実習と言う名のサバイバル


「隣に座ってもよろしいか?」


 先週末の夕方に申請を受けて、一応は許可を出したのは良いが、入学したばかりの生徒8人が、どうなっておるのか少し気になって見に来てみれば、2階層入ってすぐに豪華な毛皮のマットの上にテーブルセットを用意して、優雅に茶を嗜むゼルマ講師を見つける事が出来た。


「ええ、お待ちしていましたよ。緑茶ですがどうですか?」


 難易度の低い草原階層とは言っても、少年少女では少し荷が重かろうと思っていたのだが……


「1杯頂こうかの。しかし、その様子じゃと問題はなさそうじゃのう」


 見た目にはエルフの血が混ざっておるのは分からんゼルマ講師だが、五感はエルフのソレのようで、時折耳が微かに動くのが見て取れる。


「全員が実戦経験もありますし、今すぐにでも鉄級程度の仕事なら問題無さそうですからね。普通にやっていては面白くなさそうだったので、換えの下着以外持たせずに放り出してみましたよ」


 なんと……


「大丈夫なのじゃろか?」


「案外楽しそうにやってますよ。今は兎と遊んでいる所ですね」


 兎……とは角兎じゃろうか?


「君が追い出した生徒の親から苦情が酷くての、どんな感じの授業をしておるか、その授業を我が子に受けさせて大丈夫かを説明すれば黙る程の物じゃと有り難いのじゃが」


 先週末まで王都出身の生徒の親達の苦情が酷かった、去年までの講師であれば授業にダンジョンを使うのは2年目からだったのじゃが……


「武器を持たせずに魔物に向かわせても大丈夫なら」 


 そんな事を王都に暮らす者がさせられる訳が無いのう。


「次に怒鳴り込んで来る親がいたら、そう伝えておこうかの。で、今の君の目から見た8人の評価はどんな感じじゃ?」


 ワシが気になるのはソコじゃ。


「全員が多少の実戦経験があるので問題無いと思いますよ。あとはどれだけ楽しく過ごせるか、それで先が決まると思いますが」


 1階層とは違い、2階層には魔物も出るのじゃが、楽しく過ごせるかとは……


「武器も持たずに出来そうなのか?」


「今は角兎のドロップ品で望む物が出なくて、8人揃って四苦八苦してますが楽しそうですよ」


 むむむ……どれ……


「ちと横で遠視の魔法を使うがいいかのう?」


「もちろん、訓練場とは違ってのびのびしてますから見てあげて下さい」


 そう言われて展開した遠視の魔法の魔法陣、魔法で感じ取れる8人は……


 どれどれ……






「ペイン、ユング! そっちに行った」


「分かった」「任せろ」


 ケルビムと僕が勢子になって、草むらから角兎を追い掛けて、皆が待ってる所に追い立てるんだけど。


「よっしゃ捕まえた!」「早く首を折れ」


 ダンジョンに出る魔物は死んでしまうと体の一部しか残さないんだ。すっごい不思議。


「ぐあぁぁ! また魔石だ」


 20匹くらい角兎を捕まえたんだけど……


「ちょっとペイン。貴方のドロップ運って酷すぎじゃないの? これじゃお昼ご飯の用意が出来ないじゃない」

 

 角が6本と皮が3枚、あとは全部小さな魔石が出ただけで、魔石は夕方にゼルマ先生の所に持って行くつもり。


「そう言うなら首を折るのを変わってくれ、ライル、ケルビム、もう一度勢子を頼む」


 まだ肉はドロップしてない。皆お腹が減ったみたいで少しイライラしてる。


「お腹が減ったならアグリス食べる?」


 ベルトに挟んでたアグリスをルピナスさんに渡そうとしたら……


「嫌よ、そんな苦い草なんて二度と食べたくないわ」


 そう言って拒絶されてしまった。


 皆がアグリスを最初に食べた時の感想は『にがぁっ!』だった。ちゃんと苦いって伝えてたんだけどな。


「そんな味の草を食べるなんて、まるで罰ゲームじゃない。私は普通のご飯が食べたいの」


 今の所、生で食べられる野草は苦いのばっかりで、苦いのが特に苦手なルピナスさんが、8人の中で1番嫌そうな顔をしてる。


「もう少し角兎を狩ってみてダメそうならリザードラットに狙いを変えてみるか」


 ダズとイズさんは2人で角兎の角と皮、倒木の腐ってない部分を使って簡易の手槍を作ってくれてる。


「見つけたら追うから、網の準備しててね」


 耳をすまして、草むらの中に潜んでる角兎を探す……カサコソ音がする方向が3箇所あって、1番近い所に風下から近付く。


「ケルビム、左にお願い」「おう、今度こそ肉が欲しいな」


 2人で網の両端を持って横に広がって……


「うぉおぉぉぉ!」なんて叫びながら、網の真ん中くらいに合わせた角兎の居場所を通り過ぎようとすると……


 ビギィィィィィ! 


