第13話 修道院
夕刻。扉を激しく叩く音がする。切羽詰まったような男の声も。
「便利屋のアレンだ。ここが男禁制の修道院なのはわかっている。けれど、ことは一刻を争う。すまんが開けてくれないか」
ただならぬ気配に、彼女は急いで扉へと向かった。
「今、扉を開けます。少々お待ちください」
扉を開けた彼女の目に飛び込んできたのは、馴染みのアレンと、アレンの腕に抱かれてぐったりとしている長い銀髪の人。男性とも女性ともつかないその人は血まみれで、一目で危険な状態だとわかるほど呼吸が弱々しい。そしてそれをアレンの背後から心配そうに見つめる若い娘の姿も見える。
「こんな時間に悪い。エマ、こいつは俺たちの生命の恩人なんだ。この姉ちゃんと
アレンの腕の中で、青年が小さく
「頼む。応急処置はしたんだが傷が深くて――一刻を争うんだ。こいつを助けてやってくれ。こっちの姉ちゃんも一緒に」
「わかりました。さあ、こちらへ。早く」
「ありがとう。恩に着る」
案内された部屋の処置用ベッドにショーンを横たえる。ショーンにかけていたマントを外し、手早く彼の包帯を解き終えると、アレンはすまなそうに言った。
「悪い。俺はこの先の街に行かなきゃならない用があるんだ。三、四日かかるが、用事が済んだら様子を見に戻ってきてもいいか?」
「もちろんです」
「ありがとう。よろしく頼む」
アレンは顔を上げて辺りを見回した。
「ところで司祭は?」
「司祭さまは
「そうか。お前さん一人か……。そんな大変なときに悪いな。俺で役に立てることがあれば言ってくれ」
アレンと名乗った
「姉ちゃん、お前さんもしっかり休ませてもらえよ。この人たちの治療技術は高い。ここなら安心してこいつを任せられる」
「アレンさん、本当にありがとうございます。あの、申し遅れましたが、私はメラニー、彼はショーンといいます。何とお礼を言ってよいか……」
「礼なんざぁ、こいつが目を
アレンは人懐っこい笑みをメラニーに向けた。その笑みは、不思議なほど彼女を勇気づけた。
「はい」
メラニーは、つられて笑顔で返事をした。
「お、やっと笑ったな。その意気だ。こいつが目を醒ましたら、お前さんのその笑顔を見せてやるといい。おそらくどんな薬より、こいつには効くはずだ」
アレンはメラニーの肩から手を放し、エマを振り返った。
「エマ、何か必要なものがあれば言ってくれ。街で仕入れてくる」
「ありがとうございます。ではガーゼと包帯、それから……あ! 薬品庫で今すぐ取っていただきたいものが。私の背では踏み台を使っても届くかどうかで……」
「おう、お安いご用だ」
ヒグマを思わせる大柄なアレンと、メラニーよりも頭ひとつ分くらい小柄なエマ。親子かと思えるほどの身長差がある。そんな二人が部屋から出ていくのを見送ったメラニーは、小さな物音に振り返って処置用ベッドのショーンを見た。苦しげな息を吐きながら身じろぎ、ショーンがうっすらと目を開けている。
「ショーン!」
メラニーが慌てて駆け寄ると、ショーンは
メラニーはショーンの手に触れた。指先こそ冷えてはいるが、その手は熱く、汗ばんでいる。意識がないはずの彼の手からは、生きようとする強い意志がメラニーに流れ込んでくる。
「大丈夫だよ。絶対、助けるんだから」
メラニーが
「メラニーさん、でしたよね。お手伝いいただけませんでしょうか」
「はい、もちろん。何をすれば?」
メラニーより少し年上といったくらいだろうか。エマは落ち着いた様子で言った。
「お隣の部屋でお湯を沸かしています。そろそろ人肌くらいに温まったと思うので、
「わかりました。すぐ持ってきます」
ショーンを別室の治療用ベッドに移して、二人は一息ついた。夜の
「ありがとうございます。お手伝いいただいたおかげで、処置が早く終わりました」
「こちらこそ、ショーンを助けてくださって、本当にありがとうございます」
