金沢
石川宰
金沢
雲ひとつ無い、いい天気。なんて言うが、俺には白い雲のない空がいいとは思えない。
この季節、夜はまだ肌寒いが昼前のこの時間帯はカラッと晴れていい気候だ。白い雲と青い空のコントラストが完璧だ。
俺は電車を降りて、駅の南側に広がる田んぼとその向こうに見える小学校を眺めた。まるで田んぼの中に小学校が孤立しているかの様に見える。
小学校の建物には屋上から『岡山県陸上大会出場』と書かれた垂れ幕が掲げられている。ここは昔から運動競技に力を入れている事で有名だ。
今日は土曜日だから小学校から子供の叫び声もなく、稲の苗が風にそよめく音くらいしか聞こえない。
俺はホームから階段を降りて線路下の地下道を通って北改札に向かった。地下道とは言っても十メートルほどの短い通路だ。壁には地元の祭りとかJRのポスターが数枚貼ってある。ポスターは薄茶色のシミができていて、端っこは破れてクルッと巻いている。地上へ上がる階段を上ると、改札には駅員どころか人っ子一人いない。
改札を抜けて駅の北側に出ると西側が駐輪場で東側は小さな住宅街となっている。その住宅街の入口の家は旧友の家だ。そこを見ると俺はいつもあいつを思い出す。
「金沢、元気かな」
初めて会った時のことを思い出して、俺は思い出し笑いを零した。
金沢の本当の名前は佐々井と言う。金沢って言うのは俺が勝手につけたあだ名だ。俺以外は誰もその名で呼ぶことはない。俺たちは新卒入社した会社の同じ部署の同期だ。俺は専門卒であいつは大卒だからあいつの方が2つ年上だ。
二十五年前、俺は地元の工場に採用された。所属は技術課で担当は機械設備の電気保守だ。入社初日、金沢もその中にいた。
「君たち二人が今年の新入社員だ。先輩に付いてしっかり技術を身につけてくれ」
上司が挨拶をしたのはこの一言だけだ。俺たちはその後、五名ほどの先輩方の雑用係となった。
最初の俺たちの仕事は配線の作成だった。ほとんど内職の様な仕事で、決められた色、太さの線を集めて決まった長さにカットして配線の両側の被覆を剥ぎ、小さな金具を専用工具で圧着し、白い樹脂製のコネクタに差し込む。これだけだ。
このセットを俺と金沢の二人で窓ひとつ無い無機質な小さな作業部屋に籠って百セット作る。
作業部屋は二人がけの長テーブルがひとつと椅子が二つ。あとは配線を巻いた大型トラックのタイヤくらいの大きさのロールが十巻と電工部品が大量に収められた小さな引き出しが¬百個くらいついた部品棚が二つある。
最初のうちは決まり切った作業でも新鮮で面白かったのだが、黙々と二十セットほど作ると飽きてきた。
俺は暇つぶしに金沢に声をかけた。
「佐々井さん、これ飽きません? 」
金沢は無言で首を横に振って黙々と作業を続けた。俺は真面目な人だなと思って、少し尊敬した。
「佐々井さんって大卒ですか? 」
金沢は無言で頷いた。
「そうなんですか。俺は専門卒なので佐々井さんの二つ下です。よろしくお願いしますね」
金沢はチラッと俺を見て軽く会釈をした。
一瞬、金沢が笑った様な気がしたが、すぐに無表情に戻った。
そうこうしているうちに、十時の休憩のチャイムが鳴った。工場なので休憩時間は小まめにあってきっちりチャイムが鳴る。
「佐々井さん、タバコとか吸います? 」
金沢は無言で首を横に振った。
「そうですか、じゃあ、俺ちょっと一服してきますね」
俺は工場の建物の外にある喫煙所へ行った。
喫煙所には俺と同じ新入社員が集まっていたので、俺もその中に混じってタバコに火をつけた。
新入社員はほとんどが大卒だ。
何故だか知らないがそいつらは俺に注目しているらしく、俺の方をニヤついた顔で見ていた。
その中の一人が俺に声をかけてきた。
