02.19.私が守るから

 午後には雨も止み、夜にはキャンプファイヤーが予定されている。火を囲んで踊ったりして、ちょっとしたパーティーって感じかな。

 皆んなはその準備で忙しそうだけど、私はこうしてとおると一緒に居る。


 宿泊所に戻った後、とおるは眠ってしまった。宿泊所までは自分で歩けてたから、大丈夫だと思うんだけど、心配だからとおるの側に居ることにした。こうして手を握って。

 唇の色も戻ってきたし、頬もほんのりピンク色になってきてる。手だって温かい。だから、大丈夫だよね、とおる


 「凜愛姫りあら……」


 もう、さっきからずっと。その度に私のてをぎゅーってにぎって……


 「ねえ、とおる、寝てるの?」


 返事はない。どんな夢見てるんだろう。

 水無みなさんから何となく聞いたんだけど、とおるは私の為にこんなことを……

 我慢の限界なんかじゃなくて、私の為に……


 「私、とおるの事……」


 目を開こうとしないとおる。その唇がとっても可愛くて……、吸い寄せられそうで……

 とおる……


 「そろそろ目が冷めましたか?」


 み、水無みなさんっ。武神たけがみさんも。

 いきなりドアが開いて驚いたんだけど、なんか水無みなさんの視線が……


 「えっ、あの、これは違う、というか、そう、腫れが引いたか確認しようと思っただけで……」


 「そうですわよね。姉弟ですものね。キス、しようとなんて、ね?」


 「も、勿論。そんな事するわけないし、例え義理・・兄妹きょうだいでも、しないよキ、キスなんて」


 「安心しましたわ。それで、とおるさんは?」


 「まだ起きないんだけど」


 「そろそろキャンプファイヤーが始まるんだが」


 「私がついてるから、水無みなさんと武神たけがみさんは楽しんできて」


 「でも……」


 じとーっと見つめてくるんだけど……


 「しないから。何もしないから」


 「凜愛姫りあら……」


 「あら、またその名前。よっぽど大切な方なんでしょうね」


 そう、なのかな。そうだといいんだけど……


 「誰なんだい? 女性のようだけど」


 「さあ、伊織いおりさんに似ているのかしらね」


 あれ、目を……開けて……、私の事見てる……


 「とおる……」


 「僕の事はいいから、水無みなさん達と行ってきて。折角の――」


 「折角のパーティなんだから楽しまないと、ね!」


 「うわあ、ちょっと」


 握ったままの手を引っ張ってとおるを無理やり起こす。


 「僕はもうちょっと寝てたいから、それにまだフラフラしてるし」


 いいんだ、これでいいんだ。多少強引にしないととおるは動かないから。


 「フラフラするなら私が支えてあげる……。何? 泣いてるの、とおる


 「(うん、また凜愛姫りあらに逢えたから)」


 そう耳元で囁かれた。またって……。凜愛姫りあらにって……


 「(とおるだって別人だったじゃない。貴方、そんな性格じゃなかったでしょ?)」


 「(それは、凜愛姫りあらに言われたから)」


 「(私に?)」


 「(うん。今みたいに。覚えてないの? 初めて逢った日のこと)」


 「(覚えてるけど……)」


 「(中学でも頑張ってみたんだけどね、今更って感じで何も変わらなかったんだよ。寧ろ酷くなったかな。だから高校生になったらって。僕の事を知ってる人が居ない所にいったらって。でも結局こんなことになっちゃった。ごめんね、凜愛姫りあら、僕には無理なんだ。何処に行っても嫌われるようにできてるんだよ)」


 とおるが中学でクラスメイトに無視されていたってのは聞いていた。そのこともあって無理して明るく振る舞ってたのか。

 それに、とおるだってずっと男の子として生きてきて、それが突然……、なのに私は自分のことだけで精一杯で……

 とおるの方が頑張ってたのに……


 「もう大丈夫だよ、とおるは私が――」


 「何処に居るのかと思えば、班のメンバーを放ったらかして “うんち姫” と仲良くお喋りとはな。君たちにも異臭がこびり着いてしまうんじゃないか?」


 言い終わる前に、厄介なのが……


 「いい加減にしないかっ、正清まさきよさん」


 「そうだよね。こんな風にとおるとくっついてたらとおるの匂いが移っちゃうよね」


 「そんな……、抱きついたりしたら臭いが取れなく……」


 いい機会だから、とおるを思いっきり抱きしめる。腕の中にすっぽり収まって、柔らかくて……


 「桃みたいな甘〜い香り。私は大好きだな」


 「そうよね。とおるさんって本当にいい香りがしますわよね、武神たけがみさん」


 「えっと、うん。そうだね」


 水無みなさんも後ろからとおるに抱きつき、武神たけがみさんは遠慮気味にとおるの手を取る。


 「待ってくれ、どうしたんだ? 成績上位者の絆は――」


 「そんなの……」


 この人、鬱陶しい……


 「そんなどうでもいい。とおるを避けたいのなら、私にも近づかないでくれるかな」


 「何を言って――」


 「ぼくにもね」


 「勿論、私にも近づかないでいただけますか」


 「とおるは私の家族。貴方は赤の他人。偶々入試で上位に入っただけの他人。家族のことをとやかく言われる所以はないっ」


 「くっ、勝手にすればいい」


 言われなくても勝手にする。この手は、もう離さない。


 「大丈夫、とおるは私が守るから」


 「伊織いおり……」


 そう、姫神ひめがみ 伊織いおりとしてとおるを守る。

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