第19話 その後
結局、廃工場に置いていかれた橋本なんとかさんは菊川さんに引き取られることになった。
俺は家に戻ってやっと普通の生活に戻れた。
俺が『異能』のコントロールを出来るようになったこともあり、もう危険もないので菊川さんは橋本なんとかさんを連れて新島市に戻るそうだ。
これで怠け放題、と思ったのだが……
――年は明けて、2018年、2月のある日。
「シュウジ、今日も部活の後に勉強するわよ!」
放課後になるとアヤが俺の席にやってくる。
新島大学に現役合格させるつもりらしい。
最初はクラスメイトにも奇異の目で見られていたのだが、最近では「またか」 のような反応を貰うようになった。
正直イヤな空気だ。
もう俺とアヤはクラスメイトにとっては付き合ってることになっているようだ。
恋愛に興味ないんだけどな、俺……
でもまぁ、アヤなら有り寄りの有りだよな。
可愛さで言えば文句はない。性格も思っていたのとは違うが親しみやすい。
「大学は二人そろって新島大の物理学科に行くわよ。きっと役に立つから」
あの2週間の隔離生活の数日後、アヤはいきなりこう言い出したのだ。
確かに物理の知識は役立つだろう。『異能』の幅に繋がる知識も得られそうだ。
そこから毎日この誘いだ。クラスメイトの目などお構いなしで。
もう諦めはしたが、少しくらい言いたい。
「なぁ、大学に行くのはいいよ。
勉強に誘ってくれるのもいい。
だけど教室で堂々と約束するのはどうなんだよ?
クラスの皆が俺たちをどう見てるかわかってるのか?」
二人で歩いてアヤの家に向かう道すがら、アヤに自覚があるか聞いてみた。
「あぁ、付き合ってるって言われてるのは知ってるわよ。事実と違うから気にしてないけど」
アヤは平然とそう答える。今更なにを、みたいな感じだ。
「まぁ、そうなんだけどさ。いいのか? 好きな男とかいないのか?」
「あたしは恋愛に興味ないしね。むしろ告白しにくる男が居なくなってせいせいしているわ。
どっちにしろ『異能』のことがあるし、お付き合いは難しいもの」
「何だ、似たもの同士か。俺も恋愛が面倒臭くてなぁ。
相手の都合に合わせてとか苦手なんだよ」
ちなみに勉強場所はアヤの家だ。アヤの家は客間があって勉強がしやすくて良い。
おばさん……アヤの母親も快く迎えてくれる。
「そういえばシュウジは誰かと話してるところをあんまり見ないわね。
どうせ恋愛じゃなくて人付き合い自体が面倒なんでしょ?」
「そうだよ、友達を作ると友達に時間を取られるだろ?
俺はゲーセンでたまに対戦するくらいの適当な仲間くらいが丁度いいんだよ」
ゲーセン通いは対戦ゲームが好きでよく行っていたのだが、『異能』が目覚めてから行かなくなった。
『異能』を鍛えた方が楽しいと思ったのもある。
大学へ行くという目的もあるし、あまり行きたいとも思わなくなった。
「はぁ……シュウジ、人付き合いは大事よ? 人脈を大事にした方がいいわ。
困った時に誰にも頼れないのは困るわよ」
アヤに深いため息をつかれてしまった。
「ごもっとも。あの時アヤと菊川さんがいなかったら、こうやってることもなかったんだろうな。
アヤには感謝してるぞ、勉強も見てもらって助かってる」
アヤは文武両道といった感じだ。努力家なんだろう。成績も良い。
「……どういたしまして。
シュウジのそういう素直に物を言うところ、美点なんだけど反応に困ることがあるのよね」
少し照れたように応えるアヤ。ここまでしてもらって感謝しかないのだが。
「アヤは思ってたより性格が親しみやすいし、見た目も可愛いし、努力家なところが美点だよな。
最初は冷たいと思ってたんだけど、話してみるとなんていうか自然体で居られるというか」
「な……ちょっ!! 何言ってるのよ!」
「何か変なこと言ったか?」
「……あのね、さっきのは告白か何か?」
