第46話 三カ月ぶりの再会
翌週以降、琢磨は谷野をドライブに誘うのをやめた。
谷野もそれに対して何か言及してくることはない。
そりゃまあ、谷野よりも由奈と一緒にドライブデートがしたいと琢磨が言った手前、誘うのも気が引ける。
谷野にとっては酷だったかもしれないけれども、それが琢磨の心の内にある答えだった。
そして昼休み、琢磨は毎週定期文ともなりつつあるメッセージを由奈に送る。
『今日はどうだった?』
『ダメだった……』
同じく、テンプレートのように返ってくる返事。
このままでは、埒があかない。
最近ふと思うのだ。
由奈とドライブをすることが目的ではなく、琢磨は由奈にただ会いたいと思っていることに。
だから、今回はこれで終わらせることなくトークを続けた。
『なら、今日の夜八時に横浜駅に来れるかな? 話したい事がある』
※※※※※
琢磨さんから送られてきたメッセージを見て、私は心が躍った。
最初はどういうことだろうと混乱したけれど、文面から読み取るに、琢磨さんが車ではなく電車に乗って私に会いに来てくれるということだろう。
それだけでも、私の胸の鼓動は高鳴り、身体は熱くなる。
『わかりました。待っています』
堅苦しく素っ気ない返信を送り返してしまった。
私はスマートフォンを胸の中に握り締めて、つい口角が上がってしまう。
ドライブ事故以来、琢磨さんと会うのは数カ月ぶり。
今まで会えなくて寂しかった想いが、一気に溢れ出してきた。
私から『ドライブじゃなくていいので、会いに来てくれませんか?』とメッセージを送れば、琢磨さんは快く駆けつけてくれたのだろう。
けれど、私はずっと送る勇気が出なかった。
理由はいくつかあるけれど、一番の理由は、これからの私について、琢磨さんに話さなければならないからだ。
「さてと……今日は何着ていこうかなぁー!」
それでも、今日は琢磨さんに会えるという高揚感の方が勝り、気が付けばタンスの中から服をいくつも取り出して吟味していた。
この後、私は琢磨さんと会って緊張してしまい、自分の気持ちを伝えることができないことは、言うまでもないことである。
※※※※※
「久しぶりに来たな……」
こうして横浜駅に電車で来るのはいつぶりだろうか?
琢磨の家は、オフィスのある都内寄りにあるため、普段は横浜駅を通らない。
中学や高校の友達と飲みに行く機会がない限り、琢磨が横浜駅に立ち寄ることはめったに無いのだ。
車で来るときは駅構内を通らないので気づかなかったけれど、新しい駅ビルもオープンして、地下街への通路も新しくなっていた。
元々複数の路線が乗り入れているため、工事などが頻繁に行われる横浜駅は、数カ月訪れないだけでも日々進化し続ける。
それが年単位になれば、迷ってしまうのもいかしかたない。
琢磨は何とか改札口から外へと抜け出して、いつも由奈と待ち合わせをするコーヒーチェーン店の前へと向かう。
人混みを掻き分けながらコーヒーチェーン店の前へ向かうと、ベージュのコートに身を包んだ一人の黒髪女性が立っていた。
彼女はしきりに琢磨が来る方を見て、様子を窺っている。
そして、何かを見つけたようにぱっと表情を明るくした。
……何故だろう、気のせいか女性の視線は琢磨に向けられている気がする。
そして、その女性の顔をよく見れば、見覚えのある顔立ちだった。
「……由奈か!?」
コートの女性は、ヒールをかつかつと鳴らしながらこちらへと向かってくる。
そして、ぎゅっと嬉しそうに琢磨の腕に抱き着いた。
「琢磨さん! 久しぶり!」
明るい表情でがばっと腕に抱き着いてきた彼女こそ、約束を取り付けた相原由奈だった。
琢磨が驚愕の表情を浮かべていると、気が付いた由奈がキョトンと首を捻る。
「どうしたの?」
「あっ、いや……随分と雰囲気が変わってたから」
「あっ、そうだよね! この髪型にしてから琢磨さんに会うの初めてだよね!」
そう言いながら由奈は嬉しそうにくるりと一回転して見せる。
「えへへっ……どうかな?」
ほんの数カ月前の少女のような面影はなく……どこか――
「綺麗だな……」
「へっ!?」
琢磨の直球な褒め言葉に頬を染める由奈。
思わず口走ってしまった言葉に、琢磨は慌てて弁明する。
「いやぁ……妙に大人びたというか、垢ぬけたというか……いい意味でな!?」
「う、うん……ありがとう……」
俯きがちに恥ずかしそうにしてお礼を言う由奈。
二人の間に気恥ずかしい沈黙が流れる。
けれど、それも一瞬のことで、由奈が今度は琢磨を一瞥した。
「琢磨さんは相変わらず変わってないね」
「そりゃまあ、普通の社会人じゃイメチェンなんて中々できないだろ」
「そうなの?」
「あぁ、そりゃ髪だって染められないし。スーツだって俺が勤めてる会社は着用必須だしな。逆に個性を見いだすポイントが少ない」
「なるほど」
納得したように顎に手をあててふむふむと頷く由奈。
外見は変わっても、中身の方は変わっていないようで改めて目の前にいる女性が由奈であることを実感する。
肌寒い夜風が二人の間を吹き抜け、肩を抑えて身震いする由奈。
「どこかで食事でも取るか。何食べたい?」
「何でもいいよ。琢磨さんに任せる」
「じゃあ、和食とイタリアンなら」
「その二択なら和食かなぁ……」
「おっけい。それじゃあ和食にしよう」
夜ご飯を和食と決めて、琢磨はスマートフォンで夕食のお店を探す。
「えぇー今から探すの?」
「仕方ねぇだろ。俺だって横浜駅周辺はあまり詳しくないんだよ」
「もう目星つけてるのかと思ってた」
「悪いな、計画性がない男で」
「別にいいよーだ。琢磨さんの計画性の無さは元からだし!」
「お前な……」
「えへへっ、まあ、お店は適当にぶらぶら歩きながら見つければいいんじゃない?」
「えっ、でも……」
「いいの、いいの! ほら、いくよ!」
「あっ、おい。由奈」
由奈は琢磨の袖を掴みぐいぐいと引っ張っていく。
もちろん由奈的には、琢磨にエスコートして貰えるのも嬉しい。
けれど、琢磨と数カ月ぶりに会えたという喜びと、こうして何でもない時間を一緒に過ごせること時間が由奈にとって何よりも幸せなのだ。
一方琢磨も、数カ月ぶりにあった由奈の積極性に戸惑いつつも、どこかまんざらでもない気持ちで由奈に腕を引っ張られているのであった。
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