03.10.その時が来るまで

 「とおるさんも次から次へと大変ですわね」


 「そうなんだよ、水無みな。何でこうなっちゃったのかな……」


 最近、火無ひのないが気持ち悪い。前から気持ち悪かったんだけど、最近は輪をかけて気持ち悪くなった。仕事を奪ったことへの腹いせなんだろうか。


    『思い知らせてやる。どっちが優秀なのか』


 別にそんな安い挑発に乗ったわけじゃない。凜愛姫りあらに不愉快な思いをさせた仕返しに奪ってやっただけだ……

 まあ、八つ当たりだったのは認めるよ。実際、僕を拘束したのは火無ひのないじゃなくて会長だったんだしさ。

 でもそれも最初だけで、事情を話したら、『だったらここでそのコーディングとやらをするといいわ』って言ってくれて、井川いかわさんからの依頼はあっさり片付けることが出来たんだった。会長も僕の顔をじーっと見てただけで邪魔はしてこなかったし。

 あっ、その事怒ってる? 井川いかわさんに『彼にはとおるちゃんから伝えてくれる』って言われてたから、知らずに完成させたんだってね、納期過ぎてたみたいだけど。


 それにしてもだよ、スカート捲りとか頭おかしいんじゃないの?

 いや、スカート捲りで済んだだけで良かったんだと思う。武神たけがみさんが居なかったら何されてたのか。考えただけで悪寒が走るよ。元々僕のこと嫌ってたくせに。


    『愛してるぞ、姫神ひめがみ


 ううう、思い出したくもない。気持ち悪い。


 「大丈夫かい? とおるさん」


 「うん、思い出したら吐き気がしてきただけ」


 「暫く彼の行動を注視しておくことにするよ」


 「ありがとう武神たけがみさん。……そういえば、今更だけど話って何だったの?」


 「話?」


 「ほら、2体裏で倒れちゃった時。結局あのまま何も聞いてないんだけどさ」


 「それは……、今は良いんだ。あの時の事は忘れて欲しい」


 忘れちゃったのかな?


 「そっか。じゃあ、思い出したら何時でも言ってね」


 「あ、ああ。そうさせてもらうよ」


 忘れちゃうぐらいだから大した話でも無いんだろうな。だったら態々呼び出さなくても良かったのに。


 「伊織いおり?」


 「えっ、何?」


 「どうかした?」


 「別に、何でも無い……」


 火無ひのないに発注される予定だった仕事も全部奪ってやったんだよね。

 そしたら凜愛姫りあらと出かける時間が無くなっちゃって、こんな感じでちょっと様子がおかしいんだ、凜愛姫りあら


 「じゃあ、私はそろそろ帰るから」


 「待って、僕も一緒に帰るから」


 「会長はもういいいの?」


 「うん。解決したからね。何故か火無ひのないの勘違いって事になって。どうせあいつが流した噂なんだろうけどさ」


    ◇◇◇


 「久しぶりだね、こうして二人で帰るの」


 「うん。ごめん、僕がむきになってた所為で」


 途中で武神たけがみさん達と別れ、今は二人で電車の中。


 「ねえ、手……繋ごっか」


 「いいの?」


 「うん。繋ぎたいの」


 差し出された手をそっと握る。電車の中にはうちの高校の生徒もいて、いつもは嫌がってたのに。今日は凜愛姫りあらから繋ぎたいだなんて。


 「そうじゃなくて……、こう……」


 凜愛姫りあらが繋ぎ直したのは恋人繋ぎってやつだ。僕の指と凜愛姫りあらの指が絡み合って、顔が熱くなってくる。鼓動も早くなって……、凜愛姫りあらに聞かれちゃいそうだよ。


 「ドキドキするね」


 凜愛姫りあらもドキドキ……


 「でもこうしてると安心する。とおると一緒に居ると」


 「(うん。凜愛姫りあらと一緒に居ると)」


 「とおるはどうするの? もしも、元に戻れなかったら」


 「どうするって?」


 「結婚……とか」


 結婚って……、だいぶ先の話しだと思うんだけど、まあ、恋愛の延長だと思えば……


 「僕はしない……かな」


 「えっ?」


 「だって、男と結婚するとか想像したくも無いもん。かといって、女の子とってのもねぇ。こんな体なんだし、その人だって元々男だったかもしれないなんて考えたら……無理かな」


 「そっか……。とおるがしないなら、私もしない……かな」


 「じゃあ、ずっと一緒に居られるねっ! 兄妹なんだもん」


 「あ……、そうだね。ずっと一緒に居られるんだ……」


 このまま戻らなければずっと一緒に居られる。それは嬉しい。嬉しいんだけど……


 「でも、僕は元に戻りたい。戻って……」


 凜愛姫りあらに告白したい。告白して、できれば恋人同士になりたいんだ。凜愛姫りあらがOKしてくれるか判らないんだけどね。

 それに、僕だけ戻ってもね……

 そのときは兄弟として一緒にいればいいんだけどさ。


 「戻って……どうするの?」


 「内緒っ」


 「そこまで言って、ずるいよ。気になるじゃない」


 本人目の前に言えるわけ無いじゃん。それに、ちゃんと戻ってから言いたいんだから。


 「そういう凜愛姫りあらは? 戻ったらどうするの?」


 「私は……、戻りたいなんて言ってないじゃない」


 「戻りたくないんだ」


 「そんなことないけど……、じゃなくて、とおるの事話してるんだから。ねえ、戻ってどうするの?」


 「内緒だってば」


 その時が来るまでね。

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