#22 城
目眩がまた僕の足もとからすり寄ってくる。
ぞくり、と背中が勝手に震える。
そうだよね、鏡なんてたくさんある噂のうちのほんの一つじゃないか。
終わってなんかいなかったんだ。
振り返った僕の目の前でナイトメア・ザ・メリーゴーラウンドが回っていた。
今度ばかりは風のせいじゃないって即座にわかった。
灯りが点っていたから。
「風悟さん、聞こえる?」
聞きたくないのに、聞こえる。
子どもが笑っているような笑い声が。
子ども……僕は瑛祐君たちを探す……居た。
家族四人で一緒に居る。
でも彼らは一人も笑っていない。
そんなの確かめるまでもなかったんだ。
だって、笑い声はいくつも、あちこちから聞こえているから。
「あたし、思ってたんだ。完全予約制のバスで、行きに乗ってなかった子どもが帰りに乗ってなかったら大問題だよね。そうじゃなくて、ここで見たんじゃないかなって思ってたんだ。子どもが居なくなったんじゃなく、もともと居ないはずだった子どもを見かける人がたくさんいたんじゃないかなって。で、帰りのバスには乗ってないよねって」
トワさん、その仮説は案外正しいかもしれない。
僕にも見えるんだ。
小さな子どもの足があちこちを走り回っているのが。
しかも、どの足も膝から下だけしかないし、裸足だし。
「間に合わないかもしれない。バスへ急げ!」
丸守さんが大きな声を出す。
間に合わないって何が?
ここにはまだ何かあるのか……でもとにかく今は走るしかなさそうだ。
血まみれティーカップの横を抜け、血まみれブランコの横をも走り抜ける。
どちらも、メリーゴーラウンドみたいに灯りこそ点っていないものの、なぜかぐるぐると回っている。
ここ、廃墟なんだよね?
電気なんか来ていないんだよね?
正面ゲートをくぐり、少し離れたところに停めてあるマイクロバスへと乗り込んだ。
「一人増えて一人減ったから13人だよね。みんな居る?」
「眼鏡の先生がいません」
誰かがそう言った。
「まった、あの人かー。ったく。おいらちょっと探してくるわ。そこの略奪愛のおにーちゃん、一緒に来てよ」
丸守さんが僕のことをじっと見つめていて、すぐにはそれが僕のことだと気付かなかった。
「え? 僕ですか? べ、別にそんなんじゃないんですよ」
「照れない照れない」
丸守さんのこの話を全く聞かない感じ、取引先のお偉いさんを思い出す。
このタイプは下手に否定するとますます楽しがって囃し立てるんだよな。
ただ否定するんじゃなくって、新情報で上書きしてゆくのが一番いい対処法かな。
「僕は赤間と言います」
「オカマ?」
「あー、もう何でもいいです」
「ウソウソ。赤間ちゃん。行こー行こー」
妙に明るく軽く胡散臭い丸守さんに続いてバスの外へ出ると、すぐさま僕の背後でバスのドアが閉まる。
「これ、いったいどういうことなんですか?」
「いま、ちょうど丑三つ時だからね。にぎやかになるんだよ」
にぎやかって……。
「メンドクサイ話は抜きだ。赤間ちゃん、視える人だろ?」
「……いえ、前はそうでもなかったんですけれど、ここに来てからなんだか……え、わかるんですか?」
「うちの家系ね、代々強いのよ。職業柄」
職業柄ってことはお坊さんとか?
金髪マッチョのお坊さんってのはどうにもしっくりこない。
それにしても丸守さんの体……あの犬の影に唯一怯えてなかったのは、犬の影より霊的に強かったから、だったりして?
