第三章

第37話 朝電

 湘南平をあとにして、琢磨たくま由奈ゆなを家の前まで送り届けていた。

 これでもう、琢磨も由奈も隠し事なしだ。


「ありがとう、家の前まで送ってくれて」

「いいって、気にするな。あんな事があったあとだ。また変な奴に絡まれるかもしれないしな」


 由奈の家は、ごく普通の一人暮らし用のマンションだった。


「それじゃあまたね、琢磨さん」

「おう……またな」


 由奈は助手席から下りて、マンションの入り口の前で立ち止まり、琢磨を見送る体勢に入る。

 しかし、琢磨は先に入れと由奈に顎で示す。由奈も譲らずに首を横に振ってその場から立ち去ろうとしない。

 仕方なく、カーウィンド―を開けて、琢磨が由奈に語り掛ける。


「俺が去ったあと、後ろから変な奴に襲われるかもしれないから、マンションの中に入るまでは見送られてくれ」

「もう、琢磨さん過保護すぎ! 子供じゃないんだから」

「まあでも、それくらい心配してるってことだよ」

「あ、ありがと……」


 思わず頬を染めて感謝の意を述べる由奈。


「だから、先に中に入れ、そこからなら見送っていいから」

「うん、わかった」


 由奈は納得して踵を返してマンションの中へと入る。

 鍵でドアの施錠を解除して、マンションのエントランス内へと入っていく。

 そして、くるりと振り返り、ひらひらと手を振ってきた。

 琢磨も手を振り返して、一安心したところで、車をようやく発進させた。

 こうして、お互いに自分の夢を見つけるという目標を決めた琢磨と由奈。

 今は二人で会う口実がどんな形であれ出来たことがよかったと思う琢磨なのであった。


 ※※※※※



 由奈と夢探しのためのドライブデートを続行することを決めた翌日。

 熟睡中にスマートフォンから着信音が鳴り響いた。

 琢磨は目が覚めて、スマートフォンに表示されている人物を確認する。

 相手は同僚の岡田おかだだった。


「もしもし?」


 寝ぼけた声で電話に出ると、快活な声が電話越しに聞こえてきた。


『よっ琢磨! おはよ!』

「こんな朝早くになんだよ……?」


 不機嫌な声で尋ねると、岡田は気にした様子もなく明るい声で尋ねてくる。


『急で悪いんだけど、お前今日暇?』

「あ、今日?」


 ふと時計に目を向ければ、時刻は朝の六時を指していた。

 こんな朝早くに電話してくるとは何事だと思いつつも、寝ぼけた声のまま答える。


「特に予定はないけど……どうした、休日出勤か?」

『違う違う。ちょっと、ドライブでも行かね?』


 詫びれた様子もなく聞いてくる岡田。

 唐突な遊びの誘いに頭が痛くて、起き上がり気力も起きない。


「えぇ……」


 琢磨は心底嫌そうな声を上げる。


『まあまあ! たまにはリフレッシュに、いいだろ?』

「どこ行くの?」

『伊豆』

「大渋滞じゃねーか……何しに行くんだよそんなところに……」


 行き先を聞いて、さらに行く気を無くす琢磨。

 休日午前中の東名高速は大渋滞なのは自明の理。高速を抜けても、伊豆へ向かうまでの一般道も、ルートによっては混雑しているはず。

 休日の高速道路ほど、行きたくない場所はない。

 琢磨としては、あまり気が進まなかった。


『温泉! 柿原かきはらが久々に休日に休みとれたっていうから、慰安旅行も兼ねてってことになった!』

「温泉かぁ……」


 基本的によるしかドライブをしない琢磨。昼間に観光地へ出向いて、温泉に入ったりするのはあまりないこと。

 だから、少し興味をそそられた。


『たまには体の疲れを取ろうぜ? な?』


 相変わらずテンション高めに尋ねてくる岡田に、琢磨は大仰にため息を吐いた。


「ったくよ。もっと前々から計画してから言えよな……」

『仕方ねぇだろ、昨日の夜中に決まったんだからよ』


 急遽決まって行動に移すあたり、完全に大学生のノリだ。


「わかったよ。行く」

『流石琢磨! お前なら来てくれると信じてたぜ! 運転よろしくな!』

「悪いけど、俺は後部座席で寝かせてもらう」

『俺達ペーパーだから、事故って死んでも自己責任な?』

「ひ、ひでぇ……」


 そう言えばこいつら、ペーパードライバーなの忘れてた。

 つまりは日頃から運転している奴を運転手として探していたのだろう。

 琢磨はまんまとその罠にかかってしまったらしい。


「はぁ……家の前までは運転してこい」

『いや、レンタカー借りるから、1時間後に駅前集合で!』

「えぇ……面倒くさ」

『まあまあ、頼むわ! ってことで、また後で!』


 通話を切り、琢磨は渋々重い腰を上げて、タンスの中から適当にシャツとジーンズを見繕う。

 リビングに向かい、既に起床していた両親に『温泉に行ってくる』と一言伝え、ハンドタオルやバスタオルの用意をする。


 こうして、琢磨は思わぬ形で休日運転をする羽目になった。

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