‐1336年 日ノ炎月 5日《5月5日》‐
初めての家出 1
ガバッ!
突如として目が覚め、跳ね上がるような勢いのままにベッドから飛び起きた。
「すごい! すごい! まるで神話の物語みたい!」
肩を大きく上下に揺らしながらも興奮が抑えきれず息を整えることも忘れて、何かを抱え込むかの様に体を丸めたり、しゃがみ込んだり、手を広げ威嚇の様な姿を取ったり、と忙しなく動き続けながら気が付くと体全体を使って夢で見た内容をひたすらに再現していた。
「えっと、何だったっけ? ……そうだった!」
両手を左右に大きく広げ、上下に激しくはためかせながら大きく息を吸い込んだ。
「マラペ
胸いっぱいに吸い込んだ息を言葉とともに思いっきり吐き出しながら、まるで強い風にでも吹き飛ばされたかのように後ろに向かって全力でジャンプし、そのままベッドへと飛び込んだ。
「はぁ……。本当に……、本当にすごい夢だった……。くぅーッ!」
奥底から湧き出てくる興奮が
「あんなすごい夢を観れるなんて……。こうしちゃいられない!」
ベッドから跳ねるようにして飛び上がり、勢いそのままに机へと向かい、紙とペンを取り出した。
「内容は夢を参考にして書くとして、設定と……あ、あとタイトル!」
席につき、しばらくうんうんと唸りながら頭を左右に揺らしつつ、何か思いついたら紙に文字を書いては消し、書いては消しを繰り返していく。
「どれもピンとこないわね。しょうがないタイトルは後回し! まずは設定! とりあえず
席を立ち、本棚から背表紙に新・龍種解体書というタイトルの書かれた本を取り出し、再び机へと戻る。
「
そして、本を机の上に広げページをペラペラとめくっていく。
「やっぱりいつ読んでもワクワクしてきちゃう」
やがて目的の
「当時ですら滅多に見つからないはずの
引き続き本を読み進めながら、必要そうなところを見つけては紙に書き留めていく。
日が落ち、時間が経つのとともに、真っ白い紙が徐々に文字で埋めつくされ、やがて空と同じように黒く染まっていった。
==========
カリカリカリカリ――――。
部屋の中にはペンを走らせる音のみが響いている。
途中途中、休憩を挟みながらも、今日は授業が行われない日なのをいい事に執筆作業をどんどん進めていった。
「フゥ、こんなところかな」
切りのいいところまで書き終え、一旦書く手を止め一息つく。
「だいぶ進んでしまった――。――……フフフ、私ってば物書きの才能があるのかも。フフフフ――」
将来出るであろう本に関する妄想が止まらず、思わず笑みがこぼれてしまう。
「おっと、そうだった。一回読んでみなきゃ。まぁ、天才の私が書いた本なんだから面白いに決まっているけど」
バラバラに散らばっている紙を一纏めにして順番を整えた後、最初から最後まで目を通していく。
初めの方こそ一枚、二枚と軽快に紙をめくっていたが、徐々にページをめくる速度が遅くなっていき、遂にはページを巡る手が完全に止まってしまった。
「お、面白くない……。読んでいても全然絵が浮かんでこない……」
このままじゃダメだと思い、急遽、情景の描写を書き足そうとするが頭に浮かぶのは読んだことのある本の真似のような文章ばかり。ペンを握る手はピクリとも動いてはくれなかった。
「クぅーっッ!」
思わず頭を抱え、そのまま机に突っ伏してしまう。
「どうすればいいのー!」
机の下で足をバタバタさせながら真っ白なページと睨めっこを続けていると、一つの解決方法が頭に浮かんできた。
「そうだ、取材! 取材をすれば――!」
よし、思い立ったら即行動だ。
頭から手を離し、勢いよく机から顔を上げ、席を立ちドアへと向かう。
しかし、ドアノブに手を掛けたところで一つの問題点がある事に気がついた。
もうだいぶ夜も更けている、今私が外に出たいと言ったところで誰もそれを許しはしないだろう。ではどうすればいいんだろうか。
そんなものはもちろん決まり切っていた。
こっそりと誰にもバレないように抜け出すしかない。
脱走の計画を立てるためもう一度机に戻り、ペンを手にする。紙にペンを走らせ、脱走の障害になりそうなことを一つまた一つと書き連ねていく。
部屋を出るのは簡単だ、ノブをひねってドアを開けるだけだから大丈夫、問題は玄関まで行けるかどうかだ。誰にも見つからない方法を考えないと。ここが上手くいかねば後が続かない。
誰にも見つからないように忍足でこっそり玄関まで向かう? だめ、そんなの無理だ。
じゃあ、誰かに手伝ってもらう?
そんな人がいればとっくのとうに頼っている。これも却下。
前回はどうだったっけ。
そうだ、そもそも昼だったし、庭までこっそり出てみただけで終わったのだった。これでは参考にはならない。
しばらく頭を悩ませても良い案は浮かんでは来なかった。
そうだ! こんな時こそ他の人から知恵を借りればいい。
本棚へと向かい、数冊の本を取り出して、再び本と睨めっこをはじめる。
一冊目に出てくる囚人は、壁に穴を掘り牢屋からの脱出を図っていた。
ダメ、時間がかかりすぎる、却下。
二冊目に出てくる学生は、魔法を駆使して誰にも気づかれることなく寮から脱走を図っていた。
私はそんなにいろんな魔法は使えません、これも却下。
三冊目に出てくる密偵は、見張りに賄賂を渡し堂々と正面から国家に潜入していた。
家の家令や使用人達には通用しないし、仮に通用したところで賄賂になりそうな物などない、あと、状況も逆だし! なのでこれも却下。
四冊目の囚われの王女は部屋の窓から縄を垂らし、それを伝って城から抜け出していた。
これだ! なんとなく状況も重なっているし、もうこれしかない!
