後編




 ――いかん、気になってこのままでは後々の仕事に支障を来たす。



 そう判断した私は、再び鎧を身に纏って部屋を出る。部屋に入ってから、まだ30分も経っていないから、1階の様子はほとんど変わってはおらず、顔ぶれが幾らか変わっているぐらいであった。


 階段を下りて受付に向かう。気づいた奥さんが小走りに奥の炊事場から出てきたので、「異世界について知りたい。どこに行けば分かるのだ?」私は簡潔に用件を尋ねた。



「異世界に関することなら、役所に行った方が良いよ。下手に向こうと揉め事を起こすと、色々と面倒な話になるから」

「役所に?」

「向こうに関する事は、とにかく役所を通した方がいいわよ。下手に関わると後々大変だし、手続きとか少ないから早く済むわよ」



 すると、奥さんは「後はまあ、申請すれば向こうの人と話が出来るわよ」笑いながらも教えてくれた。


 話が出来る……なんだろうか、テレビみたいなものなのだろうか。


 何となくイメージを頭の中で固めながら、奥さんに外出の旨を伝えてから、役所へと向かう。先ほどと同じく人混みの中を進みながら……歩く事、40分ほど。


 そうして姿を見せたオルレアン王国の役所は、なるほど、世界の最先端を行くだけあって、私がこれまで見て来た役所とはレベルが異なっていた。


 有り体にいえば、大きかった。細部に彫刻が成されて豪華という印象もあったが、何よりも目を引いたのは、建物の大きさだった。


 パッと見ただけでも、その他の建物の倍以上はある。加えて、外から見た限りでも建物の分厚さが見て取れる。何度も、修繕と改修を繰り返した結果なのだろう。


 その入口に、幾人もの人たちが入っては、出て行くのを繰り返している。そこに種族の違いはなく、水樽に浸かった魚人を乗せた台車が入ってゆくという、何とも珍妙な光景も見られた。


 誰も、その事に気を止めた様子はない。他所の町で見れば目を剥く光景(水辺でしか生きられない種族なので)だが、ここではそう珍しいモノではないようだ。



 ……人口が多い分、こういった施設も合わせて大きくしないと対応できないのだろう。



 役所を利用する魚人という珍しい光景に幾らか気分が良くなった私は、他の人達と同じように中に入る。


 そうして初めてとなる役所の中は、外から感じ取れた雰囲気……とは一変して、古ぼけたテーブルや補修された壁の跡など、歴史を感じさせる空気をこれでもかと漂わせていた。


 受付は、上から見れば□の形になるように机が並べられていた。そこから外側に向けられた看板には対応する業務内容が記されており、受付には板が等間隔に設置されていた。


 いわゆる、仕切りの代わりなのだろう。ひとまず、何も分からず迷う……ということはなさそうだ。


 しかし、昼間とはいえ王国の役所だ。先ほどの魚人もそうだが、多種多様な種族が集まっており、並べられている椅子はほとんど埋まっており、誰も彼もが順番待ちの札を持っていた。



 さて……と。



 そんな彼ら彼女らを見やった私は、お目当ての受付を探す。広いとはいえ、広さには限りがある。人混みに邪魔をされるとはいえ、ものの10分も歩けば、目的のモノらしき看板は見付けられた。






 『異世界受付』





 そう書かれた看板が設置された受付には、嬉しい事に先客らしき者はいなかった。それを見て、正直、ちょっと意外だなと私は思った。


 ……というのも、かつて私が暮らしていた世界に比べて、この世界は圧倒的に娯楽が少ない。


『門』が出来た当初の混乱もあるだろうが、娯楽に飢えた者たちが取る手段は、世界が変わろうともあまり変わらないからだ。



 ……ところで、気になるのは看板の文字。



 単刀直入というべきか、必要最低限と考えるべきか。判断に迷うところだ……が、まあ、どちらにせよ意味合いは変わらないし、そういうものなのだろうか。


 それと、異世界とははたしてどちらに対しての異世界なのだろうか……と、禅問答な事を考えつつも、サッサと受付へと立つ。


 受付に立っているのは、御年211歳らしいエルフ(この世界には、普通に一種族として存在している)で、この役所に勤めて80年というかなりのベテランだということだった。


