殿下君


 教室に集まった僕達を待ってたのは、もちろんゼルマ先生。大きな黒い板に、白い字や、ちょっとした絵が書いてあって、最後尾でボーウェン先生も椅子に座って僕達を見てる。


「今回の実習で俺から見て良かった部分、悪かった部分を纏めておいた。これから少しの時間だが反省会を始める」


 書いてある文字を、ゆっくり少しずつ読んで行くと、僕の名前が書いてあって、その下に注意が書かれてた。


 食べられる物を探す能力は認めるが、あくまでも食べられる物であって、食べたい物では無い事に注意を払え。


 そう書いてあって、5日間の行動を思い出しながら、僕が確保した食べ物の事を考えてみた。


「こんなに酸っぱくて大丈夫なのか?」


 グミの実を食べたケルビムに言われた事。


「私、この青臭いのはどうやっても無理」


 パクチーを食べたイズさんに言われた事。


「ねえライル、もう少し食べ物の味がする野草は無いわけ? 全部苦いじゃない」


 片っ端から1口かじって延々と苦いとルピナスさんに文句を言われ続けて……


「他に食べる物が無ければ食べるんだろうけど、好んで食べる味じゃ無いな」

「それは僕も同感」


 ユングもダズも美味しくなさそうだったし……


「無いよりはマシか……」


 肉だけじゃお腹いっぱいにならなくて、ペインはしぶしぶ食べてた。


 そして……


「少数派の同志。辛味や苦味が市民権を得るまで共に歩んで行こう」


 何故かルーファスからは仲間扱いされつつ握手を求められた。皆と同じで、僕だって辛いのはそんなに好きじゃないんだけどな……


 でもそんな事を思い出してると、楽しかったとしか思えないんだ。


「頼もう! ここは冒険者コースの教室で合ってるか?」


 実習の事を思い出しながら、皆が食べても美味しいって言ってくれそうな物を考えてたら、突然教室のドアが開いて、僕に貴族か? って聞いてきた人が入って来た。


「殿下、ここは冒険者コースの教室で間違い無いです」


 それを見て、突然ユングが立ち上がって大きな声でハキハキと答えたんだ。


「それなら良かった。師匠、やっと母上から許可が出たんだ、今から僕もここで学ばせて欲しいです」


 そう言ってゼルマ先生に羊皮紙を渡して、空いてる席は沢山あるのに僕の隣に座ったんだ。


「なあユング、僕は王族だけど庶子だから継承権は持ってない。王族扱いせずに同級生として扱ってくれ」


 座ってすぐにユングに向かって小声で話し掛けてた。


「いい事を言うじゃないかハンス。申請期間はまだ少し残っているから受け入れよう」


 なんだろう……ゼルマ先生の機嫌が少し良くなった……


「1人ずつ次の実習の際に何を気を付けるか発表して、それを皆で考える時間だ。魔物と戦う時に同じ戦いはひとつも無いと思えよ、卓上遊戯とは違う、その点に注意して議論してみろ。ハンス、お前は見学しておけ」


 そう言われて皆で話し合い。でも、何時もなら率先してハキハキ話すユングも、少し荒っぽい口調のペインも、口汚く色々罵ってたルピナスさんも大人しくなっちゃった……


「殿下の前で発表なんて出来るわけない……」


 凄く小さな声でダズが呟いて……


「何か失礼な事でもあったら……」


 イズさんは目を逸らして遠くを見てる、それなら僕から……


「次の実習では、今回得た収入で干した果物や調味料を買って、魔法鞄に詰めて持って行こうと思います」


 干した果物なら皆食べてくれるだろうし。ルーファスには鷹の爪を沢山用意してあげとこう。


「あと、白い服は目立つので、森の中で目立たない格好をした方が良いと思います」


 誰も話そうとしないから、とりあえず僕が考えた事を発表してみた。


「実習とは何をするんだ? 食べ物を持って行かないといけない実習なのか?」


 ええと……殿下君でいいのかな?……


「殿下君は一回目の実習に居なかったから、そこから簡単に説明すると、現地に行って数日そこで過ごす実習だよ」


 それと……


「今日まではダンジョンの2階層で、再来週から東の森って所に行って3日間森の中で過ごすんだ」


 こんな感じて良かったかな? なんて考えてたら……


「ハハハッ、殿下君なんて呼ばれたのは初めてだ。僕の名前は殿下じゃないぞ、ハンセン・コールマンだ。よろしくなライル・ライン」


 あれ? でも殿下って呼ばれてたような……


「間違えてごめん。よろしくハンセン、ライルって呼んで欲しい」


 差し出された右手を掴んで握手をしたら……


「ライル、失礼だぞ。お前は何を考えてるんだ!」


 怒った口調でユングに怒鳴られた。


「えーと……なんだったかな……えーと……あっ! そうだ」


 怒鳴られて訳の分からなかった僕と、少し考え込んだハンセン。


「師匠が言ったはずだろ、身分は捨てろだったかな、背中を預け合うだったかな、たぶんそんな感じの事を言われなかったか?」


 ハンセンに諭すように声を掛けられてユングが俯いちゃった。


「この教室内に居る全員に、僕が王族として命じる。僕の事はハンセンと呼んでくれ。以後王族としてこの場に居る全員に何かを要求したりしない事をこの身に流れる血に誓う」


 ボーウェン先生は失笑してるし、ゼルマ先生は腹を抱えて笑ってる。


「ハンスの事は王子として扱うな、俺が幼い頃から身分なんてクソだと教えこんている。ハンス、お前が何を考えてるのかを皆に教えてやれ」


 ひとしきり笑った後にゼルマ先生がハンセンに向かってそんな事を言ったんだ。


「んっ……ん……えーと……」


 そして立ち上がって先生の隣まで行って僕達の事を見ながらハンセンが右手を突き上げて……


「毎日のように暗殺に怯えて城の中で暮らすなんてクソ喰らえだ! 僕はいつか王族としての役目を終えたら冒険者になって、誰に怯える事もなく自由に世界中を歩いて回りたい」

