一見さん以外お断りのお店

ちびまるフォイ

おいしくめしあがれ

断腸の顔とはこんなだろうなという表情をしていた。


「本当は絶対に譲りたくないんだが、

 この店に代わりに行ってほしいんだ」


「これ、名前見たことある。

 有名な食べ物屋さんの予約券じゃないか」


「どうしても外せない予定ができたんだ。

 かといって売ることもできないし……」


「そんな嫌そうに譲るくらいなら

 いっそ捨ててしまえばいいんじゃないか?」


「そんなもったいないことできるか!

 この入店許可を得るためにどれだけ頑張ったか!!」


「わ、わかったよ。代わりに行けばいいんだろ?」


「ただ、その店は一見さん以外お断りなんだ。

 リピーターは絶対つかないようになっている。

 この予約券で入ったお前は、オレのフリをするんだ」


「ハードル高いなぁ……やっぱやめようかな」


「バカ! 味は他の店とは比べ物にならないんだぞ!?」


「わかったよ……」


知人になりすまして店に入るのは

まるで自分が企業スパイかなにかになった気分だった。


「いらっしゃいませ」


店は木で作られたカウンターがあり、他の客は誰もいない。


「どうして包帯ぐるぐる巻きなんです?」


「これは……その、や、やけどで……」


「よろしおす。さぁ席についてください」


静かな店内。外の騒がしさも届かない不思議な空間だった。


「さあ、めしあがれ」


「いただきます。こっ……これは!!」


運ばれてきた料理はどれも美味しい。

自分の人生で味わったことの無い風味を感じる。


「お口にあってよかったです。

 たまに、お客様によっては合わない方もいるので」


「めちゃめちゃ美味しいですよ!

 一見さん以外お断りにするのがもったいない!

 もっとたくさんお客さんが来るに決まってるのに!」


「小さな店ですから、大勢が来られてしまうと

 料理の提供も難しくなりますし、使わないぶんは腐ってしまう」


「そうなんですねぇ……もったいないなぁ」


めくるめく味の桃源郷を味わい続けていたとき、

電話の着信音が一気に現実へと引き戻してしまった。


「あ、すみません!!」


電話を持って店の外に出る。

電源を切っておかなかった自分を呪った。


「もしもし?」


『おい、もう店には入ったか?』


譲ってくれた知人だった。


「入ったよ。料理めちゃくちゃ美味しかった。

 あんなの食べたこと無いよ。なんて表現すればいいかなぁ」


『そっち行く』

「え?」


まもなく電話を持った知人がやってきた。


「近くにいたのかよ!?」


「いや実は予定が早くに終わったんだ。

 で、その包帯ぐるぐる巻きは? ミイラ男か?」


「一応、本人じゃないとバレちゃいけないかなって……」


「待てよ。その格好だったら中身が入れ替わってもわからないな。

 ようし、ここから先はオレがお前になる!」


「ええ!? せっかくいいところだったのに!」


「もともとはオレの予約券だろ!?」

「うぐっ……」


そこを言われると反論できなかった。


「味のレビューはしておいてやるよ。楽しみにしてな」


「わかったよ。というか、なんの用事だったんだ?」


「これだよこれ」


知人はキラリと光る指輪をはめていた。


「結婚指輪?」


「プレゼントにな。サプライズを予定していて

 このタイミングに受け取らないとバレるんだ」


「慌ただしいやつだ……」


服装を入れ替えて中身を知人とバトンタッチ。

一見さん以外お断りの店でフルコースをすべて味わい尽くすことができなかったのは心残りだった。


「はぁ……もうちょっと早くに入店しておけばよかったなぁ」


その後、知人からの味のレビューとやらは来なかったのが

ますます再来店したい欲求を高めることになった。


なんとしてもまたあの料理を味わいたい!


人間の三大欲求の食欲が全体の9割を占めるほどに

頭の中は食でいっぱいだった。


もう一度来店しようと店の予約を取り付けようとするが。



『申し訳ございません。お客様はご来店済みです』


「えっ!? なんで!?」


友達名義で行ったにも関わらず、

一見さん以外お断りフィルターで予約できなかった。


どこかの誰かが俺の名前や身分を使ってなりすまし、

「一見さん」として何度も来店していたのだろう。


「ちくしょう! たった一度の来店チャンスをも奪いやがって!」


セキュリティなんて関係ないだろうと、

わかりやすいパスワードをたくさん使っていたのが災いした。


店に入るために自分以外の身分情報を盗み取れるほど

自分には優れたハッキング能力もない。


もう行けないとわかるとますます行きたくなってしまう。


「諦めるものか! 絶対にもう一度行ってやる!!」


俺は今の自分を捨てる覚悟を決めた。


顔を変え、素性を変え、戸籍を変え、何もかも変えた。

逃避行中の犯罪者もびっくりのするほど別人になってから

ふたたび一見さん以外お断りの店を訪れた。


「いらっしゃいませ。好きなお席にどうぞ」


店は変わらず静かな場所だった。

この空間に戻れるためなら何だってできる気がする。


「おや? あなたどこかで……」


店主が一瞬だけ伺うような顔をした。

どきっ、と心臓が一瞬止まったような気がする。


「……失礼しました。こちらの勘違いです。料理をどうぞ」


「いただきます!」


運ばれてきた料理に箸が止まらない。

待ちに待った期待感を裏切ることのない味。


「毎回料理は違うんですね」


「ええそうです。素材ごとの味を最大限活かす料理を

 お客様に召し上がってもらいたいと思っています」


「いやぁ素晴らしい! 素材の味が生きてますよ!!」


「……でも、どうして料理が違うってわかったんですか?」


「うぐっ」


喉で食べ物が急ブレーキして大渋滞を起こす。


「と、友達から聞いたメニューと違ったんで……」


「ふふふ。そうですか。それはそれは」


とっさにごまかして難を逃れた。

料理は次々に運ばれてきて食べるほどにお腹が減った。


「こちら、最後の料理でございます」


「おお! 美味しそうなスープ!!」


何品もたいらげた後なのに勢いが止まらない。

胃袋はもっとくれと中毒のように催促してくる。


これを食べきったらもうこの店に来れなくなると思うと急にもったいなく感じた。


「あの……この店はどうして一見さん以外お断りなんですか?」


「この店を訪れるお客様はみなそれを聞きますよ」


「こんなに美味しいのにもったいないじゃないですか。

 二回目以降は倍の金額としても喜んできますよ」


「うちはお金もうけのためにはやっていません。

 なにより美味しく召し上がってもらうのが第一です。それに」


「それに?」

「……」


スープを飲み干すと底に残った硬いなにかを見つけた。


「これって……」


それが見覚えのある結婚指輪だと気づいたとき、

体には不思議と力が入らなくなっていた。


「それに、一見さんにしないと後でバラされるかもしれませんしね」

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