 ちなみに、見た目は20代前半の美女であり、人間よりも幾らか耳が長いのと、長生きしているせいで考え方が他種族に比べて非常に悠長で……話を戻そう。


 私は、「もし、尋ねたい事がある」看板と同じく簡潔に用件を述べた。



「『門』の先にあるという異世界の情報を知りたいのだが、開示されている情報はあるか?」

「ありません」



 簡潔に述べた用件は、それ以上の簡潔な言葉で返されてしまった。


 あまりに簡潔かつ一瞬で話が終わってしまったことに、私は思わず目を瞬かせる。とはいっても、今の私は鎧を身に纏っているから、外からは顔色一つ見えないだろうが……まあ、それはいい。


 とりあえず……本当に、何一つ情報が開示されないのだろうか。


 そう思って尋ねてみたが、返答はどれも同じであった。曰く、『神様』によって禁じられているので、こちらから出せる情報はあまりない……とのことだった。



 ……ならば、その『門』から向こうの世界に行けるのだろうか。



 尋ねてみれば、返答はただ一言。『行ける種族と禁じられた種族がいる』ということであった。いったいそれはどういうことかと話を続ければ、『神様からの御指示なので』とのことだった。


 詳しく聞けば、どうも一部の種族は向こう側の世界を構築している『法則』とやらに弾かれる(神様より)らしく、そういう者が無理に向こうに行けば……足を踏み入れた瞬間、液状になって死んでしまうのだとか。



 ……。


 ……。


 …………禁じられた種族の名簿を見させてもらう。すると、『こいつらは絶対に行かせるな!』と大文字で記された一文の下に、私の種族名が記されていた。



 ……。


 ……。


 …………本当、なのだろうか。



 少しばかり疑問に思ったが、すぐに私は否定した。門番の件から考えても、そんなことをしてくる国ではない。『神様』の名を出したあたり、本当にそうなっているから、そう告げたのだろう。



 ……それじゃあ、この受付の意味は?



 不思議に思った私はどうしたものかと鎧の中で首を傾げ……そういえばと思いだした私は、「向こうの者たちと話が出来ると聞いたのだが……」と兎にも角にもと思って尋ねてみた。



「ああ、『異世界ちゅうばあ』のことですね」



 すると、受付の口から初めてこれまでとは異なる返事が成され……いや、待て、何だ、『異世界ちゅうばあ』というのは?



「『異世界ちゅうばあ』とは、向こうの世界に住まう者たちとお話する感じです」

「……え、何それは?」

「要は、御上手に向こうの人達の気を引いて、楽しくおかしくお話しましょう……とでも思っていてください」

「お、おう……そう、なのか……」



 受付嬢の、その説明からは、いまいち実体の想像が出来なかった。いや、これでも分かりやすく説明しているのだろうが……本当に、さっぱり分からない。


 辛うじて……埃を被って、もはや原形すら分からなくなっている遠い昔の記憶を掘り起こしてみようにも……掬った傍から、ぽろぽろと崩れ落ちてしまう。


 そうなるのも、致し方ない。何せ、1500年も前の記憶だ。


 加えて、それからは1に修行、2に鍛錬、34に続いて5に組手という、脳細胞の一つ一つを筋肉に作り変えて構成してゆくかのような狂った暮らしだった。



(……我ながら、よくもまあ耐えられたものだ)



 教官たちとの思い出はかけがえのないものだし、教官たちのことは今でも大切に想っている。だが、二度とあそこには帰りたくは……と。



「では、案内致します」



 ぼんやりしていた頭に、受付嬢(嬢と呼ぶには、些か齢が行き過ぎではあるが)の声が響く。


 見れば、受付嬢は手慣れた様子でカウンターの向こうからこちら側に出て来ると、「説明よりも、体感した方が早いでしょう」そう答え……そのまま何処かへと歩き出したので、私は慌ててその背中を追いかけた。






 ……そうして、だ。



 案内されたのは、階段を上った役所の2階通路奥の一室。そこは広さにして40平方メートルぐらいで、室内は……分厚い板で簡素に仕切られた空間が幾つも設けられた、不思議な部屋であった。


 例えるなら、部屋の中に小さな部屋を幾つも作ったような……感じだろうか。


 小部屋の数は、多いのか少ないのかは分からない。敷居らしき壁板の位置から考えて、各部屋の広さは、せいぜいが……畳にして3畳分(この世界にも、畳があるらしい)だろうか。


