第5話 魔女の過去
ミエダは自分の過去を語りだした。なんだか、絵本でも読んで聞かせるかのような口調だ。
「この世界には人間と魔族が存在してる。そして今まで争いあってきた」
「ああ、そうだな」
「昔、ある国が魔族の脅威から逃れるために、当時の魔王に一人の聖女を引き渡した」
「何?」
「魔王は聖女を気に入って娶り、その国への侵攻を止めた」
「そんな話は初耳だが?」
「魔王の名は『ディハルト』。聖女の名は『ミヨダ・ボリャ』」
「聞いたことのない名前だな。魔王も聖女も……え?ボリャって、もしかして……」
「そうよ。魔王ディハルトと聖女ミヨダの間に生まれた子供が私なの」
「なんだって!? じゃあお前は魔王の娘なのか!?」
「ええ。人間との混血だけどね」
マジか、なんてこった! 目の前の少女が魔王の娘だなんて!? とんでもない事態になっちまった。勇者の息子の俺が魔王の娘に出会うなんて、何てことだ! ……いやでも、大昔の魔王だから気にすることないか? だが、奇妙な運命な気もする。それにしても人間との混血だって? 普通の人間にしか見えないぞ? しかも美人だし。
「ふふ、私の見た目ってさ、魔王の娘って感じじゃないでしょ?」
「……ああ、正直信じられないな、魔族と人間の間に子供ができるなんて。見た目は人間の女の子にしか見えないし」
「そうね。実際、私の魔力は魔族のものでも体は人間のものとして生まれたの」
「……父親の力と母親の血肉をもらって生まれたってわけか」
「理解が早くて助かるわ」
「それをどう証明する? お前の言葉以外に?」
「意地悪なこと言うのね。こんな封印をされてるのが証明じゃない?」
「……お前の存在が危険だったからか? 殺せないくらいに?」
「魔王を父親に持つんだからその力は強大でしょう?」
「…………」
俺は正直、その言葉に同意することができない。それどころか少し腹が立つ。父親が強ければその子も強いなんてことが当たり前なはずがない。そうだとしたら何故おれはこんなところにいるのか。まあ、魔族と人間の違いかもしれないが。
「どうしたの? 急に黙って?」
「! ……話を続けてくれ」
「私は父が治める魔界で生まれ育ち母と共に暮らしていたわ。父も魔王の仕事の合間に会いに来てくれたわ。父も母も仲が良くて、私を大切にしてくれたわ」
「え? もしかして魔王と聖女が夫婦になって愛し合ってたのか? 魔族の王と人間の聖女なのに!?」
「まあ、最初はそこまでの仲じゃなかったけど、私が生まれた頃にはすっかり打ち解けてたそうよ」
「そんな二人の子供のお前はどうしてここに? 何があったんだ?」
「母との関係が良好になった父は人間と魔族の共存を考えるようになったの、母と私のために。それが悲劇の始まりだった」
「人間と魔族の共存!? そんなことを魔王の方からが考えただって!?」
「大半の魔族には大反対されたわ。人間とは争いあってきた歴史があるもの。いくら魔王の言葉といえども、そんな考えは受け入れがたかったの。人間側もそうでしょ?」
「……そうだな」
魔族と人間の共存か……。そんな考えが魔界であったなんて、しかも魔王から始まった? そんなことは難しいというか不可能に近いじゃないか? 俺は魔族は見たことないけど、本や学園の先生から人間とはかけ離れた姿をしていること、言葉は通じるが人間と憎しみあってきた種族だってことは知ってる。今はともかく、過去の時代でそんな連中と共存なんて……
「私の父を許せないと思った当時の将軍『ガルケイド』が反乱を起こし、父を殺した。そして異端分子として私と母を殺そうとしたの。父が死に際に転移魔法で逃がしてくれたおかげで助かったけどね」
「…………お前たちはその後どうなったんだ?」
「転移先が母の故郷の国だったの。母は国に助けてもらおうとしたんだけど……それが間違いだった」
「……国は助けなっかたんだな」