「いっぱい居るだろ?」
そう言われてみると、さっきのように足だけの子どもがたくさん見える気がする。
「あー、あんまり合わせるな。もってかれるぞ」
もってかれるって……。
背中がゾクゾクする。
「ははは。脅かし過ぎた。ごめんな。こいつらは今、玩具に夢中だから、多分大丈夫だよ」
「玩具、ですか」
「ここの遊園地さ。もともと慰霊のためにこの上におっ建てたのさ」
「慰霊?」
「そうだよって、あー居た居た。おーい! 先生ー!」
丸守さんが見つめる先、巨大な壁のところに誰かがうずくまっていた。
『古の土地エリア』と『新大陸エリア』を隔てる巨大な壁。
手前側にはゾンビロードの入り口があり、もっと奥にはアクアツアーの入り口がある。
僕らはその「先生」に近づいていった。
「先生、避難してって言ったらしてくださいよ。おかげでパレード始まっちゃったじゃないですか」
「んー、すまんすまん。でもこれ、ほら見てごらん。石垣だろうこれは」
眼鏡のオッサン……近くで見ると若くも見えるし、逆にけっこう歳いってそうにも見えるし、年齢不詳そうな中年男性が、壁の一部が崩れたところを熱心に弄くっていた。
あと今、丸守さんがパレードって言っていたのがとても気になる。
「パレードか? 丑三つ時が一番にぎやかになるからさ、そう呼んでいるだけさ。深い意味はない」
え、僕の考えていることがわかるの?
「赤間ちゃん、何驚いた顔してんの? パレードって何だろうって思ったんだろ? 十人中十人がパレードって何って聞くから、最近は先に言うようにしてんのよ」
「やはりここが伝説の丸馬城址か……」
「おい先生っ」
丸守さんの声が急に怖くなる。
「な、なんだよキミ。痛いじゃないか。放したまえ」
「悪い、先生。でもどこでその名前を」
「そりゃ本当に濃い城マニアの中ではそこそこ有名な話だからさ。築城途中で放棄され、地図からもその名前が消された城ってね……はじめはワタシも城オタクが勝手に作った都市伝説だと思っていたんだがね」
なんだかどこかで聞いた流れだな。
「たまたま隣の市に赴任してきたら、ご近所に住んでいるおじいちゃんが地図に載ってない城のことを教えてくれてね。ワタシはね、こう見えても城マニアなんだよ。血が騒ぐじゃないか。この地域のいろんな文献を片っ端から集めて調べて、そして遊園地になったってところまで突き止めたんだよ。ほら、見てくれこの立派な壁。これはおそらくもともとあった石垣に被せたんだ。すごいだろう。この角度。僕にはわかる。こんな素敵な傾斜は、石垣しかないって」
丸守さんはしばらく何か考えていた様子だったが、おもむろに「先生」の両肩をぎゅぎゅっと揉んだ。
「仕方ない。先生、あんたにも手伝ってもらうよ」
「手伝う? ワタシにできることかね?」
「ああ。バスに積んであるあるものを、あっちの城まで運ぶだけの簡単なお仕事さ」
「城? ……ああ、あのドイツから移築したってやつでしょ。あれはあれで美しいがやはり日本の城にはかなわないよね」
僕らはとりあえずバスまで戻る……と、一人、バスの外に立っていた。
明日香ちゃんだ。
「大変です。瑛祐が……弟が戻ってこないんです!」
事情を聞くと、瑛祐君がトイレに行きたいと言い出したらしい。
父親が一緒に行こうとしたら「一人で行く」と言い出して、でも、ちょっと目を離した隙に居なくなってしまったということだ。
「まずいな。もってかれたか?」
丸守さんがボソリとつぶやく。
でも僕は違うことを考えていた。
一瞬でも、トリーが戻ってきたのかな、なんて……ダメだな。
まったく向き合えていない。
「よし、嬢ちゃん。これからおいらとこの頼もしい兄ちゃん達と三人で探してきてあげよう。とりあえずバスの中で待っていな」
でもなぜか、明日香ちゃんはバスに戻ろうとしない。
「……私の責任なんです。私がしっかりしないから……」
丸守さんが明日香ちゃんの目の前で手をひらひらさせるが、明日香ちゃんはそれが見えていない様子。
「まずいな、この子もか……ったく。だから子どもはダメだって言ったのに小沼ちゃん……」
