第22話『今週の土曜日、デート行かないか?』

 それは、お兄さんの誕生日会が終わってから、数日後の出来事。


 イヤホンで音楽を聴いていると、サビのリズムに混ざって、明らかに外れた音が聞こえた。


 画面を見ると『お兄さん』と表示されていて、自然と気持ちが踊る。


『柚葉ー起きてる?』


 その文面に思わず笑みが溢れる。


 イヤホンを外して、メッセージを送信。


『お兄さんじゃないんだから起きてるよ』


『そっか…』


 ふふっと笑って、指を動かす。


『それで、お兄さんからLINEって珍しいじゃん? どーしたの?』


『あ、そのことなんだけど…』


 そして3分後、短い文章がポンと画面上に現れた。


 私はそれを見て思わず、ふふっと笑う。


 本当に不器用なんだから…。


「お兄さん時間かけ過ぎ」


 でもたぶん、お兄さんのことだから、何回も消して、考えながら打ってくれたんだろうな…。


 スマホの画面を指がスライドする。


 送信。


『うん、今週の土曜日、バス停で待ち合わせね♪』


 そして、白いウサギのスタンプがポンと表示された。


「ほんと、おにーさん不器用…ふふっ」


 きっと画面の向こう側では、まだスマホを見ながら固まってるお兄さんがいるんだろう。


 でも、私はそんなお兄さんがやっぱり好き。


 スマホを閉じると、ソファーに寝転がる。


 ん〜と伸びて、テレビをつけた。


 キラキラと光る海が映し出される。


「海か〜、また行きたいな〜」


 初めて2人で行った海。


 初めて繋いだ手のぬくもり…。


 まだあの時の波の音、綺麗な夕焼けが鮮明に残ってる。


「なんかカフェオレ飲みたい」


 ヨイショとソファーを飛び起き、キッチンに向かう。


 冷蔵庫を開けると、牛乳と紙パックのコーヒーを取り出して、コップに注いだ。


 その時、ドアがガチャリと開く。


 出てきたのは、小柄な女の子、秋葉だ。


 彼女が目を擦りながら無表情で呟く。


「…おやつ」


 思わずふふっと鼻から息が漏れる。


 なんか、純粋に可愛いなと思った。


「どうしたのです、ユズ姉?」


「ううん、なんでもないよー。秋葉ちゃんもカフェオレ飲む?」


「カフェオレはいらないのです、できればブラックで」


「りょーかーい、ブラック…え、ブラック?」


「はいなのです」


 いやいや…と思いながらも、コーヒーを注いだコップを秋葉に渡すと、本当に飲み始める。


 今時の小学生ってすごいなー、って思いながらも、カフェオレを一口飲んだ。


 牛乳のまろやかな口当たりと、コーヒーのキリッとした苦味が、口の中に広がる。

 

「秋葉ちゃん、おやつ何がいい?」


「きのこの山食べたいのです」


「はーい」


 棚からきのこの山を取り出し、渡すと早速箱を開けて、モグモグし始めた。


 その光景をキッチンから眺めていると、なんだか思わず口元が緩んだ。


 普段は無口で無表情で、ずっとテンション低いままだけど、なんかお菓子食べてる時は小動物みたいで可愛い。


 と、そんなことを思っていると、秋葉がこちらに顔を向ける。


 そして、無表情で口を開いた。


「ユズ姉、いまバカにしたのです」


 そう言われて、一瞬ヒヤッてしたけど、笑ってごまかす。


「そんなことないよ、あ、もうひとつ食べる?」


「はいなのです」


 と、きのこの山を渡した。


「ありがとうなのです」


 そして、秋葉は2箱のきのこの山を、ペロリと平らげると、ふぅとため息をつく。


「それじゃ、動くのです」 


「動く?」


「はい、カズ兄の家に行くのです」


「あー、そう言うことね…」


 私は、あはは…と小さく笑った。


「その前にもう一杯コーヒーを貰うのです」


「え、そんなに飲んで大丈夫?」


「問題無いのです」


 そう言って、またコップの中のコーヒを飲み干すと、ドアの方へ向かっていく。


 そして、ガチャリとドアノブを引くと、こちらに顔を向けた。


「土曜日は夕方から雨らしいのです」


「え…?」


 ドアが閉まる。


 …。


 なんで土曜日の天気を教えてくれたの?


 てか…。


「偶然…かな?」


 だって、デートのことは私と、お兄さんしか知らないし…。まぁ、たぶん偶然だよね。なんとなく教えてくれたんだよね?


「本当に不思議な子だなー…」


 でも、なんでか分からないけど、背中が妙にゾクゾクとした。


 



 






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