ん? 素直な感想だが……そう取れなくもないな。
「素直な感想だけどなぁ。恋愛する気はお互いにないだろ?」
こう言ったが、アヤは頬を赤くしてこちらを睨んでいる。
これは結構怒ってる気がする。
「……もう…………よね」
アヤが小さな声で何か言った。やはり責められた気がするので謝っておこう。
「まぁ気分悪くしたらごめん。まぁ、これからもよろしくな」
「気分悪くしたわけじゃないし……えぇ、当たり前よ、あたしのためでもあるんだから」
顔を逸しながら言われた。
気まずい。
◇◇◇
アヤの家に着いてからは普通の態度に戻っていた。
あんまり素直に言葉に出すのはよろしくないな、気をつけよう。
コンビニで買ってきた食事を食べつつ、勉強をしていたらもう21時だ。
いつもこの時間に帰るようにしてる。
「アヤ、今日もありがとな」
「どういたしまして。シュウジ。勉強を始めてからすごい成績上がってるわね。
先月の実力テスト、4位ってびっくりしたわよ」
「アヤのおかげだと思う。ていうかアヤはいつも1位だよな。前から凄いと思ってた」
「あたしは真面目に授業を受けてるもの。シュウジは授業中寝なくなったのもあるんじゃない?」
「違いない。そういえばあの話、どう思う? 俺たちが人類生き残りの為の要素だっていうのは」
前から思っていた話題だったが話す機会がなかった。個人的には実感が全くない。
「あたしも色々考えたんだけど、『エクソダス』の未来視の『異能者』がどれだけの能力があるか、ね。
少なくとも留意しておいたほうがいいわ。
ただ、出来ることは強くなることかしら。
あたしの能力は補助的なのが多いけどシュウジは汎用性が高いのよね。
二人で菊川さん相手に勝てることが目標、かしら」
「菊川さんに、かぁ。あの人の強さヤバいよなぁ……訓練は毎日してるけど勝てる気がしない」
「シュウジはあたしに勝てないと、ね」
「勝てるようにするよ、戦法を考えておく」
どうしてもアヤを攻撃するのを
拘束するような戦法を身に着けないと女性相手には厳しそうだ。
「じゃ、そろそろ失礼するな?」
あまり遅くなってもご迷惑だ。そろそろ帰ることにする。
「あっ、シュウジ、これ」
アヤからラッピングされた小箱を渡された。
「ほら、バレンタインでしょ、今日。これからもよろしくね?」
いい笑顔で渡された。というかバレンタインなんていう風習そのものを忘れていた。
チョコは好きなのでありがたい。
「お、ありがとう。ていうかチョコを貰えるとは思ってなかったな」
「親しき仲にも礼儀あり、ってね?
贈り物をする機会っていうのは重要なものよ」
なるほど、それは確かにそうかも知れない。
「そだな、お返しはちゃんと考えとくよ」
「ふふ、期待してるわね。じゃあ、気をつけてね」
ああ、と返事してアヤの家を離れる。
冬の竹山市の夜は冷え込みが激しい。
ところどころで先週降った大雪が残っている。
近くの山は昼間には真っ白だった。
これから先、俺は大学に行って勉強しつつ、強くならなくてはいけない。
人類のため、というのはあまり実感はないが知り合いだけでも守りたい。
目標があるというのは良いことだ。
人付き合いは相変わらず面倒だが、『異能』というものは非常に面白い。
最近は刀を造ることに専念している。
そのために本物を竹山市立美術館で展示していた時に穴が開くほど見にいった。
まだまだ甘いが、少しずつ形になるようにはなってきた。
寒い帰路を歩き、家に着いてから一息ついた後、アヤに貰ったチョコの包みを開く。
中には手作りと思われる綺麗に作られたチョコと、4つ折りにされた紙片が入っていた。
紙片に何が書いてあったかは、ちょっと言えない。
また何かの機会があったら語ることがあるかもな。
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