リライト版 契約悪魔

黒い綿棒

第1話

契約悪魔


馬鹿ばかりで、イライラが治らない。

「死ねばいいのに」

そう思いながら、日々を過ごしていた。

『魔がさした』というには、慢性的な思考だった。

けれども、実際には何も変わらない。

誰も死なないし、状況が変わる兆しもない。

そんな毎日に僕は、嫌気がさしていた。

そんな、ある日の事。


悪魔は、突然やって来た。

「殺してやろうか?」

寝掛けに現れた異質な存在に、僕は驚いた。

人間のようで、決して人間ではなく、動物のようで、

決して動物ではない。

「えっ?」

「だから、殺してやろうかと、言ってるんだ」

「あんた、誰だよ?」

僕の言葉が終わるよりも早く、悪魔は僕の目の前に移動した。

何とも、嫌な空気が僕を包み込む。ジメッとし、生温かい。

「悪魔さ。通りすがりにお前の殺意を感じて、ここに立ち寄ったまでさ。

ダメだよ。そんな殺意を悶々と出しちゃ」

「殺意?」

「あぁ」

瞬時に悪魔は、僕の目の前から、耳の横に移動し、耳に顔を近づけ

囁いた。

「いるだろう?分かってる。死ねばいいのにと思う奴が、お前には

何人もいることは」

「だから、何だって言うんだ」

声が震えている。それは、自分でも分かる。

「それを言う必要はない。お前は、分かってる。頭は悪くないようだ」

「殺してくれるのか?」

しばし沈黙が続く。

それは、故意的に作られた沈黙だった。きっと、悪魔は、その沈黙を


楽しんでいる。


「…あぁ。ただし、条件がある」

「条件?」

「俺と契約を結んでもらう」

悪魔の言葉に、懸念の表情を浮かべた僕に、悪魔は笑顔を見せた。

そして、浮かぶように僕から離れ、再び、僕の方に振り向くと、

ゆっくりと手を僕に差し出した。

すると、僕の手元には、スゥ〜ッと紙とペンが浮き上がった。

「読んだ上で、サインを」


契約書には、こうあった。

『悪魔に殺しを依頼した際は、その報酬として、自分の知人の魂を

差し出す事』

「そんな事、できるわけないだろ!」

「そうか?できない?いや、できるさ。お前にも、顔を知らない親族だ、

もう長く会ってない、どうでもいい肩書きだけの友達の数人はいるだろう。

そう、死んだって連絡さへ、こない人間が」

「そういう問題じゃ…」

「どういう問題かね?」

一瞬、返す言葉を見失う。

「ふ〜ん。そう」

悪魔が、そう言う先から、僕の手にある契約書とペンは、その存在を

消そうと薄れはじめた。

「なら、なかった事で」

「ちょっと待ってくれ」

僕は、咄嗟に悪魔を引き留めた。


「教えておいてやる。俺達、悪魔は人間の魂を食って生きてる。

殺そうと思えば、人間なんぞ、簡単に殺し、その魂を食っちまえる。

選びたい放題。食べたい放題。ん?分かるか?それを、わざわざお前の

指定した奴を殺して食うんだ。美味いか、不味いかも分からんのにだ。

それに比べて、お前はどうだ?殺したい奴が、死んでハッピー。ん?

フェアじゃない。手間賃代わりに、別の魂の一つでもよこすのが

道理じゃないか」

「悪魔のフェアは理解し難いな」

「そりゃ、お前が人間だからさ。ちなみに、魂は悪い奴ほど

ジューシーさ。お前が殺したいのは、悪党か?人殺しか?

