第16話 残り2人の敵
菊川さんが2人を対処しているのだ、状況がわからないから急がないと。
廃工場の入り口から状況を窺う。
そこから見たものは想像を絶していた。
菊川さんが同じくらいの体格の男と殴り合いをしている。
蹴り、拳が高速で飛び交い、それを躱し、腕を掴んで関節を取ろうとしたところを、腕を回して回避したり、という攻撃の応酬。
正直言って巻き込まれたくない。込められた『異能』の力も半端ない。
これまで菊川さんと組み手をしてきたが、こんな高速戦闘は見ていなかった。
工場の外は広めのアスファルト舗装された駐車場になっている。
大型車が数台停められるくらいの広さはある。
10年の月日が経っているものの、そこまで荒廃していない。
精々穴が空いたところから草が生えている程度だ。
そこで高速で殴り合いながら、お互いに死角を取ろうと踏み込み、回避し、1秒と同じ場所には居ない。
俺ではどちらが有利かどうかすらわからない。
もう一人はどこだ? と思ったところで菊川さんに赤い何かが高速で飛んでいく。
菊川さんはガードも回避もできずに背中に赤い何かを受ける。
矢だ。よく見ると駐車場の周りに何本も落ちている。
ただ、落ちた時には普通の矢だった。赤くも何もない。
菊川さんの背中を見ると着ているTシャツの数カ所に黒焦げたような痕がある。
何事もないような顔をしているが、『異能』でガードしきれなかったダメージは蓄積されているかもしれない。
また赤い何か……おそらく矢がが菊川さんへ向かっていく。
今度はちゃんと見ることができた。俺から向かって右手の駐車場の奥の林からだ。
あの格闘戦に加わるのはただの足手まといだが、矢を止めることができれば少しでも助けになれるだろう。
俺は林に向けて走り出す。
相手も俺にすぐ気付いたのであろう、赤い矢がこちらに飛んでくる。
速度はあるが、色が赤いので射られたことにすぐ気が付いた。
見えた瞬間にサイドステップして回避する。
矢が俺の横を通過した。
が、その後すぐに背中に衝撃を感じた。
遅れて激痛が伝わってくる。
「痛ってぇ!」
つい言葉が口をついて出る。
確かに避けたはずだ。
背中に刺さった矢を引っ張るとすぐ抜けた。
だが、ヒリヒリと痛む。血も多少出ている。
そうやってる間にも、もう一射飛んでくる。
今度は避けた後、後ろを振り返って見てみる。
不自然な動きをして反転してもう一度こちらに向かってきた。
そんな予感がしていたので再度避ける。
普通に飛んできた先程より遅い。
回避した矢を見ていると反転後に10mほど進んで落ちた。
一度だけ追尾してくるらしい。
正直鬱陶しい。
ただ、俺が矢を受けている間は菊川さんにも余裕が出来るだろう、無駄ではないはずだ。
目標は林の入り口の一本の木だ。
そこに向けて走って木を盾にして相手を窺って攻撃をしようと思う。
遠距離攻撃が全くモノになっていないのが悔やまれる。
ここからでも威嚇射撃が出来れば違っていたのに。
無い物ねだりをしても仕方ない、このまま林まで駆け抜けたい。
ただ、近付くにつれて見えてから回避するまでの時間が短くなる。
だいたい3秒に一射。次の射のタイミングで一気に到達する。
目標の木まで残り30m、3~4秒あれば到達できるだろう。
次の一射を目視した。
赤いそれを回避し、戻ってくる矢を見ずに前に進みながら回避した。
よし、いける!
