第5話 日曜日はデートへ

 日曜日、この日は秋晴れの気持ちいい日だった。

 相沢と美咲は楽しげにお台場の海沿いを歩いている。前川は相変わらず尾行という名のお伴だった。

「こういう所に中年の男が一人だと浮くよな。しかも日曜だし」

 ここへ来る道すがら、前川は相沢に向けて愚痴を零してみた。

「誰もが三十そこそこだと思って、怪しみませんよ」

 しかし、相沢はしれっとこれだけ言ってきた。気にしていることを言ってくれる、嫌な奴である。顔の若さと筋肉質な身体が相まって、年相応に見られないことは百も承知なのだ。その証拠に

「どうしたものかな」

 という何気ない前川の呟きに

「中年太りすればいいんですよ」

 相沢は躊躇うことなく言ってきたのだ。つまり、世間一般の中年男とは腹が出ているもので、すらっとスマートな体型を維持していないものであるらしい。しかし、前川は刑事で普通のサラリーマンとは運動量が違う。それに太ると捜査に支障が出るではないか。下っ端刑事はぶくぶくと太っている時間などない。

 そんな小憎たらしい相沢は、美咲と楽しくデート中だ。腹が立つと同時に疑問も抱く。何故、殺しのターゲットである美咲とこれほど親密になる必要があるのか。

 前回は何の下準備もなしに犯行に及んでいた。ターゲットと接触することもなく、また、どうやって殺すかなんてことも考えていなかった。殺し屋である以上、そちらが本来の仕事スタイルだろう。ところが、今回はいきなり美咲に接触している。しかも楽しくデートだって。どう考えても異常だ。

 明らかにおかしい。

 二人の行動に目を配りつつも、前川は相沢の資料を思い返した。

 相沢の出自は不明だが、その存在には政財界の大物と数多く関わっている。殺された側にも錚々たる人物の名が混じっていたが、依頼者が凄かった。相沢の犯行が明るみにならないのは、そういう依頼者たちの圧力ということだろう。

しかし、ではそんな相沢を何故警視庁が監視しているのだろう?裏切ろうとしたからだろうか。だが、相沢は裏切っているような素振りはないはずだ。その証拠に駄々もこねずに仕事を続けさせている。相手も一定以上の報酬を払っている。一体、相沢は何者なのか。いや、何があって前川が相棒を務めるような事態になったのか。

 疑問が堂々巡りする。

「ちっ」

 全く、相沢と出会ってから疑問だらけだ。これほどまでに解らない奴と関わったことがない。いや、それ以前に殺し屋なんてフィクションの世界の職業だと思っていた。それが警察を巻き込んで堂々とやっているだなんて、未だに信じたくない。

「あっ」

 ごちゃごちゃと考えていると、目の前で急に美咲がバランスを崩し、転びそうになる。前川が飛び出すよりも早く、相沢が抱き留めていた。

「大丈夫?」

 優しさを含む相沢の声が僅かに近づいていた前川にも聴こえた。その声は心から心配するものであり、今から殺そうとしている相手に向けているとは思えなかった。

「大丈夫。でも、少し休んでいい?」

「もちろん」

 二人は微笑み合うと、海辺に等間隔に設置してあったベンチに腰掛けた。

 前川もさりげなく隣のベンチに座る。ちらりと美咲の顔を盗み見ると、血の気が引いて青白かった。

「何か飲み物でも」

 相沢が立ち上がりかけたが、美咲が服の裾を引いて止めた。

「いいの。お願い、一緒にいて。今日が最後なんだから」

「そうだな」

 意味深な言葉に短く返事をし、相沢は美咲の肩に手を回した。それに安心したように、美咲は頭を相沢に預けるようにして凭れた。その姿は本当に恋人のようだ。

 九月も半ば。少し冷たい海風が吹き抜ける。

「ケン君」

「ん」

「もう、あの時の依頼を今、叶えてくれるんでしょ?」

「――」

 美咲の言葉に、相沢は何も返さなかった。いや、美咲には見えていなかったが、何かを言いかけて止めたのだ。

「私、苦しいのはもう嫌なの」

 美咲の言葉に、相沢は一瞬だけ苦しそうな顔をした。それは自らが手を下すことへの後悔のようで、前川も苦しくなる。

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