「自分、技術課じゃろ? 」
「はい、そうっすよ」
「じゃあ、佐々井と同じよな? あいつ変じゃろ? 」
「変かどうかは知らないっすけど、真面目であんまり喋らないっすね」
大卒たちが爆笑した。
「何かおかしいっすか? 」
「悪い悪い。あいつな、新人研修の時も俺たちが散々話しかけても全然誰とも喋らんかったけえ。やっぱりなと思ってな」
「そうだったんすね。確かにおとなしい人ですけどね」
「自分、ええ奴じゃなあ。まあ、佐々井の事よろしく頼むよ」
「はあ」
何がええ奴なんだか分からないが、俺は少しイラっとして、タバコの火を灰皿に押し付けた。
「じゃあ、俺仕事あるんで行きますね」
––あいつら、佐々井さんの事見下してんだな。やっぱり大卒の奴らとは合いそうに無いわ––
俺は独り言を言いながら、作業部屋に向かった。
作業部屋に戻ると金沢は黙々と仕事を続けていた。配線のセットは金沢の方が俺よりも倍近くは完成させていた。
「佐々井さん、休憩してないんですか?凄いやってるじゃないっすか」
金沢は無言で作業を続けている。
「お前ら調子はどうよ? 」
先輩の杉山さんがやってきて俺たちの配線セットを一つ摘んで加工状態を見た。
「なかなか上手いじゃねえか。お前ら導通テストした? 」
「いえ、まだです」
「先にやった方がいいぞ、後から全部ダメでしたってなったら大変だからな。佐々井はやった? 」
金沢はやはり、無言で首を横に振った。
「やってないの? 」
金沢は無言で頷いた。
「佐々井、お前口きけよ」
杉山さんはちょっと声を荒げたが
「チッ、まあいいや。ちゃんとやれよ、やり方は分かってるんだろうな」
すかさず俺は近くにあったテスターを持って
「よく分からないので、教えて下さい」
と聞いた。
「お、お前はなかなか素直な奴だな。この配線はちょっと長いから二人でやった方がいいぞ。ちょっとそっちの配線を持てよ」
杉山さんはテスターのダイヤルを合わせて実際に俺たちにやりながら説明してくれた。
「お、ちゃんとできてるじゃねえか。他のも同じ要領で見ておけよ。佐々井のはどうだ?」
杉山さんは金沢の配線をテストして
「ん、ダメじゃねえか」
杉山さんは金沢の作った配線セットのコネクタを外して配線を観察した。
「これだな、ここ見てみろ。被覆の上から圧着してるだろ?だからダメなんだよ。やり直しだな。長さは十分ありそうだから、こうやって…」
杉山さんは器用に直して見せてくれて、俺の方を見た。
「お前は結構、器用そうだから佐々井のも見てやれ」
と行って作業部屋を出て行った。
「佐々井さん、先にテストをやりましょうか」
金沢は無言のまま、今度は頷きもせず、作業を止めた。
俺たちは先ず俺の作った配線セットから確認した。俺の配線セットは一セットを除いて全てOKだった。そして、金沢の配線セットの確認をした。金沢のセットは全部ダメだった。
「佐々井さん、ある意味全部ダメなのも凄いわ」
と言って思わず笑ってしまった。
俺は一瞬、マズかったかなと思ったが、意外にも金沢は声を出さずに笑っていた。
「なんだよ佐々井さん、笑えるんじゃん」
何が面白いのかよく分からなかったが、金沢も押し殺した声を漏らしながら笑った。
そして俺たちは金沢の失敗作を直しながら、与えられた仕事を全て片付けた。
夕方、杉山さんが確認のためやってきた。
「お前ら、出来たか?」
「はい、出来ました。テストも全てOKです。最初の失敗作も全て教わった通り直しました」
「マジで?早いじゃん。お前、結構やるなあ」
「いえ、これは二人でやりましたよ。俺も失敗作がありましたし、教わった後からは二人とも一発で成功させました」
「なんだよ、お前結構良いやつじゃん。まあ、いいや。今日は日報を書いたら二人とも上がっていいぞ」
「ありがとうございます」
俺たちは日報を書いて退社した。
この会社はかなり田舎にあるので、社員の大半は自動車通勤している。俺もやはり車通勤だが、金沢は今、自動車教習所に通学中で電車通勤だった
「佐々井さん、今、電車通勤ですよね。どこに住んでるんですか?」
金沢はギリギリ聞こえるか聞こえないかの様な小さな声で答えた。
「なんだ、俺ん家の近くですね。家まで送りますよ」
金沢は無言で首を横に振ったが、俺は強引に
「いいから、一緒に帰りましょうよ。色々話もしたいし」
と言って、金沢の鞄を引ったくって歩き出した。
「返して、別に話なんか無い」
金沢は俺から自分の鞄を奪い返そうとしたが、声が小さかったので俺はわざと聞こえないふりをして駐車場に向けて走り出した。
金沢も俺を追いかけて走った。
駐車場に着いて車に乗り込むと俺は助手席のドアを開けて、金沢に車に乗る様に促した。
金沢は渋々乗ったが、俺は金沢が少しだけ微笑っているのを見逃さなかった。
「いいじゃ無いですか、どうせ近所だし同期だし、同じ技術課じゃないですか」
金沢は助手席の窓の方に体を思い切り寄せて窓の外を見ていた。助手席の窓ガラスに金沢の笑っている顔が映っていたが、俺は気付かないふりをした。
それから、俺は毎日、金沢に絡んでいくようになった。
「佐々井さん、佐々井さんってどこの大学なんですか?」
「金沢工業大学」
「金沢?それって北陸の金沢にあるんですよね?」
「当たり前じゃろ、だから金沢工業大学って言うに決まってる」
俺は金沢がこんな返しをするようになった事が嬉しかった。
「なんでそんな遠いところに行ったんですか?」
「馬鹿だからに決まってるじゃん。頭が良かったら近くの大学に行ってたよ」
俺は爆笑した。
「馬鹿って、自分で言うの?でも、俺からしたら大卒ってだけで頭いいと思うけど」
「じゃあ、自分はもっと馬鹿なんだよ」
金沢は笑っていた。
「でも、佐々井さん、今、金沢工業大学の関係者全員、敵にまわしたよね」
金沢は少しだけ笑った。
俺は金沢をからかうつもりで
「金沢工業大学の関係者の皆さん、佐々井さんが金沢工業大学は馬鹿が行く大学って言ってますよ」
と少し大きめの声で叫んだ。
「やめてよ。聞こえたらどうすんの」
「佐々井さん、聞こえるわけないじゃん。そんな遠い大学の関係者なんてそうそういないよ」
金沢は本気で気にしているようだ。
俺は馬鹿みたいに勝手に即興で作った金沢工業大学の校歌を歌った。
「さーさいー、さーさいー、金沢工業だいーがくー」
「自分、小学生みたいじゃな」
「だまれ、金沢」
金沢は嫌そうな顔をして、俺を相手にしないと言わんばかりに黙々と作業を続けた。
多分、あの時から俺は金沢に対して敬語を使うのをやめ、佐々井さんではなく金沢と呼ぶ様になったんだ。
それにしても住むにはいい場所だ。駅まで一分の住宅街なのにこんなに静かだなんて。
心地のいい風が吹いていて、残暑を忘れさせてくれるようだ。
周囲の家は家の中に爽やかな風を取り込もうと家中の窓を開けていたり、中には玄関のドアを開けたりしている家もある。
金沢の家は中に人がいるかどうか知らないが窓もカーテンもしまっている。
車が二台停まっているから、多分在宅しているのだとは思うが…。傍目には不審に思える光景だろうが、俺にはそれが金沢らしいと思えた。それにあいつの奥さんも…。
最後にあいつに会ったのは二十年前、あいつの結婚式に、参列した時だ。
桜は満開を過ぎて新緑の葉桜が見え始めていた頃、突然金沢の父親がうちにやって来て息子の結婚式に参加してほしいと言って来た。
金沢が結婚?金沢の父親から聞いたわけではないが、お見合いをさせたんだなって解った。当時の俺は、会社で色々あって、別の会社に転職していた。だから、金沢とはそれっきりで、また会ってみたいと思って快諾した。
「おめでとうございます。是非参加させて頂きます。」
金沢の父親はほっとしたような顔で
「ありがとうございます。よかった。あの子は友達が一人もいないもので近所のよしみで参加してもらえたらと藁にも縋る思いでお願いに来たんですよ」
俺は––そんなことはないでしょう––と言う言葉を飲み込んでただ微笑んだ。
暫くして俺は金沢から結婚式の招待状を受け取った。
古臭いデザインと堅苦しい文章をみて、あいつじゃ書けないと一人思った。式場は家からそれほど遠くない。俺にとっては想定内だが、やはりあいつからは何の連絡もない。
桜がその姿を完全に新緑いっぱいに装いを新たにした頃、金沢から電話を貰った。
「あの…、結婚式参加してくれるんじゃろ…、ありがとう。」
「佐々井さん、久しぶりだね。おめでとう。」
「お父さんが電話しろって煩いから…、じゃあ切るよ。」
「なんだよ、相変わらずだな。久しぶりなんだから少しくらい話せばいいじゃん」
「もう、話は終わった」
俺は思わず吹き出した。
「わかったよ。まあいいや、どうせ結婚式で会えるしな」
「じゃあ、切る」
金沢は直ぐに電話を切った。あいつは本当にちっとも変わってない。
––こんなんでよく結婚できたよな、俺もまだなのに。––
金沢の結婚式はさわやかな五月晴れだった。
俺は金沢と話そうと思って、少し早めに出かけた。
会場に着くと金沢の父親が出迎えてくれて金沢がいる控え室に案内された。俺は久しぶりに金沢に再会した。結婚式だというのに相変わらずの無表情な金沢を見て俺は笑ってしまった。
「佐々井さん、久しぶり。新郎の服、めっちゃ似合ってるじゃん。カッコいいなあ。」
金沢は照れながら
「うるさい、余計なことは言わなくていい。」
と言ったが、俺は持ってきたインスタントカメラで早速写真を撮った。
「佐々井さん、かっこいい~。」
金沢は笑いながら怒っていた。
「やめろ、撮るな。」
そばで見ていたお母さんが驚いた表情でこっちを見ていた。
「何言ってんの、この日の為に俺は36枚撮りのやつを3つも買ってきたんだから」
暫くふざけていたら、金沢の父親が新婦を紹介してくれた。
俺は新婦と対面した瞬間、確かにこの二人は合うかもしれないと思った。
看護師をしているらしいが、こんなにおとなしくて勤まるのかと心配するほどだった。
「この度はご結婚おめでとうございます。佐々井さんの旧友です。」
俺は新婦にお祝いを述べて頭を下げたが、新婦は何も言わずに無表情で頭を下げただけだった。––すっげえ、女版金沢じゃん––俺は心の中で叫んでいた。
披露宴の会場では俺は一番前の来賓の席に案内された。
金沢の父親は地元では有名なスーパーを経営していて顔が広いから、地元の中小企業の社長さんたちがたくさん招待されていた。俺はその人たちと同じテーブルだったので居心地良いとは言えなかった。それに、久しぶりに金沢を揶揄うのが面白くて俺は金沢の写真撮影に没頭した。
金沢を揶揄って笑わせて、写真を撮る、金沢は俺に撮られないよう顔を隠すが、なんせ高砂席なので逃げようがない。そうするうちに金沢もだんだん乗り気になってきて、俺が写真を撮れなさそうな時にふざけた格好を見せて挑発してきた。俺たちはまるっで暇な結婚式の横でふざけている小学生みたいなものだ。
買ってきたカメラは直ぐに使い切ってしまった。俺が残念がっていると金沢もそれを察知したのか、俺を挑発してきた。すると金沢の母親が俺の席にやってきた。
俺はちょっとふざけすぎて怒られると思っていたら、金沢の母親は
「息子と本当に仲いいんですね。」
