ダンジョンの異変


 ちびっ子達を引き連れて、ダンジョンの30階層へ向かおうとしてるんだが、14階層で行き詰まってしまった。


 それもそのはず、村で暮らしていると、渓谷に押し寄せて来る魔物以外だと、集団戦なんて滅多にないから。


「慣れなきゃこの先は無理だな」


 40匹〜80匹くらいのゴブリンの上位種の集団が、それこそ連戦と言えるくらいに押し寄せてくる。

 そんな中で、3人だけでここまで進んで来れたのは、十分過ぎる成果だと思う。


「普通なら複数のパーティーが集まって攻略する階層なんだから、そんなに落ち込むなよ」


 あと、60階層くらいまで詳細が殆ど書いてある地図が販売されてるのも原因だな。

 最短距離で次の階層へ進もうと思ったら、ここのダンジョンを攻略するために必要な様々なドロップ品を手に入れられなかった。


 階層毎にちゃんと散策しながら進んで来れば、次の階層に特化した簡易の設置罠や、ゴブリンが嫌がる匂いのするお香とかを手にする事が出来るんだ、それを無視して来たから集団戦の連続、休む間もなく戦ってばかり。


 トムやシャロンは、ちょっと天狗になってたフシがあるから、ポッキリと鼻をへし折られて、プライドがズタズタだな。


「ねえ、あなた達。ちょっとは元気を出しなさいよ」


 逆にミカは自信が付いたようだ。


「ここのダンジョンの難易度ってわかってるわけ? 特1級よ。 それに10階層以降なんて、普通なら銀級のパーティーが率いる銅級パーティー数組で攻略するような階層なのよ」


 迷宮攻略隊なんか1000人規模の集団で行動してるもんな。


 唇を噛み締めて悔しそうな顔をしてるトム、シャロンはそんなトムを見て泣きそうな顔をしてる。


「ライにい1人だったら先に進めてたんだろ……オイラが足を引っ張ったんだ……」


 まあトムの言う通りだな。腐らない無機質系のモンスターや、腐らせても意味の無いアンデッド系のモンスターでも出ない限り、俺1人なら余裕は無いけど先に進むことだって出来る。


 そんなトムを見兼ねてミカが声を掛けるんだが……


「20階層を単独パーティーで攻略出来たのは、伝説の勇者様パーティーだけなのよ、私達みたいな子供が勇者様しか出来なかった事を簡単に出来ると思ってんの? 呆れちゃうわ」


