野外実習
月曜日の朝、教室に集まった僕達はゼルマ先生の指示で、置いていく物を先生に預けて、冒険者ギルドに向かった。
「今回の実習では、どの地域に行ったとしても必ず受ける事の出来る常設依頼を含む、野草採取と食肉の確保をして貰う」
僕が預けたのは魔導書と魔法鞄。
皆もそれぞれに何かを預けて「せっかく準備したのに使えないとか有り得ない」なんて言ってる。
ニガヨモギとアマセンブリ、僕の地元ではヨモギとセンブリって呼んでた野草。地元に住んでた時は2種類とも食べる為に採取してたんだけど、薬の材料になるなんて知らなかった。
「魔法鞄も無いのに、どうやって持ち帰れって言うんだよ……」
そんな事を呟くペインだったけど。
「そこも含めて実習なんだろ、少しずつ難易度を上げていくらしいから、文句なんて言うなよ」
ハンセンからたしなめられた。
東の森と言う場所は、凄く大きくて高いお城を左に見ながら大通りを突き当たった門から出て30分くらい歩いた所。
「さあ、ここから先に進めば実習開始だ。質問があるなら今のうちに受け付けるが、何か聞きたい事はあるか?」
そう言ったゼルマ先生はテーブルと椅子を3つ魔法鞄から取り出して、地面に小さな竈を作り始めた。
「してはいけない事ってありますか?」
「強盗や殺人、というか法に触れる事はするな」
イズさんの質問に被せるように答えたゼルマ先生。
椅子を3つ用意したって事は、誰か2人尋ねて来る予定でもあるんだろうか?
「最低でも1日銀貨4枚を目標にしたい」
「それくらいなきゃ生活なんて出来ないからね」
ケルビムとユングは目標を早々と決めちゃった。
「俺はこの人数居るならゴブリンと戦ってみたい」
ペインは無茶な事を言う。
「何言ってんの、こんな森の浅い部分にゴブリンなんて居る訳ないじゃない。それとも何? 森の深い所まで行くつもり?」
僕の言いたい事を全部言ってくれたルピナスさん。
「拠点を作るのは森の中じゃ無くても良いんでしょうか?」
ダズが先生に質問がしてる。
「俺が監視をする場所がここだ。ここより王都に近付かなければ、どこに拠点を作っても問題なんてないぞ」
うーん……出来れば森の中で安全な場所を探したかったけど。皆が森の中で夜を明かすのは危険だろうから森から出た方が良いのか、時間の無駄だよな……そんな事を考えてたら。
「ここで止まってても時間を無駄にするだけよ。必要な資料は手元にあるんだから、さっさと目的の物を見つけましょ」
イズさんの一言で実習開始。とりあえず森に入ったら最初に深呼吸がしたいな。
「ははは……ホントに入るのか……」
ついさっきまで余裕の表情だったハンセンなんだけど、少し汗をかいてる。
「探索魔法と拘束魔法、頼りにしてるからねハンセン君」
少しずつ森に近づいて行く。下草が繁ってる、殆ど人が入ったことの無い森なんだろうな。
「何処に行くんだよライル。道はこっちだ」
そう思ってたら、森に入って行ける道があった。
「木材を運ぶ為の道があるんだから、いきなり藪の中とか入るのは勘弁してくれよ」
そう言われて皆の方に歩いて行くと、馬車がすれ違えるくらいの幅の道があった。
深呼吸をしてみたけど地元の森ほど空気が綺麗じゃない。
「こっから5分くらい歩いた所に、資材置き場にも使われてる広場があるから、そこを拠点にしよう」
ゼルマ先生から「今回の実習は他の8人のやりたいようにやらせてみろ。お前はあまり口出しするな」と、言われてるから、皆の指示に従う。
「草刈りとか地味だな」「魔物と戦いたい」「食べ物集めが先だろ」「怪我をしないように気を付けないと」
そんな感じの雑談をしながら進んで行く僕達。
その中で僕は周りの音を聴く事を優先してた。
周りに水場が無い。猛獣の気配はしない。魔物の気配が微かにするけど、たぶんとても小さな魔物。
周りの音を聴いてた僕の耳に届く皆の足音、1人だけやけに力の入った歩き方をしてる。
「ハンセン、もう少し力を抜いて。そんなに強ばって歩いてたら、すぐに疲れちゃうよ」
そう言っても拠点にする為の広場に着くまで、ガチガチに緊張して歩いてた。
「用意した魔石は全部預けちゃったから結界でテントを作るなら魔物狩りしなくちゃね」
広場は沢山の木材が置いてあって、その木材を馬車に積み込む人達で賑わってた。
「あの辺りなら邪魔にもならなさそうじゃないかな。ちょっと聞いてくるわ」
イズさんとルピナスさんで、作業中の人達に夜をここで過ごして良いか聞きに行った。
「火の取り扱いに注意すれば大丈夫だって」
帰って来たルピナスさんとイズさんは、何故か薪に出来そうな乾いた木片を沢山抱えてる。
「街中で買うよりずっと安いわね、これだけ買っても大銅貨1枚よ」
火を焚くのに薪を用意するのは分かる。でも買わなくても森に枯れ枝は沢山落ちてるのに……
「少し早いけど昼飯にしようぜ」
そう言って背負ってた普通の鞄から沢山のパンを取り出すケルビムなんだけど……
「ケルビム、お前の荷物って全部パンなのか?」
「そうだよ。大事だろパンは」
ああ……大事なのかもだけど、今全部食べちゃダメだ。そこら中に食べ物は沢山あるんだから。
1人1個ずつ渡された大きなパンだったけど、僕は食べずにケルビムの鞄に戻した。
「なんだよ、食べないのか?」
「僕は夜の見張りの時に食べるよ」
何となくだけど、先がかなり心配だった。
