気持ちばかりが募っていた。




 年が明けて、一月も中旬になった。

「本当に大丈夫なのか?」

 前川は横をのんびり歩く相沢に小声で訊ねた。まさかあの騒動から、こういう展開になるとは予想していなかった。おかげで毎日のようにびくびくしてしまう。

「大丈夫ですよ。現に、監視の人数は増えています」

 大通りを歩いているというのに、相沢には監視の人数が解っているようだ。

「増えてるのかよ」

 前川は思わず溜め息を吐いてしまう。相沢がこの状況を打破するために立てた作戦の詳細を、前川は知らない。ただ、相沢は前川に肩入れしているとアピールするために、前川と常に行動を共にしていた。さらに相手からの呼び出しには一切応じないという徹底ぶりだ。今も都内を堂々と歩いている。

 だが、前川は作戦を知らない状況と見えない敵に、少々疲れてきていた。それに、結局は相沢に救われている。それが何だか心苦しい。自分で散々煽っておいてこの始末。非常に情けなかった。

「いきなり後ろからズドンとかないよな」

 だが、自分では何も出来ないのは解り切っていた。仕方なく不安を相沢にぶつけてみる。

「ありませんよ。俺の前で堂々と暗殺は不可能です。相手より先に動けますから。殺しに関してはこちらが玄人です」

 前川は訊いて後悔した。話の次元が違いすぎる。殺しが当たり前の世界。それを前川は全く知らないのだ。

「そういえば、依頼料って何に使ってんだ?」

「急にどうしたんですか」

「いや」

 あまりに知らない世界。それに気づいたからの問いだ。さすがに相沢を意のままに操っている奴らの情報は得られないだろうから、せめて引き出せそうな話として選んだだけである。

「依頼料は形式的なものです。払った側は殺しを依頼したんだという後ろめたさができる。だから下手に情報が漏れることがない。要は口止め料ですね」

「ふうむ」

「依頼料はほぼ国庫扱いです。このことを操っている奴らは国の中枢にいますからねえ」

 くくっと、相沢は嫌な笑いをする。最近では前川と一緒にいる時間が長いからか、自分を支配する連中に批判的な態度を取ることも多くなった。それはいい傾向だが、やはり国に絡む案件なのか。前川は嫌になる。

「ほぼってのはどういうことだ?」

 気まずくならないように質問を続ける。全額が国庫扱いではないというのはどういうことか。

「俺の生活費は引かれますので」

「ああ。必要経費ってことね」

 前川は納得しかけたが、ふと思い直した。安普請だと解るマンション。何もない部屋。食事だってたった一回。そんな生活でいいのか。

「もっと貰ってもいいんじゃないか」

「いりませんよ」

「何で?」

「使い道がないんで」

 相沢は冷めた目をしていた。いつ殺されるか解らない世界で生きているのに、物欲があるわけないと言いたげだ。

 それに、考えてみれば、相沢は金で失敗した人間を厭ほど見ているわけだ。金に対して冷めているのは当然かもしれない。

「相沢が興味あることって何だ?」

「興味?質問がアバウトすぎます」

「うっ」

 こんな調子だから会話が弾まないのだ。前川はこの半月悩まされている。一緒にいるのに話題がない。共通の話題は敵に関してだけ。何とかならないのか。

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