 

 そういった後に凄くスッキリした顔をしてる。


「だから僕の事は王子じゃなくて、ただの同級生として扱ってくれ。この中に居る奴がこれから先、僕に向かって殿下なんて言ったら問答無用で牢屋にぶち込んでやるからな」

 

 皆の顔が青ざめてる。特にユングとルピナスさんが酷い……


「殿……いえ、ハンセン様。無理です、どうやっても無理です」


 絞り出すような声でユングがハンセンに向かって拒否したら。


「様もダメ。ハンセンって呼んでみろ。呼べないならお前の兄妹ごと牢屋にぶち込んでやる」


「なんで呼び名くらいで牢屋に入れられないといけないの? 殿下って呼ぶのはそんなに悪い事?」


 冷や汗で額がびっしょりしてるユングが可哀想、そう思って疑問に思った事を聞いてみた。


「呼ばれる度に腹が立つんだよ。正室に男が産まれなかったってだけで、1度捨てた僕や母上を王宮に呼び戻すクソ親父や、僕を殿下って呼んでへりくだる癖に、僕や母上の食事に必ず毒を盛るクソ宰相を思い出してさ」


 相手が嫌がる事はしちゃいけないって父さんが良く言ってたな、ハンセンは本当に嫌そうな顔をしてる。


「それじゃ僕はハンセンって呼ぶよ。殿下って呼んでごめんなさい」


「気にするな、知らなかったんだろ。よろしくなライル」

 

 そう言ってまた僕の隣に座ったんだ。


 でも……ちょっと気になったから聞いてみよう。


「ねえハンセン、食べ物にちょっと毒を混ぜて耐性を付けるなんて普通じゃないの?」


 蓄積していく毒は飲んだ後に体から出す為にわざとお腹を下して、軽い毒なら食事に混ぜて少しずつ耐性を付けるなんて、村では普通にやってたんだけどな。

その時に食べると良い野草なんてのも何種類も覚えてるし。


「なんだそれ……そんな事出来るのか?」


 驚いた顔して僕を見てる……


「ハンス、そいつの言う事を真に受けるな。最前線育ちという特殊な環境で育った奴だけだ、そんな事を出来るのは。最前線には解毒や解呪の腕が良いヒーラーなんて腐るほど居るからな」


 あれ? 他の人には聞こえてなかったみたいだけど、ゼルマ先生には聞こえてたみたいだ。


 でも村のヒーラーさんって、何時も酔っ払って鼻くそほじりながら昼寝ばっかりしてるけど……そんなに腕が良いのかな? 少し疑問だ。



「うだうだ言ってても始まらないわ、女は度胸だもの」


 小さな声でポソりと呟いたルピナスさん。


「私が考える次の実習に必要な物はトイレです」


 そんなルピナスさんが立ち上がって、少しキツめの目を更にキツくして大きな声で言ったこと、そう言われてみたらそうだなって思う。


「僕もトイレは大切だと思う。出したままで放置してたら匂いにつられて腐肉喰いが来るかもしれないし」


 腐肉喰いだけじゃない、犬系や熊系の魔物が居たら、縄張りを荒したと思われてしつこく探し回るもんな。


「そう言う訳じゃ無いのよ、男子と一緒に居ると。ほら女子だから……」


 尻すぼみになって行くルピナスさん、顔を赤くして座っちゃった。


「俺は数日安全に過ごすだけじゃなくて、目的を作りたい。ただ漠然と森の中で拠点に籠って飯の準備をするなんて嫌だ」


 そしたらペインが立ち上がって大きな声でみんなを見て言った。


「ペイン、それはとても大切な事だ。だがそれは俺からの課題で出すつもりだから心配するな」


 それに答えたゼルマ先生。教室の中を歩き回りながら羊皮紙を皆に1枚ずつ渡していく。


「それは冒険者ギルドに提出する学園の許可証だ。各人来週末までに必ず1人で冒険者ギルドに行って登録して来るように。ハンス、お前の分は後で渡す」


 渡された羊皮紙を読んでみた、学生用仮登録申請書って書いてあるのが読めた。


 難しい文字も落ち着いて1つずつなぞれば読めるようになってるのが凄く嬉しかった。






「師匠、あれで僕にも友達が出来るのでしょうか?」


 師匠から本音を話してみろって言われてたから、その通りにしてみた。あれで良かったのかな?


「さあ、そこはこれからのお前次第じゃないか」


 王族の役目を終えて冒険者になるなんて無理なんだけど、夢を見るくらい良いよな……


「ハンス、気付いているか?」


「はい、3人居ます。校門を出てからずっと付かず離れず着いてきてます」


 まただ。僕が城から出たら毎回のように狙って来る暗殺者……


「拘束してみろ。タイミングはお前に任せる」


 僕が王族としての役目を終えたら、その時は……

 

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