第14話 追い詰めてくる新たな毒リンゴ ③

 一時間目の授業を終え、休憩時間に入るやいなや、俺とシイナの席の周りに人だかりができた。

 原因は分かっている。授業前に行われたアンケートだ。


「姫と王子なら納得の結果だよね」

「そうそう。二人なら選ばれても文句はないよね」

「一年C組は二人抜きには語れないもんねー」

「がんばってくれよ、二人とも」


 そう口々に勝手な言葉が飛び交っている。だいたいが冷やかし込みだろうがあそこまで票が固まると思ってなかった。

 椅子の背もたれに力なく体重を預けると、


「どんまい、シロ」


 そう佑二が肩に手を置きながら声を掛けてきた。顔を上げると、隣には吉野もいて、二人の表情はにやけているので、この状況を楽しんでいるのだろう。


「椎名さんは大丈夫?」


 渡瀬がシイナの机の正面から声を掛けていて、シイナは「私は大丈夫だよ」と返事をしているが、それが本心かは声だけでは読み取れない。


「それで佑二と吉野は誰に入れたんだ?」

「俺は椎名さんとシロだよ。もちろんかわいい方がシロな」

「俺も同じ。よかったな、白崎。得票率九割の圧倒的大勝利じゃないか」

「お前らなー」


 二人のにやけ面を見ながら、とてつもない疲労感を感じていると、誰かがぼそりと呟いた。


「かっこいい方が女子でかわいい方が男子ってことはさ、取材受けるときは二人は女装と男装でもするのかな」


 その言葉はやいやい騒がしいなかでも不思議とその場の全員の耳に届く。そして、一瞬だけ静まった後に、


「それ、いいね!」

「誰か二人に制服貸してあげろよな」

「私、姫にメイクしたい」


 と、また口々に盛り上がり始める。


「で、姫はどうするの? かわいくメイクして、女子の制服着るの?」


 女子の誰かが俺に確認するような言葉を投げかけ、俺のリアクション待ちか視線と注意が集まり、静まりかえった教室には謎の緊張感が広がっていく。


「俺より、シイナはどうなんだよ? さすがにお前でも男装は――」


 俺の声に振り向いたシイナの表情を見て、悟ってしまう。優しくて、周りの期待に応えることを優先させるシイナは引き受けるつもりだ。そもそも断るという選択肢はシイナにはないのだろう。

 それほどにシイナの表情には分厚い『王子』の仮面が貼り付き、口元は笑みをたくわえ、涼やかで凛とした表情をしている。俺にはどこか冷たさを感じてしまうそんな表情。


「私はシロ君がいいならいいよ。シロ君と一緒なら私はなんでもするよ」


 そのシイナの肯定の言葉は教室をドッと沸かせる。それと同時に俺の逃げ道は完全にふさがれる。

 佑二と渡瀬の表情がいつの間にか硬くなっている。きっと俺と同じようにどこか嫌な予感を感じているのかもしれない。そんな俺たち三人の表情を読んだのか吉野も表情を引き締め息をんでいる。

 今ならがんばれば逃げ出すことも、断ることはできるかもしれない。そのことでクラスから顰蹙ひんしゅくを買い、クラスにできつつある協調性や仲間意識というのものに逆行することになって、結果的に孤立することになるかもしれない。

 そして、俺とシイナはこうなってしまっては運命共同体で――。

 おそらく俺が嫌だと言っても、シイナは一人であろうと引き受けて淡々と王子様としての仮面を厚くしていくのだろう。それはきっとシイナを孤独にする。

 はっと我に返り、思わず笑みがこぼれそうになる。どんなに思考を巡らせようとも、最初から答えがでていた。俺に覚悟が足りなかっただけだ。


 だから、俺は覚悟を決める――。


 建前なんてシイナを孤独にしないためだけで十分過ぎるほどだ。

 ふっと息を吐いて、佑二と渡瀬の二人に目配せをする。それだけできっと二人は俺のやることに協力してくれるはずだ。その証拠に二人は小さく頷いている。それを確認して、すっと立ち上がり、クラスの注目を一身に集める。


「分かった。俺とシイナはC組の代表だ! みんなの希望通り、俺は『姫』として、シイナは『王子』として、完璧にこなしてやる! それで他のクラスの誰よりも目立ってやるぜ!」


 そう宣言すると、クラスが「おおぉぉぉ!!!!」と盛り上がる。それを手で制して、場の流れに乗じて提案をする。この状況で『姫』で代表でもある俺の言葉には、ある程度みんな従ってくれるだろうという算段はあった。


「渡瀬、メイク道具あるよな? あと、去年使ったウィッグも」

「もちろん」

「じゃあ、俺のメイクはお前に任せるからな」

「任せて。あと、背丈あんまり変わらないし、ユキちゃんには私の制服を貸してあげるよ。絶対、去年を超える美少女にしてみせるから」

「頼むな。で、シイナ。お前身長いくつだ?」


 シイナは今どういう状況なのか理解が追い付いてないようで呆気に取られているようだった。そして、聞かれたから答えるという反射に近い反応で、「179だよ」と口にする。それを聞いて、佑二に目配せをする。


「じゃあ、男子で椎名さんより高いのは智也くらいだし、お前が制服貸してやれよ、いいよな?」


 そう言いつつ、吉野をそっと肘で小突く。吉野は戸惑いつつも、


「ああ、そうだな。俺のなんかでいいなら使ってくれよ」


 と、口にする。不自然なほどにスムーズに話が進んでいるはずなのに、クラスの熱気は上がる一方だ。それもそのはずで、今まで『姫』と呼ばれることにすら難色を示していたその当事者が旗を振っているということで、誰も異論や疑問を抱く前に雰囲気にのまれてしまう。これも一種の同調圧力のようなもので。


「決まりだな。じゃあ、他に何か必要なものとか出てきたら、今みたいに誰かにお願いするかもしれない。そのときはみんなよろしくな」


 半ばヤケになっていた。だけれども、それを悟られないように精一杯の自然な笑顔を振りまく。俺の言葉にクラスは協力ムード一色になる。

 教室内に気勢きせいが上がるなか、それを強制終了させるチャイムが学校に鳴り響いた。席の周りにできていた人だかりが名残惜しそうに散っていく。そのなかで誰にも聞かれないように小声でシイナに、


「勝手に色々やってごめんな。悪いけど俺と一緒に恥をかいてくれ」


 そう呟くと、シイナはぷっと噴き出し、顔に赤みが差したように思えた。シイナは柔らかな表情を浮かべながら、


「シロ君と一緒ならいいよ」


 さっきと同じ言葉なのに、気持ちの込め方が全く違う言葉が返ってくる。


「頼むぜ、シイナ」

「うん」


 俺とシイナは、一年C組の『姫』と『王子』としての地位を確固たるものにし、次のステージにと進もうとしていた。

 そして、シイナが王子の仮面を外し、椎名央子として振る舞える環境を作ってあげたいと思い、こんな状況になってしまったからこそ逆にできる“とあること”を思いついたけれども、今はまだそれを実行に移すには勇気も自信も俺には足りていなかった――。

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