ランク最下位の俺が月に追放されましたが、地球の文明が疫病で崩壊して相対的にランクがトップになりました。

@rakugohanakosan

第1話プロローグ

 いきなり『お前のランクは最下位だ』なんて言われて生身の体からゴーレムに意識を転送されて、『テラフォーミングして来い』と月に飛ばされた時はなんて理不尽なんだと思ったが……


 これが実に快適なんだなあ。わずらわしい人づきあいもしなくていいし、ゴーレムだから食事や呼吸の心配もする必要がない。


 超古代文明のズームアイのおかげで月面からでも地球の様子は路地裏の隅っこまでよく見えるから、ひまつぶしにも事欠かない。


 今にして思えば地球でせせこましく他人とわちゃわちゃしてるよりもこっちのほうがずっと俺にあっている。


 そう考えると俺のランクを最下位だとしたのも適切な評価だったかな……なんて寛大なことを思っていたら地球のやつらにはきっちり天罰が下されたのだから世の中はうまくできている。


 俺が月に転送されてからしばらくすると、地球全体に疫病が蔓延して文明が崩壊したんだからな。


 高度なテクノロジーもミクロなウイルスの前には無力だった。


 なんの生産性もない球ころ遊びの才能がたまたまあっただけで巨万の富を不当に得ていたスポーツマンがあっという間にランクを急降下させていく様子は実に愉快だった。


 ウイルスの感染を防ぐために観客を集められなくなったから、チケット代で稼ぐことはできなくなった。無観客試合でも収入を得ようと配信や投げ銭でなんとかしようと試行錯誤していたみたいだが、肝心の試合をしている最中に選手同士で観戦してしまうような事態になってはどうしようもない。


 選手の年棒は大幅カット。スポンサーも撤退。数年契約での年俸を当てにしてマイホームのローンを組んでいた選手が二年後、三年後の年俸が払われなくなり持ち家を手放すシーンは涙なしでは見られなかった。もちろんうれし涙だが。


 たった数十分の試合で法外な報酬を得ていた選手が大道芸人に身を落とし、『右や左の旦那様』なんて物乞いをする姿はまさしく最高のエンターテイメントだった。スポーツ選手を見てあんなにいい気分になったことはない。


 ちょっと見た目がよろしいだけで周囲にちやほやされて、芸能なんて浮き草家業で羽振りのいい人生を周りにひけらかしていた人間があっという間に周りから手のひらを返されるのもこっけいだった。


 なにせ、ウイルスに人類が敗北したのだ。歌や踊りなんて何の腹の足しにならないもので生活費が稼げるわけがない。


 かといって、芸能界なんて狂った金銭感覚がはびこってる世界で生きて来た人間が一般社会で生きていけるはずもない。


 知名度が下手にある分、余計に一般大衆の不満のはけ口になって迫害の対象になった。自分の人生を見世物にしてくれるんだから鑑賞者である俺にとってはありがたいことこのうえない。


 なんて二つの例を挙げたが、必死にウイルスに立ち向かう立派な人間も大勢いた。その努力もむなしく全世界の文明は崩壊したのだが……


 俺みたいにゴーレムになればいいものの、魂の同一性だのクオリアだの言いだして人格を移植させようとする人間は一人もいなかった。俺のことはゴーレムにしたくせに。


 かと言って、人類が滅びたわけではない。文明が崩壊して原始的な生活に戻っただけで人類はたくましく生きていた。面白いものでそれから数千年もすると再度文明が発達していった。


 とはいっても、世界各地に残された超古代文明の痕跡を『あんなものは科学で合理的に説明がつくよ。オーパーツだなんてありがたがって超古代文明なんてものを論ずるのはナンセンスでしかないね』なんて言葉で片づける程度の低い文明にまでしか発展していないが……


 しかしまあ、火の鳥なんてものの生き血を飲まされたせいで不老不死になってしまった人間が人類滅亡を目の当たりにした上に新しくナメクジが文明を発展させて滅亡させるなんて漫画ができる程度には文明が成熟していったのでこれはこれでと楽しく見物させてもらっていたのだが……


 またウイルスで人類が滅亡だなんて大騒ぎになってしまった。新しく文明を発展させた人類と言っても、超古代文明の生き残りである俺にしてみればどいつもこいつもお猿さんみたいなものだ。


 そいつらが白や黒や黄色で騒ぎあっているのを俺が見ている感覚は、いま地球で『自分たちは万物の霊長でござい』なんて威張っている現生人がチンパンジーとボノボとゴリラが争い合っているのを見る感覚に近いのかもしれない。


 となると、そんな低レベルな争いをしている人間に少しばかりの介入を雲の上の存在としてしたくなるのも人情だ。


 案外のところ、自分たち現生地球人を超越した存在をまざまざと認識させられることで一致団結するかもしれない。


 それが、俺への嫌悪による敵対心か畏怖による信仰心になっていくかはわからないが。


 まあ、超古代文明では最下位とランク付けされた俺だが……いま地球上で騒いでいる愚かなる人間とで比較したら俺がトップになってしまうのは考えるまでもない。


 俺が生身の人間だったころはいろんなシミュレーションゲームがあったが、それを月面から眺めながらリアルに地球で行うのも悪くはない。




 


 

 

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