03.09勘違いの末に

 糞っ、終わらない。このままじゃ納期までに終わらないぞ。徹夜も覚悟する必要があるな。

 姫神ひめがみは……、ふん、寝てるのか。この所毎日こうだ。

 偶然手に入れた姫神ひめがみ太原たはら部長の密会現場を押さえた写真。実際には仕様調整の打ち合わせなんだろうが、こうして見ると、只のパパ活にしか見えないぞ。この写真のお陰で噂が広まりつつ有る。

 会長も動き出したみたいで、姫神ひめがみは連日会長の尋問を受けているとか。どうだ、プログラムを書く時間などあるまい。

 この勝負、俺の勝ちだ。


    ◇◇◇


 『ああ、その件ならだいぶ前にとおるちゃんが納品してくれてるから、もう必要無いわよ? とおるちゃんから聞いてないの? 同じ学校だっていうからてっきり……。そうだ、正清まさきよ君との打ち合わせなんだけど、暫く無しでいいかなあ。お願いしようとしてた案件もあったんだけど、とおるちゃんが全部受けてくれるっていうからお願いすることにしたの。じゃあ、今とおるちゃんと打ち合わせしてるからもう切るね』


 納期より少し遅れてしまったが、漸く完成した。それを井川いかわさんに報告しようと思ったのだが……

 俺は無駄に徹夜させられてたというのか、あの女に。

 しかも、俺から井川いかわさんとの逢引の機会を奪うとは……


 いや、待てよ……

 火神かがみとの恋路を邪魔し、今こうして井川いかわさんとの恋路をも邪魔しようとしている。

 ……そうか、そうだったのか。だったら素直にそう言えば良いものを。

 嫌いではないぞ、お前のその容姿。その容姿なら元は男だったってことも無いんだろうしな。

 セフレ募集の件も、中木なかぎに対する嫌がらせの件も、全ては亀島かめしま猿田さるた御竿みさおによる陰謀だった事が示された。姫神ひめがみはそんな奴じゃ無いんだ。まあ、俺は解っていたんだが。


 それより……

 俺は何ということをしてしまったんだ。俺を慕ってくれている女になんということを……

 急いで撤回せねば。この際、俺の勘違いだったって事でいい。お前の為に泥を被ってやろうじゃないか。


    ◇◇◇


 「姫神ひめがみ、ちょっといいか」


 「うげっ、火無ひのない……、勝負の事なら僕の勝ちだと思うけど?」


 「そうだな。まあ、そんな事はどうでもいいんだ。ちなみに、俺は正清まさきよなんだが」


 そうか。俺の名を呼ぶのを恥じらって……、だから火無ひのないなんて呼んでたのか、こいつは……


 「じゃあ、お前の仕事を奪ったことか? だったら謝るつもりは無いから。お前の所為であんな思いを」


 ああそうだとも。俺の所為で辛い思いをさせてしまったな。


 「全部俺が悪かった。済まない」


 「……やけに素直だな。なんか気持ち悪いんだけど」


 解っているぞ。照れ隠しなんだろう。でも、もういいんだ。お前の気持ちは解った。さあ、飛び込んでこい、この胸に。

 俺は両手を広げ、姫神ひめがみを迎える。


 「愛してるぞ、姫神ひめがみ


 「キモッ……」


 「人目を気にする必要はない。自分の気持に素直になるんだ。さあ……」


 一歩、姫神ひめがみの方へと踏み出す。

 姫神ひめがみは……、一歩後ずさるだと?

 もう一歩踏み出す。すると姫神ひめがみも更に後ずさるではないか。そうか、人気のない所へ誘導しようというのだな。いいだろう、応じようじゃないか。この恥ずかしがりやさんめっ。

 俺は一歩、また一歩と姫神ひめがみに迫る。まるで追い込んでいるような錯覚に陥るが、そうではない。これは姫神ひめがみが誘導しているのだ。これは姫神ひめがみの意思……


 「正清まさきよさん、何をしているんだい?」


 武神たけがみだ。何故か頬を引きつらせているが……、そうか、嫉妬というやつか。


 「見苦しいぞ、武神たけがみ姫神ひめがみの事は諦めろ。こいつは俺が幸せにしてみせる」


 「何を言っているんだ君は……」


 青筋まで立てやがって、そんなにこの女の事が……、だが悪いな、武神たけがみ


 「とおるさんが嫌がってるのが解らないのか」


 「何を言っている、これはただの照れ隠しで……」


 言われてみれば姫神ひめがみが怯えているようにも見えなく無いが……

 ああ、こんな表情までもが可愛く見える。

 だから、更に一歩、踏み出した。


 「貴様、とおるさんに何をっ!」


 ほんの一瞬だが、俺の体は重力から開放された。世界が回転し……、何回転したんだろうか。気づけば天井が見えていた。

 水色のストライプ……

 姫神ひめがみ、無防備すぎるぞ。俺の前だけにしとけ……よ……な……


    ……

    ……

    ……

    ……

    ……


 「黒のTバック……」


 「はぁ、私のパンツで興奮できるんなら大丈夫だろう。さっさと起きな」


 「水色のストライプはどうした」


 「最低だな、君は。とおるさんなら帰ったよ」


 「たーけーがーみー、お前もやり過ぎだぞ」


 「済みません、ついカッとなってしまい」


 このハイヒールは保健の――


 「うがぁ」


 「いつまで見てるつもりだ」


 「やめろ、顔を、ぐぉ、踏むな」


 「しかし、校内で堂々とスカート捲りとはなぁ。今時小学生でもやらんぞ。まあ、処分は覚悟しとくんだな」


 「俺が……、スカート捲りだと?」


 「自分で言ってたろ、水色のストライプってやつだよ」


 あれは単なる偶然で……

 何だ、周りの目が冷ややかだ。やったのか、俺が……、姫神ひめがみのスカートを……


 「見損なったよ、正清まさきよさん」


 武神たけがみ、そんな目で俺を見るな。俺は何もしてない……よな……

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