ハンセンの力


 2日続けて休みがあった。僕の部屋が1番広いからって理由で、皆で集まって冒険者ギルドにどの順番で行くか話したり、トレカで対戦して負けた人が食堂に食べ物を貰いに行ったり、2日間凄く楽しかった。



 そして今日は新しく1人増えた教室で、来週予定してる実習の為に何が必要なのかを皆で相談し合う時間。

 森の中で生活した事があるのが僕だけだったから、色々皆に教えようと思ってたんだけど、ゼルマ先生から止められたんだ。


「ライル、お前が口を出すのは最後にしろ。最初から最適解を教わっても意味が無いからな」


 2日の休みの間に皆が怪我なんてしなくて済むように色々考えてたんだけどな……



 そんな中で荷物の話になった。


「魔法鞄なら持ってるよ、商人の嗜みだからね。時間関係の機能は付いてないけど十分だろ?」


 最初に持ち込む物を決める時間だったんだけど、武器や防具以外をどうするかってなって、魔法鞄の話になったんだ。


 ケルビムの持ってる魔法鞄でも3日だけなら大丈夫かな? 綺麗な飲み水はユングの魔法でなんとかなるし、食べ物だって3日くらいなら生でも大丈夫。


「遠距離攻撃はルピとユングの魔法を主体にしましょう、矢を持って行く手間が省けるわ。それに土属性の魔法なら私もそこそこ使えるし」


 前衛、中衛、後衛を決める時間、僕とケルビムとペインが前衛、ダズとイズさんとユングが中衛、ルーファスとハンセンとルピナスさんが後衛に決まったんだけど……


「なあ、僕は遠距離攻撃なんか出来ないぞ、得意なのは拘束魔法だから、中衛もしくは前衛に入れてくれると助かる」


 自信満々に話すハンセンだけど、そんなハンセンを僕以外の全員がジト目で見てる……


「ハンセン君、貴方って自分の身分がわかってる? 貴方がどんなに友として扱ってくれと言っても、貴方が怪我なんてしたら、貴方の周りの大人達は許さないわ。そうなったら私達がどうなるか分かってる?」


 そんなイズさんの疑問に。


「周りが全員怪我をして、僕1人何も無くアホ面引っさげて帰って来て、そんな状況になったら僕がどう思うか分かってるか?」


 ハンセンは質問で答えた。


 その後に皆が沈黙、誰も答えようとしないから僕が感じたまま答えてみた。


「たぶん僕だったら自分が許せないかも。きっと凄く後悔する。その場に居なきゃ良かったって」


 イズさんの質問の意味が分からなかったから、とりあえずハンセンの質問にだけ。


「そいつが怪我をしても命さえあれば大丈夫だ。罪には問われんよ」


 僕が答えた後に、ゼルマ先生がそう言ったんだけど、言い終わった後にゼルマ先生が少しだけ悲しそうな顔になった。


「そういう事。生きてさえいれば大丈夫なんだ。だから仲間として、ちゃんと僕を使ってくれ」


 先生が立ってる後ろに真っ黒の板があって、そこに白いモノで色々書いてある。

 それが黒板と言う名前で、書くモノがチョークだってさっき教えて貰った。


 席を立ってチョークを見ながら黒板に向かってあ歩く、そんな僕からハンセンに質問。


「拘束するのが得意って言ったけど、どれくらいの大きさの相手を何体同時に拘束出来るの?」


 村に住んでた魔法使いさんは、サイクロプスやヒガンテスなんかの大型の魔物を同時に沢山拘束出来てたな……


「一体だけなら飛んでる火竜でも爪1つ動かせないように拘束してやる。人間くらいの大きさなら100体同時でも大丈夫さ」


「え!? 空を飛ぶ火竜でも拘束出来るの?」


 それは凄い、村の魔法使いさんでも空を飛ぶ魔物を拘束するのは難しいって言ってたもんな。


「もちろんだとも。デカい魔物ならどんな速さで飛んでても余裕さ」


 それなら前衛だな。そう思って黒板に向かう。


「ならケルビムとペインの真後ろ、僕の隣りかな。2人が抑えた魔物を拘束して、中衛や後衛の魔法や、前衛に居る2人の補助的な感じが良いと思う」


 僕の考えを話しながら黒板に書いてあった配置図の中から、後衛の所に書いてあったハンセンの名前を、前衛の場所に書き直す。


「ハンシンになってる。間違わないでくれよ」


「ああ、ごめん。自分の名前以外はまだ書き慣れて無いんだ」


 へへへ……失敗失敗。


「僕はその配置に反対だ。ルーファスとルピナスさんが狙われたらどうする。前で戦ってる誰かが大急ぎで戻れば大丈夫なんて言うのか? 1人くらい近接戦闘の出来る人間が後衛についてないと」


 少しずつハンセンの来る前のハキハキ話すユングに戻ってきたな……


「いやユング、待てよ。その為に近接戦闘も出来るお前が中衛なんだろ? ルピナスさんには障壁魔法だってあるし、僕だって攻撃魔法も使えるんだぞ、牽制してる間にお前が助けに来てくれよ」