と思った瞬間、俺の左の二の腕に重い衝撃が来る。
「!? ……ぐぁ!」
一瞬遅れて激痛が来る。普通の矢が刺さっていた。
赤く光っていないために反応できなかった。
咄嗟に右へ飛び木の方へ転がり込んだ。
その拍子に刺さった矢が地面に引っかかりまたも激痛が走る。
くそ、やろうと思ったら速射も出来たのか。
抜いていいかなんてわからないが、このままでは戦えない。
鏃側を掴んで力いっぱい引っ張る。
「う……がぁ……」
痛みで声が出るが、『異能』を込めたのであっさりと抜けた。
血はさほど出ない。運良く血管を避けたのだろうか。だがかなり痛い。
左手での攻撃はあまり出来ないと考えた方がいいだろう。
分析しつつも状況を確認する。
敵の弓使いはまた赤い矢を菊川さんに向かって射っている。
菊川さんの状況も芳しくない。
相手はかなり強いようでそこに弓の支援だ。
しかもその弓も仲間を誤射をしていない。
お互いに有効打がない以上、弓のダメージが積み重なっていくのは不利なはずだ。
このままでは拙い。
何か手段を考えないと。
そうだ、鉄パイプを持っていた。これを使えないだろうか。
この鉄パイプは『異能』で加工してL字のパーツを付けてある。
最終的な実験はできていないがこれを駄目元で使ってみよう。
背中側にベルトに挟んでいた鉄パイプを手に取る。
問題はゼロ距離でないと使えないということだ。
本当は遠隔武器として使いたかったのだが……
問題はどうやって弓使いのところに飛び込むか、だ。
このまま悩んでいても仕方がない、突撃するか?
と思った瞬間、頭の中に声が響いた。
(聞こえる? シュウジ、あたしよ、アヤ)
「えっ、何だこれ」
(テレパシーよ。あたし側からチャネルしてるから、思うだけで伝わるわよ)
テレパシーなんてのも出来るのか、教えてくれてもよかったんじゃないか?
(そう思ってるのも伝わってるからね?
普段はチャネルする時に本人には尋ねるんだけど、今回は急だから我慢なさい。
今の状況は大体理解できてるわ。森の中にいる『異能者』をどうにかしたいのよね?)
あの乱戦に加わってどうこうする腕はないからなぁ、アヤなら何とかできるか?
(あたしだって無理ね、あの敵はかなり強いわよ。あたしも数秒持つかだと思う
遠距離で援護してる敵と戦う方がマシね。それでもあたし達より強いだろうけど)
工場内で倒したヤツくらいに弱かったらいいんだけどな。
(もう既に一人倒してるのね、あと一人どこかと思ったのよ。
すごいわよ、シュウジ。でもこの後どうするつもりだったの?)
飛び込んでこいつをぶち込んでみようと思ってた。
俺は鉄パイプとそれを使った作戦をイメージしてみた。
(ふぅん、面白いこと考えるじゃない。いいわよ、私が陽動するからやってみなさい)
大丈夫か? 危なくないか?
(誰に言ってるのよ、あたしだって一応10年『異能者』やってるのよ?)
そうだった、超先輩なんだよな、アヤって。じゃあ俺はどうしようか?
(矢を飛ばしてくるのよね? ちょっと待って、共有するわね)
俺の頭の中に、円の中に十字線が入ったものが映った。
十字の中央に白い点がある。緑の点と赤の点が左上の方で目まぐるしく動いている。
十字の右下に緑の点、そこから上に行ったあたり……中央の右半分やや上に赤い点がある。
これはもしかして……レーダーマップみたいなものか?
(そうよ、中央の白い点が貴方。シュウジから見て右側にある赤い点が敵だわ。
割と近いわね。距離で言うと30mくらいかしら。
あたしが貴方から見て右下の緑の点ね。左上は菊川さんともうひとりの敵よ。
あたしが敵と接触したら射手に思いっきり走っていってそれを使いなさい)
わかった、上手く行かなかったらすまん。
(最初から上手く行かなかったことを謝らないの。失敗したら二人で戦えばいいじゃない)
そうか……アヤとタッグ組めるならなんとかなりそうな気もする。
(じゃあ、決まったことだし行くわね)
アヤがそのまま飛び出して行った。
緑色の点が動き出す。
接触まで後2~3秒程度か。
俺は腹を括って右手の鉄パイプを強く握りしめた。
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