 御世辞にも広いとは言い難く、鎧を脱いだとしても些か窮屈に感じる広さだ。つまり、鎧を着たままでは、入ればまともに身動き出来なくなりそうな広さしかないということだ。


 感じ取れる魔力から、各小部屋には……『照明の魔法』と『消音の魔法』が掛けられているのが分かる。私ぐらいの腕前なら難なく解除できるだろうが、一般的な魔法使いなら解除にかなり手こずるレベルだ。



 ……気配から察する限りでは、先客が……8名か。



 さすがに先客の種族までは分からないが、少なくとも上位種とされる強者の気配はない。せいぜいが中堅よりちょい下……ぐらいだろうか。


 『消音の魔法』があるとはいえ、気配までは消せるわけではない。少なくとも、私ほどにもなれば、音など無くとも知り得る方法は幾らかある。


 そうして、感じ取れる気配から、(男が3、女が5か……)とりあえずは分かった事を心の中で呟きながら……ふと、案内していた受付嬢が足を止めた。



「こちらになります」



 その言葉と共に手で促されたそこは、他の小部屋と同じ、連なっている小部屋の一つだった。反射的に内部の気配を探るが、何も無い……ただの、空き部屋だ。



 ……いや、こちらって、何が?



 意図が分からずに鎧の中で首を傾げていると、受付嬢は扉を開けて……私を見やった。その目は、動こうとしない私を見上げるばかりであった。


 これは……中に入れということなのだろうか。


 私の脳裏を過るのは、『体感した方が早い』という先ほどの言葉……と、とりあえず、従うべきなのだろう。


 促されるがまま、少しばかり窮屈な扉を通って中へ……入った私は、「……は?」思わず目を瞬かせた。何故なら、鎧の中で我を忘れるぐらいに、珍妙な光景がそこにあったからだ。



 まず、目に映ったのは内部の異様な広さであった。



 最初、私は外から見た通りに室内が順当に狭いモノだと思っていた。だが、蓋(というか、扉)を開けてみれば、どうだ。


 単純に、広さが3倍近い。それでいて、外で見た時よりもずっと、高度な魔法……いや、これはもはや『神秘』だ。言い換えるのであれば、奇跡とした表しようがない、高度な術が室内に施されているのが分かった。


 次いで、気になったのは部屋の中央にて用意された、大きな椅子であった。


 しかし、ただの椅子ではない。少なくとも、一般的な宿屋や店ではお目に掛かれない上等なやつだ。そのうえ大きく、股を開いてどっしり座り込んでもなおスペースが有り余るぐらいに大きい。


 また、丁寧に張られたなめし皮と毛布は実に滑らかで、防具に覆われていてもなお、『あ、これ座ると駄目になるやつだ』と思ってしまうほどに柔らかくて……下手なベッドよりもずっと寝心地が良さそうだと思うぐらいだ。


 部屋の隅に設置された棚には、何だろうか……いまいち私には分からないが、見たこともない機械が置かれている。


 機械の大きさは、縦が70センチ、横が40センチ、奥行きが……70センチといったところだろうか。傍に置かれたコップ(驚いた事に、透明なガラスだった)から推測する限り、置物ではなさそうだ。


 他には、タオルが数枚、ゴミ箱が片隅に……後、薄手の毛布が二つ。他には小さな鏡(盗むと天罰が下る、と記されている)が一つ。後はまあ、壁に貼られた注意事項の紙が三枚。


 そして……椅子の対面。ちょうど、扉から一番奥に当たる場所に……それは有った。何がって……平べったくて、それでいて鉄ではない、不思議な……なんだっけ、これ?



 ――『平べったいナニカ』を前に、内心にて私は首を傾げた。



 何だか、見覚えがあるような気がする。だが、見覚えが無いような気もする。ただ、分かるのはコレがこの世界の物ではないということだけ。


 何と言い表せば良いのか……系統、そう、系統が異なっている。いまいち自分でも分かり難いが、兎にも角にも私はそう思った……と。



 ――ごゆっくり。



 その言葉と共に、扉が閉められた音がした。振り返れば、思った通り扉は閉められ、室内はいわゆる密室と呼ばれる空間となった。


 とはいえ、幸いにも室内は広い。鎧を身に纏った状態でも窮屈には感じない程度には……と。



 ――ふっ、と。前触れもなく、『平べったいナニカ』に何者かの姿が映し出された。



 あまりに、突然であった。魔法の気配はおろか、人の気配すらない。教官の指導の元、闇に潜み隠れる吸血鬼すら瞬時に見付ける私をも欺くその隠密性に、私は反射的に異空間より愛用のツルハシを取り出し――。



