ReGuLus-Zodiac Weapon’s-

緋崎水那

〝獅子〟の剣

〝獅子〟の剣/1

 中心都市ホロスコープ。

 多民族と多言語が行き交うため、大陸共通標準エスペラントなる独自言語を誕生させ、それを他大陸にも公用語として定着させたことから〝世界の長〟と称され、それぞれが独立した文化、文明を確立した十二の星区ノヴァ――十二星区ホロスコープス・ノヴァが円形に広がる近未来都市。


 その都市のほぼ南東に位置する星区――第五星区フィフス・ノヴァネメアリオン。


 かつて日夜、闘士たちが闘技場コロッセオで真剣勝負を繰り広げ、富裕層たちがその勝敗に熱くなった町――『闘士の町』と呼ばれていた。だが時代の流れと富裕層たちが高度機械文明の発展に金をつぎ込み始めたことから、闘技場は閉鎖。建物だけがかつての面影を残している。闘士を生業としていた者たちは職を失い、生活苦を強いられるようになる。

 やがて彼らは互いに寄り添い合って住むようになり、その場所を富裕層たちは侮蔑の意味合いを込めて〝貧民街スラムと呼び、自分たちが住む場所を〝富裕街プルト〟と名づけた。使用されることがなくなった闘技場は富裕街と貧民街の境界線の役割を果たすこととなったのである。


 その貧民街にある教会の前で緊張している男がいた。


 茶髪に翡翠の瞳。背は高く、引き締まった腕。白いTシャツに黒ベストと同色のパンツ。左右の手には皮手袋。

 彼は扉を開けようと取っ手に手を伸ばすが、指がかかる寸前でためらい、ため息をつく。

 この扉の前でそれを繰り返すこと、何度目だろう。自分が情けない。

 大きく息を吸い込む。


(……よし!)


 意を決し、男はようやく扉に手をかけ、教会へと入った。

 突然の来訪者に、遊んでいた四人の子どもたちの視線が一斉に注がれる。

しかし、男が知る二人の姿はない。

「やあ、遊んでいるところを邪魔してわるいね」

 声をかける。だが、背が二フィクスト(この世界での長さの単位。現実のメートルに相当)弱ある男の迫力は、子どもにとって恐怖でしかない。女の子二人と小さな男の子はひどく怯えている。だが、ただ一人――そばかすの男の子が勇敢にも他の子どもたちをかばうようにして、自分の前に立ちはだかった。

「おじさん、だれ?」

(お、おじさん!?)

 男は現在、二十七歳。年齢を鑑みても、子どもから「おじさん」と呼ばれるのはしかたない。だとしても、いざ呼ばれるとたまったものではなかった。

 男はわざとらしく咳払いをした後、屈んだ。目線を合わせ、すこしでも彼らの恐怖心と警戒心を和らげるために。そして名乗る。

「俺はアーロウ・ケンタウロ。レグルスとセレンの知り合いだ」

「……なんの用?」

「二人に会いに来たんだ。――いるかな?」

 男の子はアーロウに背を向け、後ろにいる子どもたちとひそひそ話をし始めてしまった。


(……まいった)


 アーロウはため息をもらす。まさか、こんなに警戒されるとは思わなかった。だが考えてみれば、彼らの行動は当然である。ここは貧民街。うかつに他人を信用すると、痛い目に遭うということを学んでいるのだろう。

 男の子が再び、アーロウに向き直る。

「話は終わったかな?」

 それとなく訊くものの、内心はびくびくしていた。

「うそだ!」

「う、うそ?」

 男の子の叫びにアーロウは目を丸くした。


「知り合いを装って、おじさんもセレンに『ぷろぽーず』しに来たんだろ!」


(おいおい……)

 子どもの発想力、侮るなかれ。

 しかし言われてみれば、そういうことがあっても、おかしくはない。

 アーロウの記憶の中にある妹分は、まだ可愛らしい少女でしかない。だが記憶違いでなければ、彼女はすでに十九歳の誕生日を迎えているはず。十年という年月は少女を女性に変容させるには充分すぎる歳月である。さぞ美しくなっていることだろう。

 そんな妹分の姿を想像してしまい、思わず頬が緩む。が、それがいけなかった。

「やっぱり! セレンに『ぷろぽーず』しに来たんだな!」

「ち、ちがう! ご、誤解だ!」

 慌てて否定するが、そばかすの男の子は聞く耳を持たない。

「セレンはおじさんにも、シャムライアンにも渡さないぞ!」

(なぜ、第五星長フィフス・ノヴァヘッドの名が……?)