夕飯は皆にとって、とても辛いものだったと思う。
『ダンジョンじゃないんだから角兎3羽狩れば、食べる分と結界を張る分の魔石3個くらい手に入るだろ』
そんな事を言って藪の中を無作為に歩き始めたユングとケルビムとルーファス。
『何としても魔石だけは確保したいわ』
そんな事を言いながら魔物を探すルピナスさんとイズさんと、魔物と戦いたいらしいペイン。
ダズとハンセンは竈を作る為に、休憩する場所の地面に転がってる石を集めてた。
僕は……
『タケノコ♪タケノコ♪』
木材置き場から竹が見えたから、タケノコを掘ってた。
調味料に塩と鷹の爪は持って来たし、鍋はケルビムが背負ってる盾を使えば代わりに出来るだろうし、タケノコなら皆でも普通に食べられると思って。
で、結局食べ物を確保出来たのは僕だけで……
「ねえ、本当にパンは昼に食べたので最後だったの?」
「ライルの分が残ってるだけだよ」
取ってすぐ皮を剥いて、ダズが持って来てくれてた鍋でタケノコのアク抜きをしてたら、茂みの中に入って行った6人が帰って来た。
「何処を探しても角兎なんて居ないじゃない。どうするのよ夜ご飯……」
まだ日暮れまで時間があるから……
「何回か水を変えて煮こぼしてくれないかな。来る途中に色々見つけたから採って来るよ」
わらびもこごみも、ふきのとうも生えてたし、夜に食べる分は何とか確保出来そう。
「僕もついて行っていいかな?」
ケルビムが着いて来てくれるらしい。
「もちろん、日暮れまでそんなに時間が無いから少し急ぐよ」
そう言って森の入口まで走って戻ったんだ。
「ケルビム、盾を貸して」
まず最初に採取するのは野イチゴ。道から見えてたんだ。
「こんなの食えるのか?」
あれ、ケルビムは食べた事が無いんだろうか?
「1つ食べてみなよ、中に蟻が入ってるかもだから、入ってたら吹き飛ばしてね」
恐る恐る真っ赤な野イチゴを1つもいで、中を確認して口に入れるケルビム……
「酸っぱ甘い……美味しいかも」
美味しいと言われて心の中でガッツポーズ。
ションじいちゃんだったら、全身で喜びを顕にして、そこまでしなくちゃ? なんて聞きたいくらいのガッツポーズをしてたはず。
「蟻が食べてる果物はだいたい美味しいよ、甘い物が欲しい時は蟻に聞けってよく言われてたから」
その後はケルビムの盾にてんこ盛り野イチゴを乗せて、資材置き場に帰って来たんだけど……
「何してんのさ?」
アク抜きをしてるタケノコをツンツンツンツンと棒で突ついて、いじり回してるルピナスさん。
「木の根でしょ……こんなの食べないとなの?」
うーん……なんと説明したら良いのか……
あっ!そうだ。
「砂糖を作る時にはサトウキビを絞って作るでしょ? 砂糖って元々が木の汁だけど食べられるでしょ?」
我ながら上手く例えられたと思う。
「そこまで言うなら……でも苦くないよね?」
「大丈夫、苦くは無いよ」
「あんまり味はしないけどね」とは言えなかった。
夕飯はタケノコの水煮に塩と鷹の爪で味付けした物と野イチゴ。
ルーファスは。
「これは唐辛子によく合う食べ物だな。食感も癖になりそうだ」
なんて言いながらシャクシャク音を立てながら食べてくれたけど、他の7人は微妙な顔して食べてた。
野イチゴはあっと言う間に全部無くなったし……
探せば色々ありそうな森だから、食べるだけなら何とかなりそうだけど、先生から出された課題を達成出来るかが心配だった。
「やあヨシフ、やっと来たな」
「昨日ぶりじゃの、ヨシフ殿」
修行時代にさんざん世話になった兄弟子に呼び出されて、仕事を早目に切り上げて、呼び出された場所に来てみれば、魔法学園の現教頭で前宰相のボーウェン・ゼルヘガンと2人で、森を眺めながら優雅に茶を飲んでいる所だった。
「どうやらお待たせしたようで、申し訳ない」
テーブルセットを中心に半径10m程に強力な対魔結界が張り巡らされている。
「最近の祓魔師達の成果はどんな感じだ?」
兄弟子に会うと何時も聞かれる事。祓魔師の成果とは、何冊の魔導書を完成させたか。
「年内には2冊、来年中に3冊程は完成するでしょうが、その先はまだ未定ですな」
兄弟子に誘導されて、空いている席に座る。
座ると同時にボーウェン様から茶を注いで頂いた。
「緑茶ですか、また懐かしいものを……」
「嫌いじゃったかな?」
そんな訳は無い。これを飲むと何時も思い出すのは修行時代の思い出と……
「師匠を思い出して少し……」
師匠の息子……
「お前の娘がずっと片思いをしている少年が、すぐそこで野営しているのだが……どうだ、様子を見てみないか?」
むむむ……最後に会ったのは6年前だと言うのに、いまだに「ライル様の妻にふさわしいでしょうか?」などと言って、何をするにもライル様、ライル様。
先日渡した誕生日プレゼントも「ライル様はこの柄のスカーフは好きでしょうか?」なんて……
本音は何処にも嫁にやりたくない、しかし私は出来る父親だ。娘が求める物は全て用意してやりたい。
「魔導書を使ってもよろしいか?」
「もちろん」「もちろんじゃとも」
先々月、師匠に推薦状を渡す時に会ったのだが、娘の事を何一つ覚えていなかったクソガキが……
「それでは失礼して……」
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