 『うぽつ』『初見さん?』『うぽつ』『うぽつ』『はえ~、おっきい(意味深)』『全身隠してたら異世界要素ないね』『うぽつ』『初見さんち~っす』『うぽつ』



 ――映し出された、その姿。それは、鎧に包まれた私であった。


 そう、それは紛れもなく私自身であって……今にでもツルハシを振り下ろそうとする私の姿でもあって……何よりも、『平べったいナニカ』に映し出された数々の文字列を前に、私は……思わず、つんのめる形で動きを止めた。


 『平べったいナニカ』に映し出されている、私の姿。その横に四角く作られた白い枠の中に、次々と新たな文字が映し出されては上へとせり上がり……見えなくなる。


 幸いにも、書かれた文字は分かる……というか、読める。しかし、読めるだけで、所々意味が分からない文字が表示され……うん、と、えっと、これって。



 ……なんだ、これ? どうすればいいのだ?



 思わず、私はツルハシを下ろした。それは、戦闘中であれば、教官たちがここにいたら、自己反省とお説教と勉強(鍛錬)が数時間は行われているであろう、危機的な対応であった。


 だが、あまりに想定外……というか、生まれて初めての光景に、私は鎧の中で目を瞬かせるばかりであった。



 『うぽつ』『すげーデカい』『これ、身長2メートル超えてない?』『鎧のせいで顔が見えない』『うぽつ』『鍛え込んだすけべな雄ボディを見せろや(半ギレ)』『何でホモが湧くんですかねえ……』


 『そりゃあお前……』『鎧の形状から見えて、ビルダータイプ』『いや、むっちり熊タイプとみた』『ホモは帰ってくれないか?』『ツルハシ手にした鎧マン怖いマーン』


 『分かるマーン』『これに投げ銭するやついんの?』『需要は何かしらある! 何処かにある!』『ニッチ過ぎる需要に草』『需要ある(大声)』『うるせえ!』


 『鎧越しでも困惑しているの分かる可愛い(ニチャァ)』『ホモのロックオン』『節操なさ過ぎて草』『未知の光景に困惑する姿に興奮するホモの多さよ』『いいから脱ぐんだよ、やくしろよ』『通報しときますね』


 『鍛え抜いたボデーを見たくないやつ、いるの?』『いるわけないでしょ(半ギレ)』『そういう過度な要求は神様からお仕置き食らうぞ』『お仕置き(即死)』『お仕置き(天罰)』


 『生か死かのどちらかという、ストロングチョイス』『反論一切させず、アウト判定したら即死サンダーという神の一撃』『また髪の話してる』『神はふっさ、ハゲはハゲ、はっきりわかんだね』



 けれども、そんな私を他所に、新たな文字が……いや、文章がどんどん表示されてゆく。困惑する私など知った事ではないと言わんばかりに、次々に。



 ……。


 ……。


 …………何だこれは、どうしたらいいのだ?



 振り返って扉の方を見やる……駄目だ。恐ろしく精密かつ強力な封印術が扉だけでなく、この空間全体に働いているのが分かる。私でも、解除に数日は掛かるぐらいの代物だ。



 もしかしたら隙間でもあるかと扉に触れてみるが……うむ、これは無理だ。


 これはおそらく……『神様』が手を貸しているのだろう。


 でなければ、説明が付けられない程に魔法のレベルが高い。つまり、ここを出るには……定められた時間、確か、出来高だとか15分だとか。



(要は、15分は経たないと出られないというわけ……かな?)



 受付嬢の話から考えると、この表示された文字は、おそらくは向こう側のの誰か(おそらく、複数人)の言葉か、それに近しいものなのは分かる。



(……ちゃ、ちゃ……ちゃと、チャット、とかいう、アレか?)