 考えている暇はなかった。

「みんな、かかれぇ!」

と男の子が威勢のいい号令をかけたその時だ。


「なにやってんだ! ちびたち」


 教会の奥にある左側――居住スペースへと続く扉が開き、三人の若者が出てきた。

 男の子を制止し、先頭に立ってこちらに向かってくるのは、光り輝く蜂蜜金髪ハニーブロンドと澄んだ青空を思わせる瞳を持ち、まだ幼さを残しつつも、その顔つきは凛々しい。黒のタンクトップの上に長袖を肘までまくし上げた五分丈の濃い緑のジャケット、灰色のズボンと黒の革靴を履く青年だった。

 すかさず、そばかすの男の子は青年に言う。


「レグルス! このおじさん、セレンに『ぷろぽーず』しに来たんだ!」


「は?」

 きょとん、とする青年。彼こそ、アーロウが会いにきた人物。

 彼の弟分であるレグルス・レオンハルトだ。

(この子たちの面倒を見ているのか)

 驚いた。かつては自分の役目だったことを、今は弟分がやっていることに。

(成長したな)

 感慨にふけるのも、つかの間。彼の後ろにいる女性が目に入った。


 菫色すみれいろの髪と瞳。


 アーロウの記憶の中にある彼女と重ね合せ、その面影を見出す。

(ああ、ずいぶんと見ない間に……)

 肩まで伸びている髪に銀のヘアピン。銀の杖を模した飾りがついたチョーカー。白いワンピースにレザーベスト。両手首には腕輪をしている。

(綺麗になったな、セレン)

 その美しさに思わず、惚けた。彼女をじっと見る。

「もしかして――」

 セレンが口を開く。


「――アーロウ兄さま?」


 しかし、それもつかの間。


「――こんの、くそアニキが!」


 アーロウは飛んできた弟分の拳をとっさに受け止める。

 レグルスの突然の行動にセレンと少年は唖然とし、子どもたちはそんな彼の怒鳴り声にすくみあがり、身を寄せ合う。

「いきなり、なにをするんだ」

 ひとまず受け止めた拳を下ろさせたが、今度は胸倉を掴まれる。

「突然、俺たちの前から姿を消して! 十年間、連絡ひとつも寄越さなかったのに……! いまさら、なにしに帰ってきたんだよ!」

 とし、アーロウは目を伏せた。

「……すまない」

 ようやく出たのは、謝罪の言葉。レグルスの手を取り、やんわりと胸倉から外す。

「なんでも屋『獅子ししぼし』に頼みがあるんだ」

「引き受けねえ!」

 依頼内容を伝える間もなく、即座に拒否された。

「おれたちの前から消えろ!」

 レグルスはそう吐き捨て、教会の左奥にある部屋――居住スペースへと行ってしまう。

 扉が乱暴に閉められた音に、子どもたちは反射的に目をつぶった。すっかり怯えている。

「……やっぱり許せないか」

 当然だな、とアーロウは自嘲の笑みを浮かべた。

「いいえ」

 セレンは横に首を振り、否定する。

「ほんとうは、帰ってきてくれて嬉しいの」

 セレンが尋ねる。

「どうしますか?」

「……待たせてもらってもいいか?」

「待っても無駄かもしれませんよ?」

 ほんのすこし意地悪く言うセレンに対し、

「あいつなら、引き受けてくれるさ」

 アーロウは断言した。その声は揺るぎない。

 セレンが微笑む。つられて、アーロウも笑んだ。


(――帰ってきて、よかった)


 そう思う反面、レグルスをどうしたらいいものかと考えた。

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