バスのドアが開き、丸守さんは明日香ちゃんを無理やり中へと押し戻した。
丸守さんの声が大きいからかバスの外に居ても話し声が聞こえる。
「えっと、ネイデさんとトワさん、この子が外に出ないよう、二人でしっかりと押さえておいてくださいね。何があっても、です」
眉間にシワを寄せながら降りてきた丸守さんは指を三本立ててため息をつく。
「行方不明は三人。ご両親も探しに行っちゃったそうだよ……おーい、横開けてー」
丸守さんが指示を出すとマイクロバスの側面トランクのドアが開く。
「あー、ここでモメてても時間がもったいない。本当は丑三つ時になる前に終わらせたかったんだけどな」
丸守さんが側面トランクから取り出したのは、中くらいのダンボール箱と、ゴルフバッグが二つ。
ダンボール箱は自分で肩に担ぎ、僕と先生に対しては、ダンボールの横にあったゴルフバッグを指さした。
「二つあるから、一人一つでよろしく……おーい、横閉めといてー」
言われた通り担いでみると、ずっしりと重い。
ゴルフはやったことないしゴルフバッグも初めて持ったけれど、こんな重たいものを担いで長時間歩き回るとか、どんだけハードなスポーツなんだろう。
「ま、丸守さんっ、重すぎやしませんか? これ中身ゴルフクラブじゃないですよね? 何入ってるんですかっ?」
先生が悲鳴を上げる。
そうかそうか。本物のゴルフクラブはここまで重くはないのか。
先生が居なかったら確実に勘違いしていたところだった。
「向こうで開けるから……まあ開けてのお楽しみだ」
そう答えると丸守さんはホラーランド内へは入らず、正面ゲート横の壁沿いに歩き始めた。
「中に入らないんですか?」
「こっちにはね、近道があるんだよ。お城までのね」
しばらく歩くと足元にひんやりとした風を感じるようになる。
この辺は森との境界にあるフェンスもかなり背が高く、右側の高い壁との間が切り立った谷のようにも見える。
雲が出てきているのか月の灯りも薄くなり、本当にこの先へ行っていいものだろうかという不安を踏みつけながら歩き続ける。
やがて正面にもフェンスが設置された行き止まりに着くと、壁に小さなトンネルが掘られているのを見つけた。
一応、トンネルの手前側は車でも曲がりやすいよう角がゆるやかに落とされているが、あのマイクロバスがぎりぎり通れるかどうかという狭さ。
入り口には錆が目立つ鉄柵が設置されている。
柵の足部分にはそれぞれ小さな車輪がついていて、鉄柵自体を横にスライドすれば入り口付近の壁に収納できるようになっている。
そしてこの鉄柵にも、入り口で見たのと同じような太い鎖と大きな金属製の錠前がつけられている。
しかもこっちのはダイヤル式じゃなく、鍵がないと開かないタイプ。
「こっちの鍵は鍵がないと開けられないタイプなんですね」
「敷地内はね、回せるやつはダメなんだ」
何がダメなんだろうと意味を考えているうちに、丸守さんは慣れた手つきで錠前と鎖とを外し、錆びた鉄柵を開けた。
しかも鉄柵を開けきり、その鎖と錠前とで今度は収納された状態で鉄柵を固定している。
「このトンネルは石垣の中を突っ切って掘られているんだねぇ。しかし随分と狭い……壁はコンクリートで固めているのか」
先に一歩中へと踏み込んだ先生に続き、僕もトンネル内へと足を踏み入れる。
不思議と呼吸が深くなる。
「ああ。これ以上広くすると車じゃ通れなくなっちゃうからね。開園当時はここからゾンビハウスとお城とに食料やらなにやらを頻繁に運んでいたから、人力じゃあしんどくてね」
トワさんがハマっていたエレベーターを思い出す。
あのエレベーターを降りたところがこのトンネルにつながっていたのか……あれ?
広くすると通れなくなるって言った?
急に視界が明るくなる。丸守さんがヘッドランプを点けたようだ。
「ヒッ。びっくりしたっ」
先生の甲高い悲鳴がトンネル内に反響した。
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