01.02.天使を見つけた日

 父さんに無理やり連れてこられたパーティー。

 『遅くなるから一人残していけない』らしいんだけど、そんな子供じゃないし、放っといてくれてよかったんだけど。『隅っこで適当に食ってりゃいいから』か。言われなくてもそうするつもりだけどさ。

 会社主催のパーティーということもあって、小さな子供連れで来ている人も多い。小さなね。僕みたいな中学生は……、一人いるかも?

 不思議の国を思わせるエプロンドレスで子供達の注目を集めている可憐な女の子が。羨ましいのかな、ううん、ただ単に見とれてるだけだと思う。まるで青い瞳に吸い込まれるように、彼女から目が離せない。

 あっ、気付かれたかも……

 一瞬だけど、目が合ってしまった。なんか、こっちに近づいてきてるよ。どうしよう……


 「折角のパーティーなんだから楽しまないと」


 「……」


 てっきり怒られるんだと思ってた。『ジロジロみないで』みたいに。でも普通に話し掛けてくれたんだよね。周りを見てもこんな隅っこに居るのは僕だけみたいだし……


 「紅葉坂もみじざか 凜愛姫りあら。あなたは?」


 「えっと」


 名前を教えてくれたの? こんな僕に話し掛けてくれて、名前を……

 でも、ちょっと距離が近いかも。そんなに見つめられると顔が熱くなってくるし、いつもの癖でつい下を向いてしまう。あっ、でも僕も名前を……


 「ひ、姫神ひめがみ とおる……です」


 「とおるさんっていうんだ。多分、同じぐらいの歳よね?」


 「う、うん。中2ですけど」


 「同じだねっ。ねえ、とおるって呼んでもいい? 私のことも凜愛姫りあらって呼んで! 宜しくね、とおる


 これが凜愛姫りあらとの出会い。

 そして、この後ずっと、パーティーが終わるまで彼女は喋り続けた。よくそんなに話すことが思いつくなと関心してしまうぐらい。口元に笑みを浮かべ、それは楽しそうにくるくると表情をを変えながらも、青い瞳はしっかりと僕を見てくれていて……


    天使だ……


 そう思えるぐらい幸せな時間が流れていった。僕とは正反対の明るい世界に居る人なんだろうな。暗くてコミュ障でボッチな僕なんかとは……

 僕だって小学生のときはこんなんじゃなかったのに……


 僕はずっと父さんの実家、祖父母の元に預けられていた。自然がいっぱい……というか、周りに自然しかない超田舎で、過疎化が進んだ集落。同級生も六人しかいなかったな。でも、こっちと違って僕を見下す人なんか居なくて、毎日が楽しくて……、あのまま田舎で暮らしてられたら良かったのに。大人の勝手な事情で中学進学を機に上京する事になって、少し訛りもあったから誂われて、こんな体つきの所為か女の子の名前で呼ばれるようになって、いつしか人を避けるようになっていた。


 「そうだ、夏の旅行も行くの?」


 夏の旅行。多分、父さんの会社の社員旅行の事なんだろうけど、父さんはどうせ飲んだくれてるんだろうし、一人じゃ詰まんないしな……


 「いや、僕は……」


 「えー、一人で行っても詰まらないじゃない、一緒に行ってくれないかな?」


 天使みたいな女の子が僕を誘ってくれている……

 一緒にディズニーリゾートへ行こうと……

 目頭が熱くなり、凜愛姫りあらが滲んで見え始めた。僕も行ってみたい。こんな女の子と一緒に……


 「うん、僕でよかったら……」


 こうして、翌年の夏、社員旅行で一緒にディズニーランドに行くことになったんだけど、いろいろ勘違いしていたみたいだ。


 「えー、何でまたその格好なのよ。ノースリーブのワンピースとか似合いそうなのになぁ」


 「ワ、ワンピース……」


 「そうだ、今度一緒に買いに行こうよ。約束ね。今日のところは……まあ、彼氏っぽい感じもいいか。どちらかといえば女の子寄りだけど、中性的なイケメンに見えなくもないかな」


 「……」


 「ん? 私、何か変なこと言った?」


 無邪気にそんなことを言ってくるんだけど、本気で言ってるのかな。それとも……


 「もしかして……」


 「えっ、居ないわよ、彼氏なんて。だからそういう感じもいいなーって思っただけ。そういうとおるは居ないの? 彼氏」


 「彼氏とか、そういう趣味はないから」


 やっぱり……僕の事女の子だと思ってる。彼氏なんて居るわけ無いよ。


 「……そ、そう。へ~、そうなんだ~。私は普通だから。全然ノーマルだからね……」


 そう言って少し距離をとる凜愛姫りあら


 「僕だって普通だよ」


 「うん。そうだね。今の時代、色んな愛の形があるからね。頑張ろうね。私も応援するから。応援……だけね。とおると仲良くなりたいけど、それは友情って意味でね、だから親友とかになれたら嬉しいんだけどそこから先はちょっと……」


 それ、前提がおかしいから。


 「僕、男なんだけど」


 「……嘘よ」


 嘘って……。確かに自信なさげな言い方だったと思うよ、自分でも。でもそれはいつものことだから。

 凜愛姫りあらの視線は……僕の胸を凝視してるのかな。そのまま力なく一歩、二歩と歩み寄り、震える手を伸ばしてくる。きっと触って確かめようとしてるんだろうな。ちょっと緊張するけど……、そうだね、触れば判るもんね。僕は凜愛姫りあらの手を取って、自分の胸へと重ねる。


 「ない……、Aぐらいかと思ってたけど……、全然ない」


 「あるわけないよ」


 ちょっと擽ったいけど、これで解ったでしょ? 僕が男だって。


 「じゃあ、本当に……」


 ショック、だよね。声色からも表情からも伝わってくる。でも、そっか、女の子だと思って誘ったって事は……


 「明日は……無理だよね」


 「大丈夫。うん、大丈夫よ」


 「でも……」


 どう見ても大丈夫じゃなさそうだよ……


 「約束、したから。守らないとね。と、とおるは私とじゃ嫌?」


 「嫌な訳ないじゃん……」


 僕は楽しみにいしてたんだから、凜愛姫りあらと一緒に行くの。


 「うん、じゃあ、何の問題も無いわね。ねえ、それって伊達メガネ?」


 「謎の頭痛に悩まれてさ。確か遠視って言われた気がするんだけど、メガネかけたら頭痛も治まったんだ」


 「老眼?」


 「遠視だって」


 「冗談、冗談。今もメガネないとダメなの?」


 おどけて見せてるけど、表情が固くなってるよ。やっぱ無理してるんだ。嫌だよね、男と二人でなんて。デートみたいじゃん。デート……、凜愛姫りあらとデートか……


 「ちょっと外してみてよ。ねえ、聞いてるの?」


 「やだよ」


 メガネがあると他人との間に壁があるみたいで、薄い薄い壁だけど、何も無いよりはいいっていうか……


 「だめ?」


 上目遣いで覗き込んでくる凜愛姫りあら。メガネを外すまで続けるつもりなんだろうか。ずるいよ、そんな顔。断れないじゃん。


 仕方なくメガネを外すと凜愛姫りあらの顔が一層近づく。だから、近いって。


 「あの……」


 「ふ~ん。こうなるんだ。私、こっちのとおるの方が好きかな」


 「誂わないでよ」


 す、好きだなんて……


 「本当だよ」


 「あり……がと」


 だから、メガネは外すことにした。少なくとも凜愛姫りあらと一緒に居る時ぐらいは。そして、いよいよディズニーランドへと。

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