 なんだコイツら? って感じの呆れ顔。



 4人でとぼとぼ歩きながら、地上を目指して歩いてるんだが、階層を戻る時にも戦闘は発生するわけで、その戦いは殆ど俺1人でやってみた。


「私達があんなに苦労したのに……」


「何言ってんのよ、兄ちゃん先生に勝てるくらいの人が、ゴブリン相手に苦労なんてするわけ無いじゃない」


 ペインがどれだけ強くなったのかは知らない、だけどレグダ市民から絶対的な信頼を得ているペイン。

 そんなペインに模擬戦だろうと勝ってしまった俺、ミカにそれなりに強いと認めて貰えたらしいんだ。


 帰り道はめんどくさいから、腐り魔法で広範囲を腐らせて、ヌルヌル魔法の粘度をサラサラ程度に下げて蓋をして、その上を歩いてる。


「トム、俺はな……お前くらいの年齢で村を出て、色んな事をやった。お前より10年くらい先を歩いてる俺が、お前よりヘボかったらカッコつかないだろ?」


「んじゃ、オイラもライにいくらいの歳になったら出来るようになるのかよ?」


 そんなの……


「そんなのは知らん。お前のやる気次第だろ? 出来なくたって生きて行ける、出来るようになったって使う所なんて滅多に無い。お前がやりたいようにやってみろ」


 今トムに話した言葉は、学生時代、2回生の時にゼルマ先生から言われた事そのまま。


「ねえトム、顔を上げましょ。下を向いてる場合じゃ無いわ」


 シャロンの言う通りだな。帰るまでが遠足、家に帰るまでちゃんと戦って欲しい。俺がしんどいから。


「ライにい、あとは俺達がやる。ライにいは後ろで見ててくれよ」


「ああ。怪我しそうになったら助けに入るからな」




 やる気を取り戻したトムやシャロン、やる気に満ち溢れてるミカの3人と一緒に12階層で階層全体の散策をしてる、手に入れた色んなドロップ品や宝箱からゲットした道具の整理をしつつ、11階層の階段に向かおうしたくらい……


