ヨゴレ
優李は、母の実家の裏庭にある墓標に手を合わせていた。そこには、九波真が眠っている。
最初から、分かっていた。分かっていたはずであった。決してそのことを忘れたわけではなかったのに、敢えて、自分は記憶に蓋をして、心の奥底に死蔵していたのだ。
彼が生きて再び自分の目の前に現れるなんて、絶対に、あるはずがないのだ。
優李が真と別離の涙を流してから四年後、青野家に訃報が届いた。優李の従兄である九波真の死である。島の南岸で、死体となって発見されたのだという。発見されたとは言っても、それは体のほんの一部であり、大部分は行方が分からなくなっていた。何かに食いちぎられたのは明らかであった。
それ以来、真の父は妻とともに島を離れ、その後実家には寄りつかなくなった。そのことも、優李は両親の会話から知っていた。
だから、真に再会したこと自体が、はなからおかしかったのだ。何故なら、すでに真はこの世の者ではなかったのだから。
それでも優李は、目の前の真を拒まなかった。再び現れた真を否定してしまったら、もう二度と、彼には会えなくなるのではないか……そう思えばこそ、彼を拒絶することなどできようはずもなかった。たとえ真が、亡霊であったとしても……
「優李、ありがとう。感謝するよ」
背後から声が聞こえる。声の主は、言うに及ばない。
「これで良いんだよね、真くん……」
供物……優李は氷川あかりを「ヨゴレさま」に捧げた。海中に没した彼女は、「ヨゴレさま」の食らう所となったであろう。あの男子生徒たちと同じように……
「嬉しいよ……」
後ろから、真が抱きついてきた。か細いながらも筋張った腕が、人肌の温もりを優李にもたらす。それは、悪魔の抱擁であった。でも、優李は拒まない。亡霊だ、悪魔だといって拒んでしまったら、真は今度こそ、この世からいなくなってしまいそうだから。
真とともに紡いだ在りし日の麗しい思い出の数々が、優李の脳裏に駆け巡った。それらの一つ一つが、優李にとっては生きる源ともいえるかけがえのないものであった。
思い出よ、永遠に……
***
やがて、海上保安庁を交えた、失踪事件の捜査が行われた。
網底島の近海には、古くよりサメが姿を現し、人に害を成すことがあった。しかも絶海の孤島であるこの島には、沿岸性の種類のみならずアオザメなどの獰猛な外洋性のサメが稀に近寄ってくることもある。それに加えて網底島付近の海域では去年から歴史的ともいえる不漁が続いていることもあって、飢えたサメによる事故の線が最有力とされた。
近海の調査の結果、南の海域で三メートルを超えるサイズのイタチザメが捕獲された。メジロザメ科の大型種であり、人を襲う危険のある
その後、やはり三メートル超えのヨシキリザメが捕獲された。先のイタチザメと同じメジロザメ科のサメであり、やはり大型になって人を襲う。しかし、このヨシキリザメの腹を裂いてみても、人間が出てくることはなかった。こちらも冤罪であった。
結局、事件は暗礁に乗り上げ、捜査は打ち切られた。行方不明になった海水浴客や少年たち、そして氷川あかりの消息は、分からず仕舞いであった。
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