それとも強姦魔か?」

「いや、そこまで悪人かどうか…」

「ほら、見ろ。なら、美食家の俺が無理に食う必要もない」

どうも、悪魔というのは、この手の駆け引きに長けている。

僕は、そんな悪魔の態度に慌てて契約書にサインをした。

「どうも。で、誰を殺してほしい」


「課長を。課長を殺してほしい」


「いいだろう。で、誰の魂を報酬に差し出す?悪魔は、常に

前金制だ。差し出された魂を食ってから、そいつを殺してやる」

僕は考える。

誰なら、いい。誰なら、罪悪感を感じなくて済む。

「アメリカに叔父が…叔父がいる、らしい。会ったのは一度きりで、

僕が赤ん坊の時だけど」

「よし!分かった。これから、誰か殺して欲しい時は、

起きると寝るの境目で、深い意識も底で俺を呼ぶといい。

夢、夢、疑う事無かれ」

そう言うと、悪魔は姿を消した。


翌日。


母から電話があった。

それは、アメリカにいる叔父が交通事故で亡くなったという

電話だった。

その知らせを聞いて、僕は慌ててスーツを着て、会社に向かう。

慌てて出たせいか、いつも乗る電車より一つ、前倒しとなった。

いつもなら、出勤する課長と電車でかち合い、嫌々ながら、課長の

小言を会社まで聞かなければならないところだ。

会社に着き、僕は誰もいないオフィスの中、自分の席に座り、

落ち着かぬ気持ちと格闘した。

けれど、始業時間間際になっても、誰も来ない。

やっとこ一人、現れたかと思うと、それは、会社の近くに住む新人君

だった。

「おはよう。皆んな、遅いな」

「なんか、電車事故があったらしいですよ」

新人君の言葉に『まさか』と思い、僕は、

休憩室にあるテレビを付けた。すると、どの放送局も急遽、

通勤ラッシュに起きた駅での人身事故を報じていた。


やったのだ。


僕は、確信した。

予想通り、人身事故で亡くなったのは、課長だった。


アメリカの叔父の葬儀は、叔父の家族と友人だけで執り行われた。

課長の葬儀には、僕は神妙な面持ちを保ちながら、心の中では、

盛大なる祝賀会が催された。

そして、悪魔との契約の効果を知った僕は、その中毒性に、

まんまとハマっていった。

葬儀から帰ると、直ぐに僕は布団に入る。

テンションが上がって寝れやしない。それを見越して、

僕は睡眠導入剤を薬局で買って服用した。

僕は、うつらうつらしながら、悪魔に呼びかける。

「信用したかね?」

「えぇ!で、次なんですが…」


減っていく、減っていく。

僕の嫌いな奴が減っていく。


契約で繋がった信頼が僕と悪魔を強く繋いでいく。

しまいには、こちらから呼ばなくても

「もう、いないか?大丈夫か?」

と、悪魔は、僕を心配し姿を見せるようになった。

「まぁ、いるっちゃ、いるんだけど。差し出す魂がね」

「携帯のアドレスを見てみろよ」

「携帯?」

「お前、その中に、何人、ここ数年、電話してない奴がいる?」

僕の携帯には、高校時代から溜まった友達や、知り合いの番号が

沢山ある。この中で、一ヶ月に何人から連絡が来ることだろう。

「こいつなら、いっか」

疎遠となった人間の魂は差し出しやすい。

何と言っても疎遠なのだから、死んでも知らせが来ることは無い。

ただ、こちらは携帯のデータから削除してしまえば済むことだ。


減っていく。減っていく。

僕に関係ない人が、減っていく。


ちょっと態度の悪かった店員。

メンチ切ってきた若者。クラクションを鳴らしてきた運転手。

次第に、見境い付かなくなって、携帯のアドレス帳も空になった。

そうすると、僕は適当なパーティーや、クラブに行き、

誰でも彼でも、声をかけるようになった。

死の弾丸を込める為。

そして、この世界には、僕と悪魔だけが残った。


殺す人間がいなくなり、僕も悪魔を呼ぶ必要がなくなった。

それと同時に、失っていた罪悪感が戻ってくる。

僕は、その罪悪感と、それを仕組んだ悪魔への怒りに支配された。

一睡もできない日々が延々と続く。


答えのない自問に僕は耐えかねて、いつしかキツくなった睡眠剤を

全て飲み干して、悪魔を呼び出した。

「なんて事をしてくれた!」

「お前が望んだ」

「お前が誘惑したからだ。殺したのはお前だ!」

「契約を遵守したまでだ」

「契約が全てだと言うのか?」

「あぁ、契約は絶対だ」

「この悪魔め!」

「あぁ、それは知ってる」

「…なら、最後の依頼だ。僕は、お前を殺して欲しい」

「何を言っている。バカを言うな」

「いや、冗談なんかじゃない!」

「では、何を差し出すというのだね。もう、誰も残っちゃいない」

「差し出すのは、僕の魂だ!さぁ、契約は絶対だ。役目を果たせ!」

暫しの沈黙。

「…分かった」


そして、僕は、そのまま目覚めなかった。

たぶん、悪魔も死んだろう。

ただ、それだけだ。そこには何も残っちゃいない。



「あぁ…。美味いなぁ。お前の魂は、最高だ。悪人の魂は

何よりも美味いんだ」

悪魔は、そう言うと、最後の魂をたいらげた。

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