計画の目処が立ち、早速椅子から立ち上がって部屋を見回りながら作戦を立てていく。
とりあえず固定方法はベッドの足に括りつけるとして、問題は物だ。ある程度頑丈で、ぶら下がることのできる何かが必要だ。
一番手っ取り早いのは本の様に縄を使うのがいいのだろうけど、残念ながら私がぶら下がっても千切れないほど丈夫な何かはこの部屋にはない。そうなるとシーツやタオルといった布類がいいかもしれない。
丈夫な布を探し求める
==========
手当たり次第使えそうな物全部をかき集め、それら一纏めにし終え、目の前には、
カーテン。
薄いな、ちょっと不安が残る、つぎ。
ふとん。
うーん、太すぎる。これをベッドの足に括るのは難しそうだ、つぎ。
カーペット。
これを使うにはそもそも、上に乗ってるベッドや机を退かさないと。それは絶対に不可能だ、つぎ。
コート。
どう考えても長さが足りない。いや、これは今まで上げた物全部がそうか……。
この後も使えそうな物を見つけては却下、見つけては却下の流れが繰り返されていく。
気がつくと先ほどまであった宝の山はガラクタの山と化していた。
放心状態でしばらくガラクタの山を眺めていると、ある一つの解決策が頭に浮かんだ。
そうだ、今まであげた物全部をつなげてしまえばいいんだ! さすがにカーペットは無理だけど。
そう考えると、ガラクタの山が瞬く間に財宝へと変わっていくように感じた。
解決策が浮かんだら早速準備に取り掛からねば。
重さで千切れたり、解けたりしないように、布が厚く、より丈夫そうなものは最初の方に使い、薄い物は最後の方に繋いでいく。
布の全てを繋ぎ終え、始めの部分をベッドの脚に括り付けようとしたところで一つのことに気がついた。
布団が太すぎてうまく結べない。そういえばふとんを見つけた時も同じ様なことを思った気がしてきた。
うっかりと言うには余りにもお間抜けがすぎる、自分で自分に呆れてしまうほどには。
さてどう解決したものか、まず思い浮かんだのはベッドの脚と地面で挟んで固定するというものだったがベッドが重すぎて持ち上げられそうもなくこの案はすぐに没となった。
仕方ない、途中に結んである物を一度解いて持ってくるしかないか。
中間辺りに結んであるコートを一度解き、ベッドに括り付ける。その後コートとふとんを結び、コートを取り出すために解いた部分をもう一度結び直す。
よし、これで脱走用の縄の完成だ。
早速、窓を開け縄を垂らしてみると、無事に布の端が地面に届いたのが見えた。
どうやら長さは足りたようだ。
あとはこれを伝って降りるだけ。
窓の
――――。えっと、今は、半分……くらい、は、いった、かな……――。
ちゃんと、残った距離を知るために下を確認したい。だけどこれ以上恐怖心を煽られたくもない。だから決して下は見ない。けどもう腕はパンパンだ。どれくらいの時間をかけてここまで降りてきたのかは見当もつかない。だけど少なくとも腕が限界を迎えるくらいの時間はたったならやっぱり半分はいっている……と思う。だけど、腕がパンパンになるくらいの時間をかけたにも関わらずまだ半分とも言える。そう、まだ半分だ、先は長い。気合を入れ直すためにも一度大きく息を吸う。
瞬間、息を吸うのと同時に、降りてもいないのに少し下にズリ落ちるような感覚がした。
恐る恐る上を見る。すると、結目の一箇所が今にも解けそうになっているのが見えた。
あそこは――、コートを取るために一度解いて結び直したところだ!
ということはやっぱり半分は過ぎてたんだ。いや、今はそんなこと考えている場合じゃあなくって……。
あともう少しという喜びの感情と、このままでは落下してしまうという焦りが脳内で同居し、思考回路は今にも爆発寸前だ。
思考が巡っているうちにも結び目は見る見るうちに解けていき、体の位置はどんどん下がっていく。
このままじゃ本当に落ちてしまう。
程なくして結目が解けてしまったのか、下に落ちていく速度が段違いに早くなった。
「キャー――!」
思わず目をつむり叫び声をあげてしまう。
トスン。
地面への着地とともに叫び声が途中で途切れてしまう。
ぶつかった衝撃は思ったほど強くはなかった。
自分が思っていたよりも地面との距離はさほど離れてはいなかったということだろう。
この程度だったのか……。
そう思うとさっきまで焦っていた自分が急に恥ずかしくなってきた。
誰に向かってアピールをしているのか。私は、「何でもありませんわ。」といった佇まいで何事もなかったかの様なポーズをとりながら、スカートについた土を払っていく。
数回お尻を叩き、スカートから土埃もたたなったのを確認し、いよいよ取材に向かうべく家の裏の森に向けてこっそりと歩を進めていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます