第38話 慰安旅行

 一時間後、予定通りに駅前へと向かうと、既に改札口の前に岡田と柿原がいた。


「よっ、琢磨。元気か?」

「元気か?じゃねぇよ。休日の朝から運転のために呼び出されなきゃならんのだ」

「まあまあ、いいじゃねぇか。ほら、死んでる柿原かきはらを見ろよ」


 見れば、岡田の後ろには、屍のように壁にもたれかかり、ゾンビのような目でこちらに手を振っているゾンビの姿の柿原がいた。

 もしこれが夜だったら、琢磨は悲鳴を上げて逃げ出していたに違いない。


「大分やられてるな」

「だろ? だからぱぁっと慰安旅行で温泉に浸かりに行こうって事よ!」

「もう少し事前に連絡してくれれば、俺も体調とか調整したんだけど……」

「別に琢磨なら夜中に運転してるくらいなんだから、睡眠時間なんて問題ないだろ?」

「大ありだ! むしろ俺の休日を返してくれ」

「まあまあ、柿原が干からびる前にとっとと出発しちまおう」


 柿原がロボットのようなぎこちなさで首を琢磨の方へ向ける。


「よ、よろしく……」


 死にかけの掠れたじいさんのような声で親指を立てる柿原。

 仕事で相当参ってしまっているらしく、元気のかけらすらない。


「はぁ……まあ、柿原に比べれば俺は断然健康だから仕方ねぇ。とっととレンタカー屋に行くぞ」

「あざまーす!」


 しめしめと言う感じで、岡田が小さくガッツポーズする。

 こいつは……後で覚えとけよ?


 仕事で絶対に岡田に仕返しをしてやると胸に秘めつつ、琢磨たちはレンタカー屋へと向かった。


「いやぁ……琢磨が来てくれてまじで助かったよ」

「ホントウニ、アリガトウ」

「本当に死んでるな柿原は……」


 無事にレンタカーを借りて、後部座席で屍のように座り込んで首を座らせている柿原。


 今日は柿原のための慰安旅行だから、運転をしないのは百歩譲って許そう。

 けれど、岡田が運転しないのは納得いかなかった。


「岡田。お前はもう少し運転しろ」

「言っとくけど、事故っても知らねぇぞ?」


 岡田は普段運転していないペーパードライバー。

 さらに言えば、学科試験3回、技能試験5回落ちの超ペーパードライバー岡田だからそこ問題なのだ。

 いつ何時事故ってもおかしくないので、必然的に琢磨が運転するしか選択肢が残されない。


「で、目的地は伊豆のどのあたりだ?」

「えっとね。ココ」


 岡田が助手席に座り、スマートフォンで場所を見せてくる。

 海沿いにある、有名な温泉街だった。


「おっけい。ナビ入力してくれ」

「はいよ」


 岡田は琢磨に言われた通り、ナビで目的地をてきぱきと設定する。


『目的地まで、安全運転を心がけてください』

 ナビの音声案内が始まった。


「よし、それじゃあ柿原を回復させる旅。いざ、しゅっぱーつ!」

「趣旨が変わってるじゃねーか」


 何がともあれ、柿原の慰安旅行がスタートした。


 東名高速道路は、案の定渋滞の名スポットでもある大和トンネル付近を先頭に約15キロの渋滞が発生していた。

 なんとかかんとか負の渋滞を乗り越えて、厚木小田原道路には向かわずそのまま東名高速道路を直進。一気に沼津ICまで向かい、沼津ICから伊豆貫通道路を突き進む。


 小田原経由で伊豆方面へ向かうよりも、少し遠回りではあるが東名高速周りで向かった方が、所要時間がかからないで済むのだ。

 小田原ルートは、早川から熱海へと向かう観光客たちの車と鉢合わせ、大渋滞が発生して大幅なタイムロスとなる。

 つまり、熱海より先の伊豆半島沿いへ向かうには、一度沼津の方から折り返してくる方が渋滞に巻き込まれなくて済む。


 こういう知識も、幾度となくドライブを経験してきたからそこのテクニック。

 まあ休日の渋滞情報に関しては、ほとんど親父の受け売りだけれど。

 とまあ、安全運転第一で伊豆半島を突き進み、琢磨たちは目的地の伊豆温泉へと到着した。



「んんっ……やっと着いた」


 車から降りて、ようやく身体を伸ばすことができた。

 首をぐるぐると回すと、コリコリと筋が鳴る。

 これから温泉で癒す身体も、帰りの東名高速の渋滞に巻き込まれてしまうと考えると、結局プラスマイナスゼロ。


 運転する者にとって、座りっぱなしのエコノミー症候群と一向に車が進まないノロノロ運転地獄のダブルパンチは、避けたくても避けられない通り門だ。

 岡田と柿原が運転できれば別問題なのだが、両者ともペーパードライバーなので長距離運転は厳しかろう。特に、岡田に関しては論外だが……。


 まあ何はともあれ、今はせっかくの温泉で体を癒すとしますかね。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る