 なんて声と共に網と反対方向に角兎が逃げてくんだ。

 それを少し離れた場所で網を構えてる4人の方に行くように誘導しながら走ると……


「ルーファス、ユング、2人の真ん中」


「わかった」「任せてくれ」


 後ろを気にして走る角兎が、構えた網に絡んで捕まる。


「網を巻き付けて首を」


「私が折る、貴方達触らないで」


 ルピナスさんが、身動きが取れなくなった角兎の首を、網から飛び出てる角を掴んで捻ってポキっと折って〆めたら……


「お肉……小さい……」


 後ろ足1本分、綺麗に皮を剥かれて処理されてる肉が出現したんだ。


「おお、血抜きしてある」


 それを見て、焼いてすぐに食べられるくらいに処理してある肉に僕が驚いてたら……

 

「1人分にもならないじゃないの! もっと狩るわよ」


 この中でケルビムが1番肉好きだと思ってたけど、ルピナスさんの方が肉好きっぽい。


 だってルピナスさんの勢いにケルビムが引いてるし。


「リザードラットは肉のドロップ率が高いって聞いた事があるけど、兎は諦めてそっちに行ってみないか?」


「突き刺すくらいなら十分使えるくらいになったし」


 ダズとイズさんが作ってくれた手槍は……


「十分過ぎるよ……なんで鍔までついてるのさ」


 想像してた物と全く違った。


「そりゃ命を預ける武器だもん、中途半端には作れないさ」


「手抜きのやっつけ仕事なんて有り得ないし」


 1m位の長さの立派な手槍。


 倒木の枝で出来るだけ真っ直ぐな部分を使って、ちゃんと槍として使えるようにしてある。


「ケルビム君にはコレ。そんなに頑丈に出来なかったから、出来れば受け止めないで受け流して」


 手のひら位の厚みの木の板に持ち手が付いてるし……立派な木製の盾だ。


「ペインはハンマーが良いんだよな? 掛矢になっちゃったけど大丈夫だろ?」


 ダズから大きな木槌を渡されたペイン。ブンブン振り回して確認する姿は、なんか嬉しそうだ。


「あっ唐辛子だ、これを味付けにドバッと入れると肉が美味いんだよ」


 ルーファスが真っ赤な実を見つけた。あれは確か、辛く味付けする時に使う鷹の爪じゃないか?


「美味しいの、どれどれ……」「あっ」


 真っ赤な実を1つもいで口に入れて咀嚼するルピナスさん……


「ぐばあァァァ」なんて声にならない声を出して、全部吐き出しちゃった……


「ユング、水、水を出して」


 辛くて口を抑えて転げ回るルピナスさんを見てケルビムがユングに水を出してって頼んだけど……


「水を飲むと辛さが増すよ、こんな時はアグリスだよ」


 転げ回るルピナスさんをユングと2人で抑えて、半ば無理矢理口にアグリスをねじ込んだら……


「あんた達覚えてなさいよ、絶対いつか仕返ししてやるんだから!」


 なんて言いながらルピナスさんが涙目で僕とルーファスにプリプリ怒ってた。






「何をしとるんじゃ、あの8人は……」


 あれは魔物との戦いと言うより、隠れ村に住む獣人達の狩りじゃろうて。


「若いからでしょうか、何をしても楽しそうで良いじゃないですか」


 この金級冒険者も何を考えとるのか全く分からん。


「今の所リーダーシップを発揮してるのはユングですね、さすが伯爵家の血筋だと思います」


 む、そう言うのを聞きたかったのじゃ。


「麦の守り人の家系じゃからのう、それなりにリーダーとしての教育はされておるか」


「それとルーファスとケルビムも、良い側近になれそうな感じですね。主従間で歯に衣着せぬ物言いが出来るのは良い事です」


 なるほど、ちゃんと見ておるのか。


「ダズ、イズ兄妹はドワーフっぷりを発揮してますが、戦闘に関する事は8人の中でも上の方でしょうね」


 モルベット冒険者ギルドのギルドマスターの子供じゃったな。


「ペインは少し空回りしてるようですが、城塞都市出身と言うなら仕方ないでしょう」


 なるほどのう、子供達の事をしっかり把握しとるようじゃの。


「ルピナスは今の所ムードメーカーと言った感じでしょうか、危険に晒されてからが、彼女の存在感が増すでしょうね」


 あの中では1番しっかりしておりそうだったのじゃが意外じゃのう……


「まあしかし、兄さんも義姉さんも面白い教育をしたもんだと感心しますよ。読み書きや計算を覚えさせるより、幼い頃から自然と共に生きる術を身に付けさせるとは」


 む、ライルのことじゃな。


「アレが直接勇者の教えを受けた最後の子供ですからね。どう成長するのかが楽しみです」


 なんとなんと……秘蔵っ子と言うのは本当なのか……


「ゼルマ講師の兄とはどんなお方なのじゃ?」


「家名で気付きませんか? 兄はラッセル・ライン、義姉はミシェル・ラインですよ。有名人ですよね?」


 なんと……我が師と袂を分かってからハルネルケのエルフ村落へ帰ったと噂されていた2人の息子じゃったかライルは……


「ゼルマ講師もリンゲルグ村に住んでおったのじゃよな?」


「ええ、私も幼い頃に実家を出て兄の元に転がり込み、勇者様や聖女様から直接指導を受けたんですよ」

 

 なんとなんと……そんな羨ましい事が……


「その頃の話を聞かせてもろうて良いじゃろうか?」


 我が師と共に魔王を討った5人のうち、4人までもがリンゲルグ村に住んでおったなんて、知っていれば仕事を休んで通っておったわ……


「もちろんですとも、夕方までは時間はありますから。もう一杯お茶でもどうですか?」


「有難く頂こう。修行時代の頃に会ったきりの4人が、最前線でどんな生活をしていたのか、長年の疑問が解決するわい」


 どうせなら茶菓子でも出そうかのう。

そう思って魔法鞄から干した果物を出したら。


「干しミカンですか……」「嫌いじゃったかな?」


 それを見ながらも、耳は微かに動いておる。


「いえ、大好物の1つですよ」


「ならば良かった」


 子供達も気になるが、ゼルマ講師の話も気になるのう。

 


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