神様、憎み申し上げる

ヘイ

第1話

「あー、嫌いだわー」

 やけに実感の篭った声だった。

 頭の後ろで手を組んで、椅子の背もたれに寄りかかりながら座る男が事もなげにそう言った。

「アイツらクソ過ぎる」

 そして、ため息をついてギコギコと揺らしていた椅子を止めて、前のめりに身体を傾けた。

「だとしても、俺たちの仕事を考えろって話だ」

 そんな男の正面に座っていたもう一人の男はテーブルに置いてあるフライドポテトを取り、口に入れた。

「あ、勝手に取んなよ」

 彼はそう言ってフライドポテトの乗った皿を自らの方に近づける。

「なーにが、人類の保護だ。お前、知ってるだろ?アイツら何やってるか……」

 そう言いながら彼は皿に盛られたフライドポテトをパクパクと頬張っていく。

「当たり前だ」

 そう言って腕を少しだけ離れた皿に伸ばす。

 そうして二、三本掴んだフライドポテトを一本ずつ口に入れる。

「分かっててもこんなことするしかねーしな」

 口に頬張りながら彼は仕方がないというようにそう漏らした。

「はあ、何が悲しくてこんなことしてんだか」

 彼らは同時に溜息を吐く。

「アイツら潰そうぜ、なあ」

「だけどよ、……できねえだろ?」

 そして、視線に晒される。

 気がつけば近くにいた者たちが立ち上がり銃やら何やらを向けている。

「おいおい、冗談だって……」

 向けられた銃口に彼らは気にするそぶりも見せずにフライドポテトを食べ続けるだけだ。

「だから、そうやって殺意振りまくなよ。

ーー殺したくなっちゃうだろ?」

 その場に広がっていた殺意を破壊するような、より重たい殺意の圧力が広がる。

 ニタリと二人の男は笑う。

「おい、ウチの店で勝手するようだったら出て行きな!」

 そして次の瞬間に更にその雰囲気をぶち壊すかのようにゴチンと音がして二人の頭にタンコブが出来上がる。

「こ、こんのクソババア!」

「だ、誰が金撒いてると思ってんだよ!」

 二人は文句を垂れるが、二人の頭に拳骨をくらわせた女性は呆れたように小さく息を吐いた。

「誰もアンタたちに頼んでなんかないんだよ!」

 二人の男に向かい様々なものが飛んでくる。それを走りながら避けて、金だけを置いて店を後にした。

「だはは!」

「あの婆さん、まだ現役なんじゃねえの!?」

「言えてる!」

「人間のくせにゴリラみたいなパワーしやがって」

 轟ッ!

