#18 決意

 このまま追いかけて良いのかと僕はとっさに迷ってしまった。

 さっきは強引にでも僕を連れて行こうとしていたエナガが、あえて僕を置いて行こうとしているのだ。

 それはきっと彼にとって「大切なたった一人」を助けるために、そうする方が良いと判断したからではないだろうか。

 そして彼が助けたい「大切なたった一人」ってもしかして……。


 広場の方で声が大きくなる。

 トワさんを担いだエナガが、ヤツラが集まっている所へ到着したようだ。

 トリーと何か話している様子。

 トリーの後ろに居た連中が何人かやってきてトワさんを受け取っている。

 そんな状況で、僕はこんなところで何をしているんだ。


 細かい打ち合わせなど何もしていない。

 彼はいったい僕に何をさせたいのか。

 逆に、僕にできることってのは何なんだろう……そうだ、鏡!


 リュックの中を慌ててまさぐり手鏡を探す。

 トワさんのバッグがなくなったからさっきよりは探しやすいけれど……なんだこれ邪魔だなって、黄金髑髏か。まだ入ってたのか……じゃなくて手鏡……どこだ?

 向こうの様子も気になってゾンビロードの入り口からチラチラと覗いてしまう。

 エナガがトリーと何か話をしているようだけど……さすがにこの距離だと内容までは聞き取れない。

 おいちょっと待て、トリーがいつの間にか持っているアレ……見覚えある形の手鏡だけど!

 どういうこと……僕は雷に打たれたような衝撃を受ける。

 突然思い出したんだ。あいつの、トリーの手紙……その中の一文を。


『私や、私を知っているという人が鏡を見せようとしても、絶対に見ないで。絶対に。』


 あの手紙には「私や」と書いてあった。

 まさしく今あそこにある状況ってそれじゃないか?


 ……ということは、トリーはあの鏡のことを知っていたってことか?

 そしてあそこに居るトリーは……あの中身はトリーじゃないってことか?

 でもそしたらあのトリーはどこで手鏡を受け取った?

 トワさんがさっき逃げたとき?

 じゃあトワさんが?


 このわずかな数時間で僕は何回、トワさんを疑ったのだろうか。

 僕はそのことを謝らなきゃいけない。

 リュックを地面に置いてチャック全開で中を探した時、あっさりと手鏡は見つかったからだ。

 トワさんがやったのだろう、手鏡に無理やり軍手をカバーとして被せてあって、それで手触りが違っていてわからなかったのだ。

 それとほとんど同時だった。

 忘れかけていた目眩が襲ってきたのは。


 おかしいな。

 あれって確か地面に頭を近づけ……頭……まさか黄金髑髏が?

 試しに髑髏をリュックから出して僕の頭よりも高く掲げてみる……目眩が消えた。

 これって使えないか?

 このホラーランド内では、頭を地面近くに近づけると心霊的なナニカが近寄って来る。

 確証があるわけじゃぁない。

 でも、そういう不可思議な現象に何度もチューニングがあってしまったせいか「そういうこと」が、なんとなく自然と自分の中に入って来やすくなったみたい。


 もう一度、トリー達の方を覗いてみる。

 こっちの手鏡と本当によく似ている。

 ただ、あっちのは白くて、こっちのは黒い。

 色は効果に関係するのかな……いやいや、今はそんな考察している場合じゃない。

 エナガはこっちにも鏡があることをおそらく知らない。

 今思えば、ちゃんと情報共有していれば別の作戦だって立てられたかもしれない。

 とにかく今、あいつはトワさんだけじゃなく、多分だけど自分自身をもヤツラに捧げようとしている。

 でもそれで本当にトリーが返ってくるのか?


 僕は黒手鏡から軍手を外すと背中側にズボンインする。

 取っ手部分を上に向け、いざとなったら西部のガンマンよろしくサッと抜けるように。

 そしてリュックを背負い直してそれを隠す。


 さあ、行くしかない。

 僕は黄金髑髏を持って、ゾンビロードの入り口から猛ダッシュした。


 さすがに距離がある。

 僕が彼らの所にたどり着く前に、トリーの後ろに控えていた数名がわらわらと向かって来る。

 しかもかっこよく登場した割には万年運動不足のデスクワーカークオリティ。

 なんかもうけっこうしんどくなってたりする。

 頑張れ自分。


 ここから見て広場の左側が正面ゲート、右側が血まみれブランコ、奥が魔女のホウキ。

 瑛祐君とネイデさんにはそれぞれ女子が一人ずつついていて、トリーとエナガの所にはがっしりとした体格の金髪男が一人。

 トワさんを抱えているのは眼鏡のオッサン。

 こっちに向かって来るのは三人。ちょいワル風と、頭に布巻いた……鬼畜の菊池か……あとは中学生くらいの女の子、あれは明日香ちゃんだな。


 僕は突然向きを変えて正面ゲートへと走る。

 三人はついて来る。

 ちょいワル風はけっこう腹が出てるし、菊池はトワさんに殴られた頭が痛むのかそんなにスピードが出ていない。

 明日香ちゃんは中一だっけかな、あのくらいの子なら僕がねじ伏せられることもない。

 よし、正面ゲートまでもうすぐだ。

 完全予約制ってだけあって、入場者を一人ずつしか通さないバーが回転するあの邪魔くさいやつもついてないし……うわ。

 急に足がもつれそうになる。

 なんだ?

