第2話 招かれざる客
俺に呼び出される心当たりは一つもない。高尾さん自体は二つしかないクラスの一つで二年連続で同クラスなのだから知っている。
だからこそ余計に納得ができない。接点がこれまでなかったのだから。
中学でも同じ学校だったのだが、クラスは一緒になったことはない。
「一体何なんだろうな……」
そう独りごちた瞬間、首の後ろから背中にかけて嫌な予感が走った。
とっさにベンチから左に転がった。
俺の嫌な予感はこれまでの経験上、十全に正しい。
こういう時は即、回避行動をしないと酷い目に遭う。
棒を振った時のような音と共に右肩を何かが掠った。
爆発が起こったかのような強烈な音を立てて、座っていたベンチが粉々になりその破片が回避をした俺に降りかかる。
「ちぃ、まだ『覚醒』してないんじゃなかったのかよ」
俺が転がりながら起きようとするとそんな声が聞こえて来た。
フードを被った男が走ってきているのが見える。男と判断したのは声からだ。
俺はとっさに後ろへ飛び退いた。風を切る音が聞こえ、更に転がって立ち上がろうとする。
「避けんなよ! 殺しはしねぇからよ!!」
さっきの風切り音は蹴りだった。冗談じゃない。あんなもん当たったら死ぬぞ。蹴り下ろした場所からおかしな量の土が弾け飛んだのが見えた。
俺にもいくつかの土塊が当たる。それは痛くはないが、あんな蹴りが当たったらと思うとぞっとする。
更にフードを被った男はこちらに対して蹴りを繰り出そうとしてくる。
俺は体勢をなんとかしゃがみこんだ状態にまで持ち直した。あんなおかしな蹴りに当たりたくない。
無我夢中でさらに男から距離を取ろうと全身の力を込めて跳ぶ。
跳んでから気付いたが、跳んだ方向は表参道方面ではなく裏の参道への道となり、この先は廃工場しかない。
「くそ! 逃げるな!」
そう言われて逃げない奴などいないだろう。全力で走って逃げる。
背後から追ってきてはいるが、俺よりやや遅い。伊達に毎日ゲーセンや家まで走ってない。
仕方ないので廃工場に隠れて撒こうと思う。
というか一体何なんだよ、俺が何でこんな目に遭ってるんだ?
廃工場は十年くらい前に資金不足で潰れてから取り壊しもされずに残っている。
小学生の頃はよく探検したりかくれんぼをしたものだ。あそこに入ればすぐには探せまい。
出口もいくつかあるので隙を見て逃げられる可能性はある。
「オイ! コラァ! 逃げてんじゃねぇぞ!!」
後ろからチンピラみたいな声が聞こえるが無視。理由を聞いて話し合いをしたいところもあるが、いきなり攻撃するような奴だ、会話の余地はないと思っておいたほうが良いだろう。
スピードを緩めず裏参道からの坂道を下がり、直線三百メートル先くらいに工場の正面が見えてきた。
あの工場は正面のシャッターは閉まっている。左右どちらかの通用口の鍵は空いているのでそこから入る。
左側にあたりを付け走る。幸い、チンピラとは距離がそろそろ五十メートルくらい開こうかというところだ、余裕で間に合うだろう。
通用口を開け、一気に中に入り、内側から鍵を掛ける。
即座に反対側の扉に走り、そこも鍵を掛ける。工場の中はまだ残っている機材や鉄骨が転がっているが遊び慣れた場所だ。
もう日が落ちてきているせいでかなり暗いがうっすらと光が入ってきている。外に月でも出ているのだろうか。
チンピラが追いついてきたのだろう、扉をガチャガチャやってるのが聞こえてきた。
中に入ってくると見ていいだろう、あの蹴りを見ているとそう思う。なので一番隠れやすい鉄骨の影に隠れることにした。
自分の隠れ場所にスタンバイしたのを見届けたわけではないだろうが、轟音と共に扉が内側に吹っ飛んで鉄骨に当たり、けたたましい音を立てる。ホコリが晴れるとともにチンピラの右足が見える
マジかよ、容赦ないな……あんな蹴りに当たってたら死んでるぞ。
そう思って息を殺しチンピラの動向を伺う。
「おぃ、ゴラァ!! 出てこいや」
言うだろうなと思ったセリフをそのまま吐いてくれる。しかし、何でこんな目に……
考えたところで何も思いつかない。高尾さんとの約束の時間まであと三分程度。このままでは遅刻は間違いないだろう。
欠席でも許して欲しい。このチンピラから逃げたら家で寝ていたい。
益体もないことを考えていてもしょうがない。どうにか隠れ通して抜けたいところだ。
鉄骨の影からヤツを伺っていると目を瞑っている。何をしているんだろうか?
5秒ほどだろうか、ヤツが目を瞑っていたのを眺めていたが、不意にゾクっとする感覚があった。
「そこかぁぁ!!!」
ヤツの視線がこちらに移った。明らかにバレたようだ。こいつ、何かやったのか? さっきのおかしな寒気のようなものは……?
そんなことを考える間もなく猛然とこちらに突撃してくる。ヤバい、回避しないと。
隠れていた場所にあったちょうどいい大きさの鉄パイプを持ち、両手持ちで構える。
蹴りをこれで受け流しつつ退路を作ろう。
俺は腰を落とした姿勢を取り、ヤツの蹴りに備えた。
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