「ええ。その国の王様は話を聞いて私たちを危険視したわ。国を守るために魔王にその身をささげたのに、そんな母を人類の裏切り者だの魔王の子を産んだ魔女だと罵った。……挙句の果ては私達は災いをもたらすものとして処刑を決めた。そして母は私を庇って……私の目の前で殺された」
「なっ!! そんな!?」
「ただでさえ父を失った悲しみをひきずっていた私は、悲しみと怒りに身を任せて力を思いっきり振るった。母を殺した者たちを許せなかったから」
「強大な力がお前にはあった……」
「復讐はできたわ。母を殺した騎士もそれを命じた王も殺したわ。私の周りには母の亡骸以外何もなかった、いいえ、何もかも消えていたわ」
「何もって……国もか?」
「ええ。焼野原ならあったわ」
「……!? マジか……」
やっぱり、ミエダはとんでもない力の持ち主だった。ミエダのことは少し怖くなったがそれ以上に可哀そうになってきた。人間側と魔族側にも親を殺されるなんて、自分で『可哀そうな女の子』なんて言うのも理解できる。
「自分の力を自覚した私は父の復讐をしようと思ったわ。でもその前に母のお墓を作ろうと思って見晴らしがいい場所を探したの。それがあなたが言うグオーラム山の頂上にね」
「グオーラム山の頂上に? 一人で登ったのか? いや、魔法を使えば大丈夫か」
「? 普通に登ったけど、どうして魔法がいるの?」
「……ええー?」
グオーラム山は確か世界で二番目に高い山なんだけど。それを人一人分背負って一人で登る? しかも魔法がいらない? 運動力も体力もヤバすぎなんですけど……
「母を埋葬して山を下りた直後に大勢の魔族が待ち構えていたわ。どうやら人間の国を亡ぼしたのが私だと知られたみたいでね。そこには新たな魔王となったガルケイドもいた」
「そうか! その時に!」
「そうよ、そこで封印されたのよ。国一つ亡ぼせるお前は危険すぎる、いずれ魔族に災いをもたらす魔女になるから封印するって……殺そうとしなかったのは、ガルケイド達でも私を殺すのは難しいと思ったんでしょうね」
「将軍だった魔族でも? 魔王を殺せるようなやつなのに?」
「国一つ亡ぼせる力なんて父にもなかったわ。恐れられて当然よ。ご丁寧に私が山を登ってる間に最高レベルの封印を使ったみたい。そしてより残酷なやつをね」
「残酷って……どんな?」
「封印されてる間は意識があっても、殺さない限り死なない、魔法を使えない、飢えることも老いることも自殺もできないのよ。暗い中で身動き駅無くて退屈だったわ」
「そんな!」
「それだけじゃなく、封印ごと私を山の中にあったダンジョンの奥に閉じ込めたの」
「な! なんだよそれ!?」
こんな場所に、暗くて動けなくてしかも一人っきり? 何年も? そんな封印を施されただって? 両親を失った後でこんな仕打ちをされるなんて……
「いくらなんでもひどすぎるだろ! なんでそんな! なんでだよ!? なんでそこまでされなくちゃいけないんだよ!? 女の子なのに!」
「私のために怒ってくれるのは嬉しいけどある意味当然よ。私は国をまるごと亡ぼせるのよ。魔王でもできないことができる時点で危険視されるわ。それに私の存在が魔界で反乱がおきるきっかけになった、魔族側からしたら許せないと思われたんでしょう」
「なんで当の本人がそんな冷静に語れるんだよ!? 封印した奴らが憎くないのか!?」
「もちろん憎んだわ。冷静に答えられるのはね、それだけの年月が過ぎたってことよ。憎しみさえも不要に感じられるくらいに、無駄だしね」
「…………」
俺は絶句するしかなかった。親を殺された憎しみさえも失うほどの時間を過ごすなんて。いや、ミエダは狂ってしまったんじゃないだろうか絶望のあまりに。なんて話だ。あれ? 俺、今泣いてるのか? どうして? 会ったばかりのミエダのために?
「ありがとうゼクト。私のために泣いてくれて」
ミエダは俺に優しく微笑んだ。その美しい顔は魔女と呼ばれていい女の顔なんかじゃない。俺はそう思った。
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