第13話 追い詰めてくる新たな毒リンゴ ②
「おはよーっす、シロ」
「おはよう、白崎」
渡瀬とシイナに甘いものを作るという約束をさせられた直後、佑二と吉野が疲れた表情を浮かべながら、声を掛けてきた。二人ともシャツのボタンを上から三つくらいまで緩めて、暑そうにしている。
「おはよう、二人は朝練終わり?」
「まあね。シロはなんというか、うん。
佑二は、楽しそうな表情を浮かべている渡瀬と俺にいつものように抱きついているシイナの二人を見ながら、なんとも言えない表情を浮かべる。本当に羨ましいと思ってるわけではないだろう。どちらかといえば、今の状況を見て、俺が楽しいよりも何か面倒ごとに巻き込まれている可能性が高いと判断したのだろう。だからこそ、佑二は口元がにやけているわけで。
「じゃあ、代わるか、佑二?」
「まさか。二人はシロが目当てだろ? 俺には荷が重すぎるよ」
「何言ってんのよ、中田! アホじゃないの?」
渡瀬はとっさに声をあげ、シイナはふっと抱きついていた手を
そのとき予鈴のチャイムが鳴り響き、それを合図に教室に入って行った。
朝のホームルームでさっと出欠確認をし、連絡事項が手早く伝えられる。そして、担任から、
「これからみんなには新聞部のアンケートに協力してほしい。長引いた場合は一時間目の授業も使っていいことになってるから安心してもらってかまわない」
と、言うと「入ってきてくれ」と教室の外にいる人を呼び入れ、担任は入れ替わるように教室から出て行った。入ってきたのは眼鏡をかけた女子だった。
その女子は教壇に持っていた紙の束を置き、軽く一礼をすると、さっと教室を見回した。
「一年C組のみなさん、新聞部二年の
赤坂先輩は黒板にチョークで『私のクラスのかっこいい/かわいい投票!!』と大きく書いた。
そのことに教室内にはざわっとどよめいた。
「これからみなさんには無記名投票で、クラスのかっこいい、かわいいと思うクラスメイトを一人ずつ書いてもらいたいのです」
そう説明されて、クラスの誰かが「それで選ばれた人は何かあるんですか?」と当然の疑問を口にする。
「えっと、選ばれた方にはクラスの顔として、まずは新聞部の取材を受けてもらいます。そして、特集記事をゴールデンウィーク中に学校新聞のウェブ版で配信します。それと文化祭のミスコン、ミスターコンテストの優先出場権を得ることができます。文化祭のミスコンやミスターコンテストで優勝すると特典があります。その特典については聞いたことがある人もいるかもしれません」
どよめきの続く中でまた誰かが「その特典ってなんなんですか?」と声をあげる。知らない人もいるのは当たり前だ。俺は先輩から聞いたことがあり、なんとなくは知っている。
「優勝者は一つだけお願いを口にすることができます。例えば、過去にその特典で、制服の適度な着崩しがオッケーになりました。朝礼や式典がない日はブレザーを無理に着なくてもいいというやつです。それ以外にもセーターや靴下など学校指定の物でないとならないという規定が撤廃されたり、期間限定で学食で大盛りメニューが出されるということもありました。特典を使い壇上から告白したなんてこともあったそうです」
そこまで口にして、赤坂先輩は呼吸を整えるように一つ大きく息を吐く。
「まあ、そういうのは全部建前と言うかついでで、自分のクラスのかっこいい子、かわいい子をクラス単位で自慢し合おうよっていう企画です」
そう柔らかな笑みを浮かべながら言うと、クラスに張りつめていた緊張がふっと
「そして、このイベントをきっかけに一年生と私たち上級生が仲良くなるきっかけを作ろうっていうのが目的で、記事が出た後に上級生たちが来ると思いますが、気にせずフランクに接してもらってかまいません」
そう言うと、アンケート用紙が配られる。用紙には、黒板に書かれたものと同じ、『私のクラスのかっこいい/かわいい投票』と一番上にプリントされていて、かっこいい人、かわいい人を一人ずつ書くスペースが設けられている。
そのアンケートを実際に目にして、誰に入れようかと少し困ってしまう。
かっこいい人と言われて、最初に浮かんだのはすぐ前の席のシイナだった。佑二もそこに名前が挙げられてもいいような見た目だと思うが、それ以上にシイナが圧倒的すぎるのだ。シイナは見た目も性格も実際にクラスの男子の誰よりもかっこいいのだからそれ以外の選択肢はないに等しかった。だけれど、シイナは本心ではそういう扱いを望んでいないはずで。ここは無回答にしておこう。
かわいい方は悩ましい。クラス内を見渡して、パッと目についたのはまずは渡瀬だ。本人はやや釣り目なのを気にしているみたいで、俺のたれ目が羨ましいと何度かこぼしていたが、フラットな目線で見るとその釣り目なところも含めて綺麗な子という印象を受ける。他には本郷だろうか。本郷は化粧も髪のセットもしっかりして、こなれているという感じの目立つタイプの女子だ。
だけど、俺がクラスで実際にかわいいと思った女子は一人で――。
全員がアンケートに記入を終えると、二つ折りにして、教壇に用意している紙袋に列ごとに集めて、入れていく。その場で雑に紙袋何度か振った後に、「これからこの場で集計を始めます」と口にして、紙袋からランダムで一枚ずつ取り出しながら、集計をしていく。
クラスはどこかそわそわとした空気に包まれる。それを他人事のようにぼんやり眺めていてると、五分もかからずに集計は終わる。
一年C組は全部で三十人。その代表が決まるのだ。
「まずはかっこいい人部門の結果発表です!」
赤坂先輩は黒板の左側に大きく『王子(オウジ) 21票』と書いた。きっとカタカナや漢字で投票されたのをまとめたのだろう。
「一位は王子さんで、なんと過半数の二十一票を集めました。大人気ですね! 残念ながら、一位になれなかったですが、他にも二人票が入っていますのでこれもついでに発表させてもらいます」
そういうと、さっきの王子の下に『椎名 6』『白崎 1』『無回答 2』と書かれる。自分の名前があることに驚いたが、それ以上にシイナはほぼ満場一致での選出ということに驚愕する。まさかここまで女の子であるシイナが票を集めるとは思っていなかった。
その結果を見た隣の席の大竹が、
「先輩、王子と椎名さんは同一人物ですよ」
と、口にすると、赤坂先輩は「そうなんですか?」と驚き、他のクラスメイトを見回すと、何人か頷いていて大竹の言葉が間違ってないことを裏付ける。それを見て、赤坂先輩は手元の票数を書き直しているようだった。
「じゃあ、椎名さんは二十七票という圧倒的大差で選出ということになりますね。おめでとうございます」
赤坂先輩が拍手をするとクラス中から拍手が巻き起こり、それが落ち着いたころ合いで、
「それではかわいい人部門の発表もしますね。もしかしたら、これも票数ずれているのかもしれないので、二位以下も一気に発表していきます」
赤坂先輩は黒板に向かうと、今度は右側にまず大きく『姫(ヒメ) 22票』、ついで下に『白崎 5』『渡瀬 1』『椎名 1』『無回答 1』と書いていく。俺はその嫌がらせかとも思ってしまうほどの結果に言葉を失う。意味が分からなかった、というより、理解したくなかった。
「先輩、今度は姫と白崎が同じ人ですよ」
誰かがそう訂正を促す声をあげる。赤坂先輩は「そうなんですね、分かりました」と手元で再度書き直しているようだった。
「ということは、このクラスは圧倒的な支持率で王子こと椎名さんと、姫こと白崎さんが選ばれました。二人はクラスで『王子』と『姫』と言われてるのですか?」
赤坂先輩の確認と疑問をはらんだ言葉に、
「そうですよ、先輩。うちのクラスの自慢の『白雪姫と王子』です!」
と、江田が声をあげると、どこからともなく納得の頷きと拍手が巻き起こる。
「それはなんとも興味深いですね。それでは選ばれた二人には、そのあたりのことを踏まえて、後日取材をさせてもらいます。それではみなさん、協力ありがとうございました」
赤坂先輩はそう口にすると深々と頭を下げ、荷物をまとめて教室から出て行った。それと入れ替わるように一時間目の授業の担当の先生が入ってきて、余韻が消えぬまま授業が始まった――。
しかし、自分に向けられているように感じられる視線やニヤついた表情は、自意識過剰の被害妄想ですましていいのだろうか。
クラスレベルで『姫』扱いされるのはまだ我慢できる。『アイドル』という属性がついたことも身から出た
しかし、それを学校全体に対して発信するというのだ。
そのことに異を唱えようと思っても、嫌だと抵抗したくても、赤坂先輩がいるうちに俺もシイナも自分の性別や抗議を言い出せなかった時点で、受け入れたと同じことなのだろう。
それが恥ずかしさや驚きから言葉が出なかったり、クラスのほぼ総意という同調圧力に飲まれたとしてもだ。
こうして俺とシイナは一年C組の顔になることに決まってしまった――。
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