エマとメラニーはショーンのベッドの傍らで微笑みあった。
「おなかもすいたでしょう。簡単なものしかありませんが、あちらの食堂でお食事にしませんか?」
メラニーは少し迷ったあと、エマに答えた。
「ありがとうございます。あの、わがままなのは承知していますが……ここで食べてはダメでしょうか? できればショーンの
エマは微笑んで答える。
「わかりました。それでは、こちらに持ってまいりますね」
そう言って一礼したあと、エマは部屋を出ていった。
メラニーはベッドの傍らに置かれた椅子に座り、彼の姿を見ていた。処置の最中には時折うなされて苦しげに呻いていたショーン。今は深く眠っているようだ。
そういえば、昨日の夕方にショーンの作ってくれたスープを飲んだのが最後の食事だった。空腹を感じている
そんなことを考えていると、急に睡魔が襲ってきた。睡魔に抗いきれずメラニーがうとうとと舟をこぎはじめた頃、エマが食事を載せたワゴンを押して部屋に戻ってきた。
「お疲れのようですね。お食事を少しでもいいからお召し上がりになって、今夜はお休みください。お隣の部屋はご自由にお使いくださいね」
「ありがとうございます。でも、今夜はショーンの傍にいさせてください」
メラニーの言葉に、エマは一瞬迷ったように視線を泳がせた。しかしすぐに、部屋の隅の長椅子を見て意を固めたように頷いた。
「わかりました。では布団を用意しますので、その長椅子をお使いください。ただし、今夜は必ず休むこと。今夜は私もここにいますので、何かあったら起こします。あなたが倒れたらきっと、彼が悲しみます。だから今夜はしっかり休んでください」
「ありがとうございます!」
メラニーは心からの感謝を込めて、深々と頭を下げた。
「さあ、冷めないうちにどうぞ」
エマはワゴンを長椅子の傍に止め、穏やかな笑顔でメラニーを招く。メラニーが長椅子に座ると、目の前のワゴンにはカップに入ったコーン入りのポタージュスープと、ずっしりとしているが柔らかそうなロールパンがひとつ載っている。甘く柔らかな香りが鼻腔をくすぐる。
「いただきます」
スープを一口含むと、自然な甘さに疲れが溶けて薄まっていくような気がした。
「美味しい!」
飲み込むとすぐに出てきた言葉。エマは微笑みながらそれを見ている。
「お口に合って良かったです。私もいただきますね」
エマが祈りを捧げてから食事を始める。メラニーはゆっくりとその甘さを味わいながら、スープとパンを平らげた。
食事を終えてメラニーのための寝具を用意すると、エマは少し迷いながら口を開いた。
「
「……はい。私もあれが誰なのか、目的が何なのか、はっきりとはわからないのですが……」
そう前置きして、メラニーは今までの経緯を
話しながらメラニーは、昨夜の男のことを考えていた。そういえば今朝、あの男の死体を見た覚えがない。ショーンのことで
「この先も、まだ狙われ続けるだろうと彼は言っていました。こちらにご迷惑をかけないと良いのですが……」
「いいえ、大丈夫です。ここは教会の中。結界があるので、少なくとも魔物はそう簡単に入ってこられません。人を入れないことは難しいのですが、人ならばここで争うことに抵抗を感じる者も多いでしょうし、治療しながら感じていた彼の強い光の力も、教会の光が
エマは柔らかく微笑んだ。
「話してくださって、ありがとうございます。そんな事情でしたらなおのこと、今夜はゆっくりお休みくださいね。ショーンさんの看病は、私が責任を持って務めます」
「本当に、ありがとうございます。お言葉に甘えて、今は休みます。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
メラニーは長椅子の寝具に
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