第58話 見せたかった景色

 見せたいものがあると言って、琢磨は車を走らせ、保土ヶ谷バイパスから横浜町田ICで東名高速道路へと入り、静岡方面へとひた走る。

 車内は、気恥ずかしいようなむず痒いような温かい空気に包まれていた。

 そんな中、琢磨はそれとなく由奈に質問を投げかける。


「いつから留学するんだ?」

「えっとね。二月から」

「てことは、あと一カ月半ってほどか」

「うん」

「それじゃあ、それまでにいろいろとしないとな」

「色々って?」

「そりゃまあ……由奈のご両親に挨拶とか……それ以外にもいろいろ」

「なっ……いいよ挨拶なんて! 私たちまだ、その……結婚するわけじゃないんだし」

「でも、帰ってきた頃にはもういい頃合いだろ?」

「それは……そうかもしれないけど……」


 声がどんどん細々としたものになっていく由奈。


「にしてもまあ、残りの期間。お互い悔いのない時間にしよう」

「うん……そうだね」


 こうして、新たに二人は残された時間を悔いなく過ごすことを約束した。


 しばらく東名高速をひた走り向かった先は、御殿場IC。

 そこから箱根方面へ少し山を登りかけた空き地のような駐車場に、琢磨は車を止めた。


「着いたぞ、降りよう」


 エンジンを切り、ドアを開けて外に出ると、突き刺さるような冷たい夜風が身体に染みる。


「うわっ、寒いな……コート羽織って出てきた方が良いぞ」

「わかった」


 琢磨に言われた通り、由奈は車内でコートを身につけてからドアを開けて外へと出た。


「ホントだ。寒い……」


 寒さに驚き、思わず両手で肩を抱く由奈。

 琢磨は由奈へと近づき、肩においている手をそっと掴む。


「向こう見てみな」


 そして、由奈に御殿場の街の方を指差した。


「うわっ……」


 思わず感嘆の声を上げる由奈。

 視線の先には、御殿場の街明かりに照らされて、夜空に突如そびえたつように現れた、雪化粧に身を纏った富士山だった。

 御殿場の街灯りが雪に乱反射して、肉眼で夜の富士山を望むことが出来る琢磨の中でも一番のおすすめスポット。

 富士山は、壮大な雰囲気を纏って、堂々と佇んでいる。


「まだ誰にも教えたことがない、俺のお気に入りスポットだ。夜の御殿場の街の明かりが富士山の雪に反射して、冬はこうやって夜でも富士山が綺麗に見えるんだ」

「凄い……夜でもこんなにはっきり見えるなんて……」

「これを由奈に見せたかったんだ」


 由奈は純粋に目をキラキラと輝かせて感動している。


「あっ、そうだ。写真に撮っておこう!」


 この絶景を記録に残そうとして、ポケットからスマートフォンを取り出し撮影しようとする由奈。

 けれど、琢磨はにこりと微笑みながら由奈に語り掛ける。


「映らないぞ」

「えっ?」

「だから、スマートフォンのカメラ機能じゃ、あの富士山は映らないんだ」

「そうなの?」


 試しに由奈は、カシャリと一枚スマートフォンで撮影して、撮ったデータを確認する。


「あれ、本当だ。全然映ってない」


 スマートフォンに表示されている写真には、御殿場の街並みは見えるが、富士山の姿を拝むことはできない。


「だろ? 一眼レフとか、もっと高性能なカメラで撮れば映るんだろうけど、普通のスマホのカメラじゃ映らないんだ。今この場所で肉眼でしか見ることのできない、特別な景色だよ」

「そっか……。 じゃあ、今この瞬間、この目にしっかりと焼き付けておかないとだね」

「そうだな」


 二人は、街の光に反射して映り込む夜の富士山の光景をまじまじと観察する。

 すると、ふいにとんと肩に重みを感じた。

 見れば、由奈が琢磨の肩に頭をちょこんと乗せてきている。

 琢磨も少し頭を由奈の方へと寄せて、二人寄り添いながら景色を静かに見つめた。


「多分、十年、二十年経ったら、IT技術も進歩して、こうした肉眼でしか見れないようなものも、簡単にスマートフォンの写真に収められる時代が来るのかもしれない。そしたら、また二人でここにきて写真を撮りに来ような」

「うん、わかった」

「だから……!」


 琢磨は由奈の肩を抱き寄せて、くるっと回転させる。

 そして、そのままぎゅっと自分の元へ抱き寄せて、スマートフォンでパシャリと一枚ツーショット写真を撮った。


「ちょっと、急に撮らないで! 絶対変な顔になってる!」

「いいじゃねぇか別に。自然な顔の方が、記憶にも思い出にも残りやすいだろ」

「そういう問題じゃなくて! 琢磨さんには可愛い私を見ててほしいっていうか……。あぁ、もう! 琢磨さんの馬鹿!!」


 ぷんすか怒る由奈を見て、くすくすと笑う琢磨。

 そして、それにつられて由奈まで笑い始めてしまう。

 結局、お互いその写真だけをお互いのスマートフォンに保存して、車の中へと乗り込んだのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る