 1500年以上前の記憶を何とか掘り出しながら、ナニカを見やる。


 ……ただ突っ立っているのも何なので、再び、文字やら何やらが表示されているナニカの前へ。


 改めて見てみると、相変わらず、次々に表示されるそれらが理解出来ないが、私の姿を認識出来ているのは分かる。


 こちらからは、向こうの事がさっぱり見えないのは癪だが……まあ、いい。



「おい、私はどうしたらいいんだ? 何一つ説明を受けていないから、何をすれば良いのか全く分からないのだ」



 『声可愛い』『屈強な見た目からしての、この声の可愛さ』『ゴリラが喋った』『酷過ぎで草』『これはあれか、筋肉ダルマだけど声は綺麗とかいうギャグキャラか?』


 『威圧感がヤバい』『もしかして、オネエキャラ?』『まさかのホモ登場とか、ホモは千里眼を取得していた?』『待て待て、そもそもこいつの種族って何だ?』



 やはり、声も届くようだ。表示された己の姿に向かって問い掛けるのは、何だか妙な気分だな……と思っていたら、何だろうか、反応が思ったよりも凄い。


 というか、表示される文字の速さがいきなり加速して、少々驚いて……待て、何だ声が可愛いとは。どういうことだ、何故、声などに反応するのだ?



「……声が、どうかしたんだ? オネエとは、何だ?」



 『オネエとは、まあ、女になろうとしている男です』『玉を取った男だね』『おい、待てぇ! 玉の有無はオネエとは無関係だゾ』『女の心を持った時、オネエになるのだよ』『つまり、男の心を持った女は?』『くっそ面倒臭い女だよ』『びっくりするぐらい辛辣で草』


「……私は女だぞ」


 『オネエは七色の声を操る』『見た目も七色に変わるしね』『実態を持たない存在、それがオネエだ』『オネエとは……?』『オネエとは神出鬼没の鵺だった?』『確率50%の猫』


「よく分からんが、オネエとは凄いやつなのだな。ところで話は戻るが、私はここで何をすれば良いのだ?」


 『何もしなくてええんやで』『難しく考えずに、お喋りする感じでやればいい』『今回の鎧男女男はずいぶんと頭が固い』『硬いのは息子だけで十分だろ』『隙あらば下ネタぶち込むやつはいいかげんにしろ』


「……何もしなくていいのか?」


 『金を稼ごうと思うなら、色々と勉強してからだね』『エンジョイのつもりなら、気楽に気楽に』『言うなれば、言葉で行う大道芸』『そうそう、これで食って行こうとしないのなら、軽く考える程度でいよ』


「金が……待て、これで金が出るのか? 私はお前たちに何もしていないぞ」


 『そっちの常識では分かり難いことだけど、こっちでは娯楽の一つなんだよね』『あ~、初心な反応にニヤニヤするんじゃ~』『軽く考えて、言葉でこっちを楽しませたと思えば良い』『言い得て妙』



 軽く……なるほど、言葉で楽しませるとは、何とも奇妙な言い回しだ。


 絡まり合っていた糸玉が、するりと解けた気分だった。こんな感じで向こう側の人達と話をするのが、『異世界ちゅうばあ』というやつなのか。


 顔を合わせて話をするのではなく、こう……互いに姿を隠した状態で、同じテーブルに付いてお喋りをする……といった感じか。


 そう理解して納得した私は、そのまま表示される文字に(というか、言葉か?)に目を通していると、気付けばあっという間に15分の時が過ぎ去ろうとしていた。


 最初はどうしようかと思ったが、意外と終わるのはすぐだった。


 結局、オネエというのが何なのかが分からなかったが、こういうのも意外と……と思っていると、唐突に、ぽーん、と室内に異音が響いた。



「何だこれは? 敵襲か?」



 反射的に空間魔法により取り出した得物を片手に、周囲の気配を探る。何時でも迎撃できるように身構えるが……何だ、何も無いぞ?