 目眩?

 黄金髑髏はまだ手に持ったままだぞ?


 振り返ると眼鏡のオッサンがトワさんをちょうど地面に置いたところだった。

 何人かは立ち止まって、無表情のままキョロキョロしている。

 震えているヤツもいる。

 僕以外に対しても効果ありそうだ目眩大作戦、と思った僕に残念なお知らせです。

 一人、そんなのまるで気にしない体でこちらにドスドスと向かってきているのが居る……金髪マッチョだ。

 理由はわからないが、マッチョだけは妙に元気だ。

 トワさんにも勝てない僕があんなのに、絶対負ける自信がある。


 とりあえず正面ゲートを出ちゃおう。

 ここが日本で本当に良かった。

 海外だったら間違いなく銃で撃ってくるヤツいただろうな……って金髪マッチョ早いよ。

 僕は必死に走る。

 ここじゃダメなんだ。

 ここじゃ。


 金髪マッチョに……殴られる前に……なんとか……よし、正面ゲートだっ。

 僕は走る方向を変え、広場から死角になる場所へと向かう。

 すると追いついてきた金髪マッチョもゲートを抜けてこっちを向く。

 そこへ僕は黒手鏡をかかげて、金髪マッチョの顔へと向けた。

 金髪マッチョはすとん、と膝から地面に倒れおちる。

 続けて追いついて来た明日香ちゃんとちょいワルにも、正面ゲートを抜けてこっちを向いた瞬間に鏡。

 彼らは面白いように次々と倒れた。


 これ、実際どういう仕組みになっているんだろう。

 さっきの瑛祐君のお父さんのケースを考えると、中の人は「ヤツラに変わる」とか「元に戻る」とかいうんじゃないような感じもしている。

 そして遅れてきた菊池に……あれ?

 鏡が効かない?


 今、菊池は鏡を見てから「ヤバい」って感じに顔を覆った。

 でも、他の人たちは突然電池が切れたみたいにそのまま地面に倒れたのに、菊池だけはピンピンしていて、顔を隠している手の指の隙間からチラチラとこちらを見ている。

 

 なんだ……僕は何かルールを勘違いしているのか?

 民話や伝説に出てくる便利アイテムだって大抵、何らかの仕様があって、仕様を逸脱した使い方で失敗したりする。

 考えろ……きっと何か「鏡を見ても大丈夫」な抜け道があるはずなんだ。

 こいつはトワさんみたいにスマホの画面越しに見ているわけじゃない……菊池は何かが、この倒れた連中とは違っているんだ。


 うわ。金髪マッチョが動いた。

 まだクラクラ来ているみたいだけど。

 どっちなんだ? 味方か? ヤツラか?


 しかも菊池の中の人、鏡が効かないとわかると動きがだんだん大胆になってきた。

 僕は右手に黒手鏡、左手に黄金髑髏というスタイルで菊池を牽制し続けているが、ここで囲まれたらヤバい。

 とりあえずここは離れよう。

 僕は鏡を再び背中にズボンインすると、黄金髑髏を右手に持ち替えた。

 菊池がトワさんに殴られた場所へ巻いている布、包帯ではないなと思っていたがどうやらTシャツっぽい。

 患部というより頭半分を覆っているせいか菊池の右目もほとんど隠れている。

 でもそれはそっち側が死角ってことだよね。

 僕は菊池から見て右側へ右側へと回り込むように逃げ、なんとか正面ゲートへと無事に戻った。


 正面ゲートを再びくぐった時、何か違和感に気付く……あ、エナガが倒れている。

 間に合わなかったのか?

 他にも倒れている人が……それを確認する間もなく、僕は真横から急に衝撃を受け、地面に押し倒された。


「……ヴヴヴヴヴ……」


 この唸り声……ああ、すっかり忘れてた。

 鹿頭女か。

 しかも頭を打ったのかクラクラ……違う……これは例の目眩だ……ああ、良かった。

 右手に残っている黄金髑髏がちゃんと仕事をしてくれたのか。

 鹿頭女は震え出す……こいつには効いてくれて助かった。


 鏡をこいつにも見せるべく起き上がろうとしたとき、僕はいつもの目眩と様子が違うことに気付いた。

 獣臭さがどんどん濃くなってくる。

 フッ、フッ、フッという息使いもいつもより興奮している様子だ。

 犬の吠える声。

 何かを伝えようとしているのか?


「フギン……ムニン……」


 鹿頭女が突然、呪文のような言葉を発した。

 心なしか僕から遠ざかっている気がする。

 僕から?

 鹿頭女の視線の先を追うと、僕ではなく僕の右手の……黄金髑髏か。

 そして僕も発見する。

 二匹の巨大な犬のような影が、月明かりの照らすアスファルトに動いている所を。

 犬は髑髏に向かって吠えている。

 声も息遣いも聞こえて、それに合わせて地面を犬の影がせわしなく動きまわる……けれど、その影の主であるはずの犬の姿だけがない。

 まるでプロジェクションマッピングみたいな地面の影。


 金髪マッチョや菊池たちも正面ゲートまで戻ってきたが、鹿頭女同様近寄っては来ない。

 こいつら、この犬の影を知っているのか?

 僕にはその時、彼らが皆、この犬の影に怯えているように感じた。

 犬に怯えて……そうか。

 僕はどこかで見たことがある、こうやって震える人を。

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