 鬼のような覇気が発せられたような気がした。

「おぉう……」

 二人は口を噤んだ。

 流石に彼らも無謀ではない。あの場にいた全員を敵に回しても構わなかったが、あの老婆だけは敵にしたくない。

 絶対に勝てないと分かっているから。

「あれ……」

 バッバッ。

 そんな音がしそうなほどの速さで全身を確認する。

「おい、どうしたよ?」

「ない!俺の愛剣ドラグーンちゃんがどこにも無いんだ!」

「ちゃんと探した……のか、って、待て。俺の鉤爪も、無いんだが……」

「マズイマズイ」

 二人は極限まで焦っている。

 何が不味いって、冗談だったとしても神様に喧嘩を売るような発言をしたことが何よりもまずい。

「調子乗らなきゃ良かった!」

「おい、鉤爪なきゃ神様と戦えるわけがないんだけど!」

 最終的に反抗するつもりだったとしても余りにも幸先が悪すぎる。

 もし、全て報告されようものなら死んでしまう。

「どこに忘れて……」

「にゃはは、探し物はコイツかな、にーさん達?」

 突然に現れた茶髪の男が片刃の剣と、小さな剣を持ちながら尋ねてくる。

「おい、悪いことは言わねぇ……。クソガキ、さっさとそれこっちに寄越せ」

「えー、どうにもコレはレアリティ高そうだし、売れば金になりそうだ。てことで断りまーす!」

 じゃーねー。

 そんなお気楽な声と共に、少年は後ろに倒れていくように体重をかけて、倒れるという寸前でひらりと身を返し、背を向け走り出す。

「おお……じゃねぇ!追いかけんぞ、ドリーム!」

「あ、ああ、リアル」

 呆気にとられていた二人も走り出す。

「おお、流石に足が速いなあ。それでこそ遣使だ」

「分かってて盗みやがったのか!」

「オラ待て!こんのクソガキ!」

「にゃはは、待てと言われて待つ盗賊はどこにもいないんだよぉ!」

 ぴょーん。

 そんな軽やかな音が出るように少年は跳ねた。

「え、嘘ぉ……」

「驚いてる場合か!」

 そう言いながら、屋根の上を走っていく少年の姿を見失わないように、必死で二人は追いかける。

 ドラグーンもそれなりに重たいはずだというのに、全く追いつけない。今は何も持っていないはずの二人が追いつけないのは相当だ。

 追いかけている最中に、二人の持つ携帯通信機デバイスに連絡が送信される。

 どうやら、依頼のようだった。

「盗人小僧!」

「何かな?」

 息切れもせずに呼びかけに答える。それだけまだ余裕があるようだ。

「ちと仕事が入った!それを返してくれ!」

 リアルがそう叫ぶと、少年は一瞬だけ悩むようなそぶりを見せて、笑みを深めながら、振り返って答えた。

「ヤ・ダ」

「テメ!おい、死んでも知らねぇからな!」

「馬鹿言うなよ。俺は死なないぜ。死ぬんだとしたらアンタの方だ」

 そう言って少年は先ほど同様に高らかに笑い声を上げた。

「勘違いされちゃ困るけど、俺は神様の味方ってわけじゃないよ?」

「いや、それは分かる」

「だけど、俺は君たちが神様に対して悪意を持っているのも分かる」

「なら何で……」

「にゃはは。何で?」

 おちゃらけたような顔をしてリアルとドリームの方へと視線を下ろす。

「ドリームさんや。考えなしにアンタらの武器やらを盗んだとお思いで?」

「まさか……!」

 ドリームはハッとしたような顔をして、視線を屋根の上にいる少年に向けた。

「ドリーム、どう言うことだ?」

「アイツは俺たちの武器をただ金にするつもりは無い!今、アイツに必要な武器だった。盗みの依頼を受ける程にな!」

 ドリームの予想では、少年の裏には神様に反旗を翻そうとする組織がある。

 少年はポカンと口をアホみたいに開けて、

「へ?」

 と空気の漏れ出るような、力の抜けるような声を出した。

「お前の裏には反神運動をする組織がある。違うか?」

「にゃ、にゃはは……?」

「その反応、俺の推測は正しいみたいだな」

「流石だ、ドリーム。俺には考えつかなかったぜ」

「この程度、俺の知識の前では無意味だ」

「ドリーム、やっぱり天才だな!」

 さも当たっているだろう見たいに自慢げな顔をするドリームに少年は叫ぶ。

「うっせーわ、ボケぇえ!なーんにも考えなんてねーってのお!」

「おい、ドリーム。違うみたいだぞ」

「あれ、おかしいな。俺の予想が外れるのか?」

「ーーいいから、さっさと仕事行けよテメェら!」

「あん?いやいや、武器ねぇんだから行くわけねぇだろ」

「ちっ」

 少年は舌打ちをして木剣と小さな木のナイフを投げ渡す。

「は?」

「よし、武器は渡したからな」

「おいおい、嘘だろ!?」

「人間相手にアンタらは鉄剣とか、凶器使うのかよ」

「そりゃあ、災厄用の武器は必要だろ」

「ん、ああ、アイツらか」

 少年は考えるように目を伏せる。

 何かを知っているのだろう。

「なら、尚更、コレは返せないな」

「は?」

「悪いんだけど、アイツらの正体を知らないアンタらにはコレを返すわけにもいかなくてさ」

 少年は「そう言うことだから」と、背を向けて、反対側に降りていってしまった。

 二人は手に握られている木剣を見て、顔を青白くさせる。

「え……」

 デバイスは着信を知らせる。

「マジで?」

 二人は顔を見合わせて、そして走り出す。

「嫌だぁぁあああ!」

「頼りねぇええよぉおお!」

 二人は泣き言を叫びながら街道を疾走する。

『君たち、標的ターゲットは分かるね?』

「はい。現在、向かってますぅ」

『近くに災厄がいる。くれぐれも気をつけるように』

「あの〜、そのぉ〜」

 ドリームがデバイスに向かって一言告げようとするが、それを慌ててリアルが口を手で塞いだ。

「んぐっ……!」

「すみません、移動中なんで切りますね!」

「むーむーっ」

 カチッ。

 デバイスを切ったのを確認してから、リアルはドリームの口を塞いでいた右手を退けた。

「おい、俺たちの不注意で盗まれた武器の事は言うなよ……。管理責任問題が……」

「けどよ、新しい武器が支給されなきゃ……」

「おい、よく考えろよ。俺たちの給料から天引きされるんだぞ」

「でも、これかぁ〜……」

 ドリームは片手に握る木剣を見て、溜息を吐いた。

「災厄。……なんかあのクソガキ知ってるみたいだったな……」

 顎に手を当てて、リアルが考えるようなそぶりを見せる。

「どうせ何も知らないっての。特に目的もなく俺たちの武器盗んだんだぞ」

「どうだか……」

 リアルは思案顔をしながらも鉤爪の代わりの木のナイフを右手に持って、駆ける。

「市街地、住民区A。目標発見……」

 そして、目的地にたどり着き、標的を見つける。

「カンザキイバラ。確保する」

 目標に向かいドリームが突撃するが、それを後方から見ていたリアルが叫ぶ。

「っ!ドリーム、災厄だ!」

 リアルは走り出してドリームとカンザキイバラと呼ばれたターゲットを突き飛ばす。

 しかし、災厄に動きはない。

「は?」

「おいおい、どう言うことだよリアル……。いつもなら俺たちに攻撃を仕掛けてくるはずだ」

「何が起きてんだ……?」

 災厄に一体どんな症状が出ていると言うのか。

「何も起きてない」

「おい、カンザキイバラ!」

 リアルが突き飛ばしたカンザキイバラは立ち上がり獣のような災厄に向かっていく。

 狼のような災厄。それは銀色の体毛に包まれた神聖さすら感じさせる狼。

『よお、クソ神どもの遣いか?』

 バチッバチッ。

 そんな音を立てて紫電が走り、リアルとドリームのデバイスを破壊した。

『ふん、いつもの武器はどうしたよ』

「な、災厄が喋ってるのか?」

 ドリームは驚き、少しだけ後ずさる。

『災厄ゥ?ハッ。舐めたこと言ってくれてんなぁ、おい』

「ええ?何これ。災厄って喋れんの?」

 リアルは死んだ魚のような目をして巨大な狼を見上げる。

『こうして話すのは初めてだな、成功作ども』

 狼はそう言ってニヒルな笑みを浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る