 何となくだけどルーファスはもう諦めたって感じがしてる。



 ユングやルピナスさんは、ハンセンの事をとにかく丁寧に扱おうとする。


 でも僕は他の7人と同じように扱おうと思ってるし、ダズやイズさん、ペインなんかも僕よりの考えで、ルーファスとケルビムはユングと似たような感じだったけど……


 ユングとルピナスさんがハンセンの事を丁重に扱おうとしてるのは、2人が小さな頃からハンセンの事を知ってるからなんだと。


 ええと、爵位だったかな……それを持ってない家の人は会う事も出来ないのが王子様ってやつで、小さい頃から2人はハンセンと面識があったらしい。


 ユングは伯爵家って偉い貴族の家の出で、ルピナスさんは準男爵家って所のお嬢様って教えて貰った。


「槍も得意だ。鉄の鎧くらい真っ二つに出来るぞ」


 自分の得意な事をアピールするハンセンだけど……


「鉄の鎧なんて森に着て行っちゃダメだよ。咄嗟に動けないと何があるか分からないから、それに……」


「ライル、そこまでにしろ。まずは森で生活した事のない8人が考えて、その通りに行動させて見る事が大事なんだからな。次の実習が終わったら、その後もう一度同じ場所でライルの指示で3泊する実習でも組んでみるか」


 ゼルマ先生に怒られてしまった。



 その週は半分教室で、半分演習場で授業。

 話し合いはなんとか終わったけど、ハンセンに何が出来るのかを見て知る為に、皆でハンセンと模擬戦をしたんだ。


「ハハハッ、全員同時でも構わないぞ。まだまだ僕はこんなもんじゃない」


 ハンセンの拘束魔法は凄かった。目を凝らさないと見えないくらいの半透明の魔力の鎖が、気が付いたらいつの間にか全身を拘束してて身動きが取れないんだ。


「皆、蜘蛛の巣をイメージしながら地面を見て。地面に魔鎖が張り巡らされてるわ、触れないように気を付けて」


 僕が最初に気付いて地面を見てたら、次にルピナスさんが気付いた。


「ハハッ。ルピナス嬢、それだけじゃ無いぞ。さあ次は全員同時に掛かって来い」


 ハンセンの作る魔法の鎖は形を変える大きな蜘蛛の巣って感じで地面に張り巡らされてた。


 でも全員で周りを囲んで、それぞれに打ち合わせも無しに飛び掛かろうしたら……


「ダメ! 下がって!」


 地面に張り巡らされてたはずの拘束魔法が僕の背丈より数倍高い位置まで伸びたんだ。


「後ろからは無理だ、人が通れる隙間なんて作る訳が無い」


 最後尾で見てたルピナスさんが、下がってと言った瞬間下がれたのは僕とペイン、元々近接戦闘をしないルーファスと少し離れた位置で司令塔役をしていたルピナスさん、半数を残して、ユング、ペイン、ダズ、イズさんが魔力の鎖に触れた瞬間グルグル巻になって、地面に転がった。


 そして次の瞬間。


「遊んでないで真剣にやれ」


 ゼルマ先生がハンセンに向かって怒鳴った。


「はいっ! 師匠」


 その後は残った4人とルーファスの出したクレイゴーレムをほぼ同時に拘束して無力化したハンセン。


「遊んでいなければ8人同時に拘束出来たはずだ」

「すいません師匠」


 僕達全員を拘束魔法の鎖で縛ってゼルマ先生に説教されてる。

 

「まず見えるようにしたのがダメだ、なぜいつもの不可視の鎖にしなかった」

「それは初見だと誰も分からないと思ってたので」


 怒られてるせいか、拘束する力が弱くなった。


「何故最初から全周囲に巣を張らなかった」

「開始の合図と同時に展開したので間に合いませんでした」


 ふふふ……チャンスだ。


「何故に地面に張り巡らした。最初から腰の高さに展開出来たはずだ」

「女性の腰に魔鎖を回すのは失礼かと思って」


 先生の説教に気を取られてる隙に抜け出して……


「両手両足を縛り付けるのとどう違う?」

「すいません、言い訳でした」


 こっそり拘束魔法の鎖を踏まないように近付いて……


「隙あっ!!!」

「隙なんてある訳ないだろ。得意だって言ってるじゃないか」


 後ろからお尻を狙ってカンチョーしてやろうとしたら、その体勢のままで全身拘束されてしまった。


「すごいな、ションじいちゃんみたいだ……って事は探索魔法?」


 僕がどれだけ気配を殺して近付いても、たとえそれが昼寝をしてる時でも、必ず気付いて仕返しされた思い出がよみがえってくる……


 ションじいちゃんのカンチョーは痛かったな……


「ライルの知り合いにも探索魔法の使い手が居たのか、すごいな最前線……てかお前は僕に何をしようとしたんだ?」


 そりゃ体が少し浮くくらいの……


「体が少し浮くくらいの強烈なカンチョーだけど?」


 気を抜いてたら死ぬかと思う程に痛いカンチョーを何回か食らったな。

 そう考えたら8歳の子供に何してたんだよションじいちゃん……


「えっ……カンチョー……本気で言ってるのか?」


 ハンセンは面食らった顔をしてる。


「うん。両手の人差し指と中指で、躊躇わずに吹っ飛ばすつもりで一気に突き刺すのがコツなんだ」


 その後拘束魔法を解いてくれたハンセンは、ずっと上機嫌で、ゼルマ先生も少し優しい顔付きになった。


「ホントに来週が楽しみだ。師匠も遠巻きに監視はしててくれるらしいから安全だしな」


 そう言ってゼルマ先生と家に帰って行くハンセン。ハンセンは家から通いで学園に通ってるらしい。


「なあライル……お前ってさ、王子様って何か分かってる?」


 それを見送った後、寮に帰る途中でダズに聞かれた。


「さあ? 何となく偉いのは分かるけど」


 村には王子様なんて職業の人は居なかったもんな……


「まずそこからだったかー。今から食堂で夕飯確保してライルの部屋で爵位や身分の勉強だ。ケルビム、トレカ持って来てくれよ」


「ああ。昨日出た最新弾をまだ空けてないから皆で空けようぜ」


 僕もルールを教えて貰って対戦出来るようになりたい。


 どうせならハンセンも寮に住んだらいいのにな。


 

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