第2話 少女
「あれから……どれだけ経ったんだろう……。どうしてこうなったのかな……?」
私は何度そう思っただろう、口にしてもどうにもならないことを。私はいつ思わなくなったんだろう、こんな運命を恨み憎むことを。呪われた過去は変わらない。私はすでに絶望しきって、どんな希望も見出せない、この暗闇の中で向き合うことすらできないのだから。
この私『ミエダ・ボリャ』は魔女と呼ばれた。そんな私は、魔族を束ねる魔王『ディハルト』と人間の聖女『ミヨダ・ボリャ』との間に生まれた。何故、魔王と聖女の間に子供ができたのかというと、魔王の父が母の母国『ファンム王国』を、軍を率いて攻めたころから始まる。父、魔王ディハルトは、歴代の魔王のように人間と戦っていた。ファンム王国はそのまま戦っていれば、3っつ目に滅ぼす国だった。その国が聖女を差し出さなければ。
ある時、ファンム王国は父に停戦を持ち掛けた。停戦の見返りは、人間の英雄にして聖女を差し出すというもの。つまり、私の母ミヨダ・ボリャを生贄にしたのだ。父は、母を一目見て気に入り、喜んで王国を攻めるのを止めて、魔界に帰った。そして父は、差し出された母を生贄として食べずに、妻として娶った。
父と母の生活は大きく変わった。魔界の魔王の部屋で、娶られてしまった母は、祖国を守るために魔王の妻として父の望むままにされた。いつもベッドの上で過ごしていた。母は女性として、屈辱的でつらい思いをしながらもすべて受け入れた。父は欲望のままに母を弄んだ、ただ楽しむためだけに。母は心の中で魔王の父を軽蔑し、父は母を嘲笑っていた。当時の二人の間には愛は無かったはずだった。少なくとも、最初の頃は。
二人の関係が変わり始めるきっかけが起こった。夫婦になって一年が過ぎた頃に、母の体に変化が起こった。お腹が大きく膨らんで、妊娠したのだ。つまり、私が母のお腹にできたのだ。それを知った父と母は動揺した。仮にも、人間と魔族の関係だった二人の間に子供ができたのだ。人間と魔族の間に子ができる、人間と魔族の間で生殖ができる前例など、当時は無かったのだ。私たち親子が最初の前例になったけどね。
この時、父と母は子供について真剣に話し合った。その結果、母の強い要望で、私を産むということになった。そう決まった時から、二人の生活はまた大きく変わった。父は母を気遣い、無理をさせないために、魔王の妻としてとても大切にするようになった。母も父の変化に動揺しながらも、父を自分の夫として見直すようになった。そして、魔王としての職務を真面目に全うする父の姿を見て、初めて男性として尊敬の念を抱いた。
やがて、私が産まれた。父と同じ黒髪と赤い目をした人間の姿の女の子として。その頃には、父と母はとても仲良くなっていた、私の生まれる前の関係が想像できないほどに。二人は親として、私を深く愛してくれた。母はいつも私のそばにいてくれて、父は魔王の職務の合間に会いに来てくれた。私の素性から友達は一切できなかったけど、幸せだったな。反乱がおこる前は。
私が大きく育っていく様子を見ていた父は、私たち親子のために、人間との共存を考えるようになっていた。当時の私はよく分からなかったけど、母はなんだか複雑そうな顔だったことは覚えてる。何でか聞いてみた私は初めて父と母の種族間の関係を知った、人間と魔族が争いあってきたことも。私は父の考えに賛同した。母と同じように。
しかし、父の考えは大半の魔族には受け入れられなかった。父も母も簡単には受け入れられないことは予想していた。だけど、反乱は予想外だった。父のことを嫌っていた反対派の筆頭の将軍『ガルケイド』 が中心になって、父に反旗を翻した。ガルケイドは父に次ぐ実力者だった。そんな男と大勢の魔族に反乱を起こされた父は敗北した。私と母も追い詰められたけど、父は死ぬ寸前に転移魔法で私たちを逃がしてくれた。私が最後に見た父の姿は、胸を剣で貫かれていた……私達に笑顔を見せながら……。
私と母が悲しみ中で、転移された場所は母の祖国だった。そこで母は私のために祖国に助けを求めた、魔族の追手から逃れるために。だけどそれは叶わなかった。詳しい話を聞いたファンム王国の王は、母を人類の裏切り者で魔王の子を産んだ魔女だと言って、災いをもたらすものとして私たちの処刑を決めた。母のおかげで魔族の脅威から逃れられたにもかかわらず。私たち親子はここでも追い詰められた。そして母は私を庇って……私の目の前で殺されちゃった……何で、どうして?
……私はそれが……許せなかった……何でよ?……私は……私達ハ……親子デ……暮らしテ……幸せダッタ……ソウ思ってた……オモッテタノニ!!
ただでさえ父を失った悲しみをひきずっていた私は、母まで失った悲しみと怒りで、暴走した。父親譲りの強大な魔力で、得意分野の魔法を思いっきり振るった。母を殺した者たちをどうしても許せなかった。気が付くと復讐は終わってた。母を殺した騎士も、それを命じた王も殺した。私の周りには母の亡骸以外何も何もかも消えていた。国一つ焼け野原に変えてしまった。
私は初めて自分の力を自覚した、父の復讐も可能だと思えるほどの力を。でもその前に母のお墓を作ろうと思って見晴らしがいい場所を探した。大きな山を見つけた私は、その頂上に母の墓を作ろうと思って、そのまま母を背負って登った。冷たくなっていく母を背負って……。
頂上に着いて母を埋葬した私は、山から下りたんだけど、そこで新たな魔王になったガルケイドと魔族達が待ち構えていた。「国一つ亡ぼせるお前は危険すぎる、いずれ魔族に災いをもたらす魔女になるだろう」と言って私を封印した。どうも私が登ってる間に最高レベルの封印術を仕掛けられていたみたい。封印されてる間は意識があって殺さない限り死なない、魔法を使えない、飢えることも老いることも自殺もできない、そんな残酷な封印をね。
抵抗する間もなく、あっという間に封印された私は、封印ごと山の中にあったダンジョンの奥に閉じ込めた。私は封印を解こうと思ったけど、最高レベルの封印を相手に何もできなかった。真っ暗闇の中で私は悲しみ怒り、憤り、悔しがり憎んだ。父を殺した魔族を、母を殺した人間を、そのきっかけを作ってしまった私自身を。でもそう思い続けてもどうにもならない。長い時間、闇の中にとらわれ続けた私は、誰かに助けてもらう希望もすっかり薄れ、誰かを憎む気持ちも失った。そういう思いも無駄だと思ったから……。
私の時間はここで止まったままだ。もう動き出すことはない。そう思っていた時に……。
「はははははは! 笑え! 笑えよ! はははははは!」
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