 『即座に得物を手に取るプロの鏡』『当たり前のように魔法で何処からともなく取り出す……』『鎧ちゃん、物騒過ぎて草』『違うよ、それは敵襲じゃなくて、時間が来たお知らせだよ』


 『もしかしなくても、相当な上位種では?』『もしかしなくても、上位種確定だろ』『空間から物を取り出す魔法って、確か第一種禁魔法って呼ばれてなかったっけ?』『おお、CG顔負けのすげーのが見れたぞ』



 振り返った私の目に止まったのは、



「……時間が来たら教えてくれるのか?」



 『相変わらず最低限の説明すらしない異世界役所』『向こう側からしたら、関わり合うメリット皆無だしね』『貿易とか一切出来ないし、過去のアレもあったし』『落ち着け、15分経って外に出られるようになっただけだ』


「……なるほど、お知らせか。色々と教えてくれて、貴方達は親切だな」



 言われて、武器を再び収納し……次いで、確認する……本当だ。


 何時の間にか魔法も解除されているようで、驚く程あっさり扉は開かれた。



 ……。


 ……。


 …………結局、当たり障りのない話をしているだけで終わってしまった。



 これでは、何の為にここに来たのかがまるで分からない。収穫無し、何の成果も得られなかったのではないだろうか。


 というか……そもそも、何の為にここに来たのだろうか。


 初めてとはいえ、私としたことが……忸怩たる思いではあったが、まあいい。ひとまず、挨拶をして今日の所は去ろう。



「短い間ではあったが、世話になった。もう会う事はないだろうが、良き出会いに感謝を」



 『乙』『888888』『乙』『乙~』『888888』『はえ~、紳士的な雌ゴリラだ』『口悪過ぎて引くわ……』『隙あらば中傷するやつは何処にでもいる』『何故か見下しているやつ多いよな』『お疲れ』


 『ところで、鎧は脱がないの?』『あ、気になる、わたし気になります!』『プライベートなお願いはNG』『種族的に脱げないとか?』『最後だし、顔ぐらいは見ておきたい』『紳士は脱がない、辞めようね』


 そう思って別れの挨拶をすれば、向こう側からの返答がコレで。言わんとしていることに私は、それもそうだなあ……と鎧の中で頷いた。


 今でこそリーリンシャンの名はある程度広まり、この姿のままうろついてもそこまで不審な目を向けられる事は無くなったが、最初の頃はまあ、色々と陰口を叩かれた。



 ……考えてみなくとも、当たり前だ。



 顔どころか全身を隠した相手など、怪しい事この上ない。どんな理由があろうとも、顔を見せないというのは、それだけで何かしらの厄介事を抱えていることを示しているからだ。


 仮に、だ。私が逆の立場だったなら、不審な眼差しを向けた事だろう。場合によっては、そいつから距離を置こうともするだろう。それを思えば……今の私はかなり失礼な事をしているのもまた、考えるまでもない。



 ……。


 ……。


 …………まあ、親切にしてくれた相手に武装した恰好も、失礼というものか。



 そう判断した私は、向こう側で私を見ている者たちに素顔を見たいかと問い掛ける。すると、ほぼ9割近い(残りの1割は、話を聞いていないようだ)反応が、『見てみたい』であった。


 それならば……と。


 思った私は兜の留め具を外し……素顔を見せた。


 直接見せているわけではないとはいえ、検問を除けば、第三者の前で素顔を晒したのは数年ぶりで……正直、ちょっと気恥ずかしい。


 でも、すぐに終わる。次いで、鎧を外して、(これは魔法によって、自動的に身体から外れる)鎧から降りる。そうしてから、改めて向こうの者たちへとお礼を述べた。



 ……。


 ……。


 …………すると。はて、と私は首を傾げた。


 先程まで表示されていた文字の流れが、止まっているのだ。壊れたのかとも思ったが、『え』とか、『は?』とか、何かしらの反応は成されているから、壊れてはいないようだが……どうした?



「……何があった? もしかして、私の顔が恐ろしいのか?」



 少しばかり待ってはいたが、それでも反応がないことに不安を覚える。堪らず話し掛けてみたが、「リーリンシャンさん、時間が来ましたので~」ほぼ同時に扉の向こうから掛けられた呼び声に、私は急いで鎧を装着した。



「はて、どうしましたか?」

「……いや、何でもない」



 そうしてから扉を開ければ……そこには職員と思わしき(制服を着ていたから)獣人族の女性が立っていた。話を聞けば、最初の利用は15分と定めているらしく、次からは予約を取らなければならないのだとか。



(……まあ、いいか)



 何やら不本意な形で終わったような気もするが、もう来ることはない。気にするだけ無駄だろうし、何だか疲れた……今日はもう帰ろう。


 そう思った私は、猫のような大きな耳をぴくぴくと揺らした職員に促されるがまま、部屋を後にすることにした。

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