「そうですね、同期でしたから。」
「カメラ、もう使い切ってしまったの?」
「はい、ちょっと撮り過ぎました」
「じゃあ、まだ余っているからこれも使ってもっと撮ってくれないかしら?」
「はい、分かりました。それでは遠慮なく。」
俺は金沢の母親からインスタントカメラを受け取ると金沢の方を見てニヤリと笑って見せた。
撮影再開だ。
つつがなく結婚式が終わると俺は金沢の母親から借りたカメラを金沢の母親に返した。
「ありがとうございました。全部使い切ってしまいました。」
「いいのよ、こちらこそありがとう。」
「いえ、僕のカメラも現像してまたお渡ししますね。」
「あ、それうちでやらせてくれないかしら?うちも現像をやっているのよ。」
「そうなんですね、じゃあお願いします。」
俺は金沢の母親にカメラを渡した。
式場を出る前に金沢に声をかけると、あいつは犬でも追っ払うかのように俺をしっしと手で追っ払った。金沢の母親は
「こら、何てことするのよ、大事なお友達に。」
と金沢を叱った。
俺は笑いながら金沢の脇腹を突いて
「佐々井さん、またな」
と声をかけた。金沢は笑顔で
「いいから、早く帰れ、」
と応えた。
数日後、金沢の母親からうちに連絡があった。
「あの、この間の写真を現像したのですが…。」
電話を受けた俺の母親は神妙な声で
「この度はおめでとうございます。息子から話は聞いておりますが、もしかしたら変な写真ばかり撮ってご迷惑をおかけしたのでは…。」
「いえ、そうではなくて、私は息子のこんな生き生きした表情を見たのは初めてなものですから、なんとお礼を申し上げたらよいのかと。」
「そうでしたか、ちゃんと撮れていたらよかったのですが、結婚式にあまり悪ふざけするんじゃないよと叱ったばかりでしたのよ。」
「いえ、他にも沢山カメラを用意しましたし、カメラマンも雇っていたのですが、どれも仏頂面でどうしようかと思っていたら、息子さんが撮って下さった写真がどれもこれも本当に良くて、私泣いてしまいましたのよ。」
「そうでしたか、うちのバカ息子がお役に立てたなら良かったです。本当にバカな息子ですから。」
「そんなこと、いい息子さんですよ。それで、お願いがありまして…。この間息子さんからお預かりしたカメラのネガを頂けないでしょうか?」
「それは勿論構いませんよ。親御さんがお持ちになったほうがいいでしょう。」
「ありがとうございます。でも、息子さんに許可を頂かないと。」
「大丈夫ですよ、私が言っておきますから。」
「ありがとうございます。でも、やはり息子さんが買われたものですし、カメラ代もお支払いしますのでとお伝え頂けませんか?一旦、ネガはお返ししますので。」
「分かりました。では息子から改めて連絡させます。」
その日の夜、俺は母親からこの話を聞いた。勿論、断る理由もない。俺は現像してもらった写真を数枚だけもらって後は全て返した。
しかし、今はその写真もどこかに行ってしまって無くなった。やはりあのネガは渡して正解だった。
どのくらい耽っていたのか、気付けば太陽は真上近くになっていて、だんだん暑くなってきた。近くの家は昼ご飯の用意をしているのか、いい匂いが漂ってくる。
金沢の家は誰もいないかのように静かだ。あいつはいるのか、それともいないのか?
俺はこの駅で降りるたびにあいつに偶然会えないかな、と思っている。子供の気配もないし、まだ夫婦二人で過ごしているのだろう。
あいつのことだから、俺に気づいても隠れるだろう。
結婚式で俺のカメラから逃げたように。
了
金沢 石川宰 @tsukasa-i
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