05.09.嵐の夜に

 今日は朝から強い雨が降っていて、日付が変わる頃には台風が最接近するみたいだ。


 「じゃあ、行ってくるからあななたちも気をつけてね。とおるちゃん、伊織いおりの御飯お願いね」


 「それは任されちゃうけど、こんな日ぐらい休んだ方がいいんじゃないかなあ。夕方から電車止まるって言ってたよ?」


 「そうだよ。帰って来れないかも知れないよ?」


 「そうもいかないんだよ。外せない打ち合わせが有ってな。最悪は……、そうだな、そのまま会社に泊まりか。だからって、間違い起こすなよ、とおる


 「間違いって……、その場合、妊娠するのは僕なんだけど?」


 「そうか、ならいいのか」


 いいのかよ、バカ親父……


 「あらあら、この若さでお婆ちゃんになっちゃうのかしら、私。とおるちゃんと凜愛姫りあらの赤ちゃんかあ、可愛いんだろうなあー」


 「もう、お母さんまでバカな事言わないでくれるかな。私、そんなつもりないし……」


 「やっぱりダメだ。とおるが出産だんなんて、考えただけで頭がおかしくなりそうだ」


 「はいはい。精々凜愛姫りあらを襲わないように心掛けとくから、とっとと行っちゃいなよ、父さん」


 「お母さんは応援してるわよっ、凜愛姫りあら


 「だから、そんなつもりは……、もう、行ってらっしゃい」


 という感じで両親を送り出し、暴風警報が発令されたため休校となった僕達は、期末試験に向けて一緒に勉強することにした。

 リビングに並んで座り、時々触れ合う肩。雷の音にドキドキしてるのか、凜愛姫りあらにドキドキしてるのか、段々判らなくなってきた。


 あの日、凜愛姫りあらにプレゼントを渡したけど、お互いにどう思ってるかは伝えあっていない。

 何となくなんだけど、お互いに思い合ってるんじゃないかって感じてはいるんだけど。だって……


    永遠に変わらない愛を約束する


 凜愛姫りあらは知ってたんだもん。知ってて僕に……


 事前の予想、というか予定なのかな。夕方には電車が止まったけど、未だ帰宅してない両親。


 『やっぱり帰れなくなっちゃったみたい。という事で、頑張ってね、凜愛姫りあら


 「もう、お母さんったら……」


 電話の声、全部聞こえちゃってるから反応に困るんだけどな……


 台風の最接近に伴い、建物の間を抜ける風が唸り声をあげ、閉じたシャッターもガタガタと音を立て始める。


 「とおる、大丈夫かなあ」


 絵的には女の子にしがみついてるイケメンなんだけど、まあ、これは仕方ないか。


 「大丈夫だって。確かに風は強いけど、この辺りは直撃じゃないし台風の左側だから」


 「でも、家、揺れてるよ?」


 確かに、風が吹く度に家が揺れてちょっと怖い。


 「こうやって衝撃を逃してるんじゃないかなぁ、たぶん」


 「そう。とおるが言うなら大丈夫なのかな」


 あっ……


 「……」


 「あはは、電気、消えちゃったね」


 真っ暗闇で風が唸り、家が揺れる。僕もちょっと怖くなってきたかも。

 でも、凜愛姫りあらに抱きしめられてるからちょっと幸せ。


 「とおる、一緒に寝よ?」


 「う、うん、怖いよね凜愛姫りあら


 もう、義母かあさんが変なこと言うから意識しちゃうじゃないかぁ。それに誕生日の事もあるし……

 でも、こんなに震えてる凜愛姫りあらに一人で寝てなんて言えないもん。


 「暗くて何も出来ないから、寝よっか」


 「うん」


 そして僕は今、ベッドの中で背中に凜愛姫りあらの温もりを感じている。

 怖がって抱きついてくる凜愛姫りあらは全く遠慮することがなく、というか、余裕がないんだろうけど。向かい合わせというのは恥ずかしいというか、興奮して眠れそうにないので妥協案ということで、背中に張り付いてもらってるんだけど、これでも眠れそうにないかも。


 「ごめんね、とおる


 「気にしなくていいよ。僕もこうしてた方が安心だし」


 「うん、私も。ありがと、とおる


 いつしか凜愛姫りあらが寝息を立て始め、やがて僕も意識を手放した。


    ◇◇◇


 気がついたときには、もう明るくなり始めてたけど、何だか息苦しい。これは……凜愛姫りあらの手。そう、僕は今、凜愛姫りあらに抱きしめられているのだ。


 「とおる……」


 「おはよう、凜愛姫りあら。ちょっと苦しいんだけどさ」


 「……」


 「ちょっ、凜愛姫りあら


 無言で足を絡めてくる。


 「とおる……一緒に……」


 「一緒に?」


 「……」


 何、凜愛姫りあら……、何する気?


 「とおる……」


 「な、何?」


 「……」


 凜愛姫りあらは僕と……


 『とおるちゃんと凜愛姫りあらの赤ちゃんかあ、可愛いだろうなあー』


 義母かあさん、ちょっと煩い。


 『とおるが出産だんなんて、考えただけで頭がおかしくなりそうだ』


 黙れ、バカ親父。二人とも僕の脳内で勝手なこと言わないでよ。


 「えっ、そんな、凜愛姫りあらっ」


 凜愛姫りあらが覆いかぶさってきた。


 「とおる……、あれっ、私何をっ……。ごめんね、とおる。でも、何でこんな事……」


 状況が理解できてない……のか。無意識だったのかな。


 「ごめんね、とおる


 「気にしなくていいってば。僕も……」


 「とおるも?」


 「なんでもない。さあ、朝ゴハンにしよっか」

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