第17話 自ら口にした毒リンゴの味 ②

「この部屋で取材を受けていただきます。では、中にどうぞ」


 そう言うと、新聞部の深町先輩はとある教室の扉を開けてくれた。案内してくれた深町先輩に軽く会釈をしながら、室内に入る。どうやら普段は空き教室のようで、真ん中あたりに椅子が二つ並んでいて、向き合うように机が二組並んで置かれている。さらには照明も設置されていて、なんだか本格的で驚いてしまう。


「そちらの椅子に座ってもらえますか?」


 室内には赤坂先輩もいて、促されるように並んで椅子に座る。そして、赤坂先輩ともう一人先輩の男子が正面の席に座った。


「改めまして新聞部の赤坂です。C組のアンケートを担当したので覚えておられるかもしれません。そして、隣にいるのが新聞部の部長の荘野しょうのです。他にも、カメラを構えているのも新聞部の部員になります」


 紹介された荘野先輩たちは軽く頭を下げるので、つられて頭を下げてしまう。正面に視線を戻すと今度は荘野先輩が軽く咳払いをして話し始める。


「毎年の企画とはいえ、新入生の君たちにとっては突然のアンケートや取材に協力してくれることをまずは感謝します。アンケートの際にも説明したと思いますが、今回の取材を元に書いた記事は、ゴールデンウィーク中に特集記事として、学校新聞のウェブ版で配信させてもらいます。そのために録音や撮影をさせてもらいますがいいですか?」

「はい、大丈夫ですよ」


 シイナが凛とした声で返事をすると、赤坂先輩はシイナに見惚みとれているようだった。荘野先輩やカメラを構えている男子部員、案内をしてくれた深町先輩の視線は逆に俺の方に集まっている気がして、もしかしてバレたかもと気になってしまい、伏し目がちになってしまう。


「それでは始めますね。カメラを意識せずにリラックスしていきましょうか。では、まずは自己紹介をお願いしてもいいですか?」


 赤坂先輩はできるだけ柔らかい口調で仕切り始める。


「はい。僕は椎名ヒロで、こっちは白崎ユキさんです」


 そうシイナが淡々と答え、その慣れた感じに荘野先輩含め全員が少し驚いたという表情を浮かべる。


「二人はクラスメイトから『白雪姫と王子様』と呼ばれているそうですね?」

「はい。入学式のあと、教室に戻る途中に階段から落ちたユキさんを僕が助けたのがきっかけですね。そのときたまたまユキさんをお姫様抱っこしてしまったことと、ユキさんの苗字と名前の頭文字の白とユキから白雪姫と呼ばれるようになったみたいです」

「では、椎名君が王子と呼ばれているのは?」

「それは――」


 シイナが言葉に詰まる。さすがに自分で説明するのは気恥ずかしさやもろもろあるのだろう。


「それはヒロ君が昔から背が高くて、優しく、かっこよかったからと聞いています」


 そうフォローをしてシイナに視線をやると、ふいに目が合い、「助かったよ」とでも言いたげな表情と視線を送ってくる。


「そうですか、ありがとうございます」


 赤坂先輩は手元の紙に目を落としながら続ける。


「それでは、お二人は圧倒的な支持率で選ばれたわけですが、そのことについてどう思いますか?」

「僕は選ばれると思っていなかったので、ありがたいことだと思っています。でも、ユキさんはこの見た目ですし、みんなから好かれるような人なので納得だと思っています」


 シイナの言葉になんだか恥ずかしくなってしまい、視線を自分の足に落としてしまう。そして、スカートということが気になり、必要以上に内またになってしまう。


「そうですか。では、白崎さんは?」

「えっ?」


 一瞬だけ集中が途切れてしまい、話が順番でこっちにくるというのが頭から抜け落ちていた。すぐに頭の回転をリスタートさせる。


「すいません。選ばれたことについてですよね。私も選ばれると思っていなかったので、私なんかでいいのかなという驚きもありました。ヒロ君については、票数通りで納得の結果だと思います。中身も見た目も今まで出会った人の中では抜けてますからね」


 そう答え終えると、シイナのことを飾らずに話せるというこの場が嬉しく思えた。ももの上に置いていた手を重ね合わせると、緊張でずっと冷えていた指先がいつのまにか温かくなってきた気がする。


「二人はとても仲がいいように見えるんだけれど、どういう関係なのかな?」


 突然、荘野先輩が赤坂先輩の隣から質問を挟んでくる。突然のことで俺もシイナも固まってしまう。さっきまで淡々とテンポよく答えが返ってきていたのに、今回はそうでないことに荘野先輩は何かを勘ぐったのか、「二人はもしかして付き合ってるの?」と口にする。


「そんな付き合うとか、私は――」


 シイナが急な質問で焦ったのか、一人称がブレている。そのことで俺は冷静になり、とっさにシイナの服の袖を指先で軽く数度引っ張る。シイナはハッと俺の方に顔を向け、表情から焦りが抜けていくのが見て取れた。


「すいません、私たちは高校で知り合ったばかりで仲がいい方ですが、期待されているような関係ではありません。そういうことを聞いて、記事にして楽しむような取材というならば、もう切り上げてもらってもいいでしょうか? それと私たちの取材はなかったことにしてもらえますか?」


 あえて強い言葉を使って、荘野先輩に真っ直ぐに視線を向けると、先輩は分かりやすくしまったという表情を浮かべる。ここで機嫌を損ねて、毎年の企画に穴を開けるのはさすがに嫌なのだろう。それを証明するかのように、赤坂先輩は思わず立ち上がり「それは困ります」と慌て始める。


「ごめんなさい、白崎さん、椎名君。先輩も謝ってください! 早く」


 赤坂先輩はすごい剣幕で荘野先輩に文句を言っている。荘野先輩も「すまなかった。口が滑ったとはいえ不用意だったよ」と頭を下げる。


「本当にごめんなさいね。きっと先輩には二人がお似合いに見えたんだよ。白崎さんは同じ女子の私から見てもすごいかわいくて綺麗だし、椎名君はとてもかっこいいしで、そんな二人が自然に支え合っているように見えたから」


 赤坂先輩が必死になって言葉を並べ立てる。その圧にはどこかクラスの女子と似たようなものを感じる。きっとこの短い時間で『白雪姫と王子』の信奉者になってしまったのかもしれない。


「分かりました。私も一年生なのに先輩たちについ生意気言ってしまい、すいません」


 そう頭を下げると、「頭を上げてください」と赤坂先輩の焦る声が聞こえた。それを聞きながら、ふいに右目に違和感を感じてしまい、数度瞬きをすると目尻から涙がこぼれてきた。きっと慣れないアイメイクで化粧品の成分か何かが目に入ったのかもしれない。

 仕方がないので化粧を崩さないように目尻を押さえながら顔を上げると、全員の視線が俺に集まってくる。


「白崎さん……」


 そう呟く赤坂先輩の表情は何かを勝手に感じ取ったのか、分かるよと言いたげに数度頷いている。そして、男性陣は俺の方を見ながらそわそわと落ち着かない表情を浮かべている。それを見て、女の涙の破壊力というものを不本意ながら実感してしまった。

 その中でシイナだけが正しく俺の涙の理由を分かってくれ、ポケットからハンカチを取り出して、そっと目元にあてがってくれた。おかげで少しは楽になり、ハンカチを返して、前を向くと何やら空気がおかしく思えた。ぼんやりとこっちを見ているといった雰囲気に戸惑いを覚えつつ、さっきまで場を仕切っていた赤坂先輩にすっと視線をやる。しばらく見つめていると、ハッと我に返ったのか、咳払いをして、場の空気を引き締め直す。


「それでは取材を続けますね。それでは――」


 それから高校生になってがんばりたいこと、北高に入学して思ったことなど質問を受け、それにシイナは模範解答に近い答えを返していくので、俺はそこにもう少しだけ色をつけ、聞き手を楽しませる方に意識をシフトさせた。


「それではこのたびの取材は以上になります。長い時間お付き合いいただき、ありがとうございました。最後に二人の並んだ立ち姿を撮らせていただいてもよろしいですか?」

「ええ、もちろんです」


 シイナが先に返事をし、隣で小さく頷いて見せる。それから椅子をどけてその場で数枚写真を撮られ、ちょっとしたサービス精神を込めて、シイナの腕にそっと触れる。その瞬間、カメラのシャッターが落ちる音が連続で聞こえ、きっと勝手にいい方に解釈してくれるんだろうなと確信に似たものを感じる。


「それでは、今日は本当にありがとうございました」


 赤坂先輩がそう口にし、軽く頭を下げると、同じようにその場にいた新聞部部員からねぎらいの言葉となぜか拍手まで受けながら、その場を後にした。

 教室を出る間際、赤坂先輩に「白崎さん、今日はなんだか辛い思いをさせたみたいですいません」と謝られ、その理由に思い当たるものはないが察しはついたので、できるだけ自然な笑顔で、「気にしないでください。それにこういうの初めてだったので緊張はしましたが楽しかったですし」と、口にすると、赤坂先輩はキュッと唇を噛み、目を潤ませながらこちらを真っ直ぐに見つめてきた。


「赤坂先輩のおかげで途中助けられましたし、ありがとうございました」


 と、小さく頭を下げると、突然赤坂先輩に手を握られ、「こっちこそありがとう。白崎さんたちのこと、絶対にいい記事にしますので期待していてくださいね」と言われ、あんまりがんばられすぎても困るので、「はい、でも、無理はしないでくださいね」とオブラートに包むまでにしておいた。


 それから廊下にまで出てきた新聞部の部員に見送られながら教室に戻っていると、シイナが小声で、


「結局、私が女で、シロ君が男だなんて気づかれなかったね」


 と、口にする。そのことで何とも言えない疲労感というものを感じ、よろめいてしまう。それをシイナが抱きとめてくれて、そのまま支えられるようにして歩いた。

 教室に戻ってくると、クラスメイトが心配そうに駆け寄ってきた。


「どうだった?」


 誰かのその言葉に、「不思議とうまくいったんじゃないかな」と返すと、教室内は盛り上がった。

 その盛り上がりの中をすり抜けて、渡瀬のところまで行き、椅子に座り込んだ。


「なあ、渡瀬。もう疲れたから、化粧落としていいか?」

「うん。お疲れ様。ユキちゃん」


 渡瀬はそう言うと名残惜しそうに化粧を落とし始めてくれた――。

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