「攻略中の冒険者達は退避ー!攻略中の冒険者達は退避ー!」


 拡声の魔道具を使って大声で叫びながら、迷宮攻略隊の人が地上に戻るコースを走ってる。


「何がありましたか?」


 俺達の横を走り抜けようとしてるその人に質問してみた。


「何があったかは後続の部隊に聞いてくれ。攻略中の冒険者達は退避ー!」


 大慌てってやつだな。


「ちょっと急ごうか、散策は次の機会にでもできるだろうし」


「うん。たぶん迷宮が溢れるわ、急いで帰らないと」


 さすがレグダ在住のミカ、さっきの人を見て何があったか理解出来てたらしい。


「ミカ、トム、シャロン、お前達は先に帰ってろ。俺はペインと合流してから帰る」


 13階層から12階層に戻って来た迷宮攻略隊の声が聞こえる……


「トム、出来れば村に走ってくれ。手の空いてる大人を連れて来てくれたら助かる」


 聞こえる怒号はかなり危険な感じがする。


「なんかあったんだな、手の空いてる大人を連れて来ら良いんだな。わかった」


「ライにい、私はどうしたら良い?」


 シャロンは……


「迷宮を出たら、ルピナスさんの手伝いをしてくれ。わかるよな、護民官の姉ちゃんだ」


「うん。わかった」


 こりゃちょっと不味いかもな……


「まっ、なんとかなるだろ時間稼ぎさえ出来れば」


 負傷者を運ぶ攻略隊の人達が俺が処理した開けた場所を走り抜ける。


「君も早く退避してくれ、今は護民官殿や将軍閣下や1番隊が持ち堪えては居るが、いつ崩壊するかもわからん」


 そんな負傷者達を魔法で治療しつつ、一緒に地上へと向かう医療兵さんから、そんな事を言われたけど……


「護民官とは友人なんです。手伝ってやりたいので残ります」


  俺が答え返したら……


「護民官殿達を頼む、ここ3日食事を取る暇もなく障壁を展開し続けてくれてるんだ」


 ペインとの模擬戦を見てた攻略隊の人で、担架で運ばれてる重傷者から頼まれてしまった。


「頼まれました」



 担架で運ばれる負傷者達が通った後は、沢山の冒険者パーティーが通り抜けて行った。

 そしてその後は迷宮攻略隊の本体。


 迷宮攻略隊の本体が通り抜けた後に、周りにヌルヌル魔法の粘度を最大限にベトベトにして壁を作る。

範囲は階層の端から端まで、かなり広範囲に渡ってだけど、高さは15m程で見えない天井があって、そんなに大変じゃ無かった。


「中央を開けてますからそこから撤退してください」


 階段方向に向かって撤退する攻略隊の人達が通るスペースは開けてるよ。


「君は……」


「ペインの友人です。アイツの事を放って帰ったりしたら、ルピナスさんに何言われるか分かったもんじゃないんで手伝っていきます」


 攻略隊を指揮してたペインの親父さん。ペインそっくりだから一目見ただけで父親と丸わかり。


「そうか……息子を頼む」


 攻略隊の最後尾を進むペインの親父さんに頼まれた。


「頼まれました」


 どらよ、助けてやろうじゃないか。




 攻略隊全員が通ったのを確認して、ベトベトの壁を、人が2人通れるくらいの隙間を開けて塞いどいた。


「ペイン、こっちだ」


 大柄な重鎧を着込んだペインと、その横でペインと一緒に障壁を展開してる小柄な人。


「壁の後ろに障壁を展開し直してくれ、通り抜けられるように開けてあるから急げ」


 障壁の向こうには……


「何やってんだよライル。さっさと逃げろし!」


 こりゃ不味いな……なんて名前だったかな……ええと……確かションじいちゃんに教えて貰ったはず……


 8つの頭があって……超巨大で……ヒドラ……違うな……ギドラ……これも違う……あっ!


「ヤマタノオロチなんて連れてくんなよ。ペインの義父さん先に行って」


 一応あれも生き物だもんな……


「ピーガン、範囲最大、威力最大」


 頼むぞ身代わりの依代、俺の尊厳を護ってくれよ!


 そう強く願いながら障壁ギリギリに近付いて魔導書の魔法を発動。


 叫び出すヤマタノオロチがうるさい。ヘビって叫べたんだな……


 身代わりの依代はいい仕事をしてくれたようだ。


「壁の向こうに行って何か食え」


 のたうち回って排泄を始めたヤマタノオロチを見ながら、ペインを誘導しといた。


「まじか! 助かった」


 あとはどれだけ時間を稼げるか、そんな感じだな。




「どれくらい耐えられそうだ?」


 ヤマタノオロチが排泄した物は、消化途中の魔物が沢山、人の形をした物は見付けられなかったから、一安心。


「壁の補充はいくらでも出来るけど弱点がバレたみたいだ、左の方の首から水弾飛ばしまくってくれてるし」


 ベトベトを補充しながら、腰の魔法鞄から食べ物や飲み水を出してペインやペインの義父さんに渡す、ついでにマジックポーションも渡しといた。


「臭いな……でも懐かしい匂いだな」


 マジックポーションって臭いんだよな、俺が持ってるのは低級だからさ。自分で使う事なんてないから、最下級の1番安い低級マジックポーションしか持ってなかったのは仕方ない。


「その匂いが?」


 ちょっと不思議、ペインって、この臭いのが懐かしいらしい。


「お前が教えてくれたんだろ。あの臭いキノコ、あれの匂いそのままじゃねえか」


 そんな事あったかな……あったような気がする……


「丸3日くらい耐えられたら応援も来るから頑張ろうぜ」


 さすがにここに居る3人でヤマタノオロチ討伐なんて無理だ。再生力が強過ぎて腐り魔法の効果が殆ど無いから。


「応援ってなんだよ……」「村の大人達」


 村の大人達って言った俺の顔を見て、ペインがキョトンとしてる。


「お義父さん、先に地上に戻って。ここは2人で大丈夫です」


「ペイン君本当にか?」


 キョトンとした後、ニヤリと笑ったペイン。


「勇者様や聖女様のお弟子さん達が来てくれるらしいです。大丈夫です」


 村の大人達って、村の外だと勇者や聖女の弟子扱いなんだよ。


「そうか、地上に戻ったら娘にもそう伝えておく。頼んだぞペイン君」


 地上に向かって走って行くペインの義父さんを見ながら……


「あの時よりはマシだろ?」


 学生時代、1番キツかった事を思い出しながら、ペインに語りかけたら……


「ずっとマシだな」


 腹も膨れて気合い十分なペインが居て。


「どれ……ヤマタノオロチなんて伝説の化け物、ちょいと戦ってみたかったんだ。ライルお前もやるか?」


「もちろん、こんなチャンス滅多に無いからな」


 魔銀の大槌をブンブン振り回すペインと、エストックに腐り魔法を纏わせ魔導書をホルスターにしまう俺。


 ペインの義父さんの作った障壁魔法が生きてるうちに、少し遊んでやろうかな。

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