人の秘密はバラしちゃ駄目なやーつ
告白した日から、土日を挟んで三日後。つまり週初めの月曜日。
登校し、自分の教室に入ると、七瀬さん……じゃなくて、彩芽が声をかけてきた。いやまあ、この休日中ずっとラノベ談義で盛り上がっちゃってですね。なんかその、流れで下の名前呼びすることになったんすよ。はい。ちなみに俺は、駿朔を縮めて駿と呼ばれることになったっぽい。嬉しいから何でもいいけど。
「あ、駿。おはよ〜!」
「お、おう。彩芽。おはよう」
「で、で! 持ってきてくれた?」
「ああ。持ってきたぞ」
「やたっ!」
俺の前でちっちゃくかつ可愛らしくガッツポーズをする少女。……こいつ、これで俺の事フってるんだぜ? つっても、友達になってまだ三日目なんだけど。
俺は昨日話題に上がって、彩芽に貸すことを約束していたラノベをカバンから取り出す。
正直、登校して「おはよう」とか言い合うのは、ずっと憧れてたシチュエーションだった。だったんだけど……俺、フラれてんだよなぁ。
と、泣き言を心の中で呟いていると、周囲の雰囲気がいつもと違うことに気が付く。
考えてみれば、今まで誰かと付き合ったと噂が流れたことの無い美少女が、急に関わりが薄かったはずの特定の男子を呼び捨てにし始めた。それは他のクラスメイトにとっては誤解するに足る情報なわけで。
「……ああ、昨日新しい消しゴムを買ったのは、今日ここで古い消しゴムを全力投球することを見越してだったのか、過去の俺」
「じいちゃん、すまねぇ……じいちゃんが買ってくれたこのハサミを、赤く染めることになっちまうとはなぁ」
「神様、この場に尖った鉛筆しかない自分をお許しください……」
「皆の衆、悲観的になるにはまだ早いぞ。……ここに、コンパスが二本あるぜ」
「「「おおっ!!」」」
えぇ……男子共が殺伐としてて怖いんだが。これ、俺死ぬくない? 背後から刺されるでもなく、堂々と殺されそうなんだが。しかも文房具で。しかも文房具で!(強調)
まあ.気持ちはわかるぜ。俺みたいな陰キャぼっちな奴が彩芽と付き合った、などど聞いたら、俺も向こう側に居ただろうしな。納得は出来てしまう。
だけど、実際には付き合ってないわけで。何ならフラれちゃってるわけで。
誤解されたせいで殺されるなんて、そんなのは嫌だっ!
どこに逃げればいい……廊下は追いつかれやすいし……窓の外か? ここ二階だし、行けなくはねぇな……。でも、落下の威力をどうにかしないと、その後走れなくなりそうだな……。
逃走経路を頭の中で確認していれば、二人の男女が俺達……もっと言えば、彩芽のもとに集まった。彩芽がよく一緒に居る、言わばリア充グループのメンバーだ。二人とも美男美女で、漂う
「彩芽。その、隣にいる方とはもしかして……」
「え? ああ、駿とはただの友達だよ? 付き合ってるってわけじゃなくてね」
「でも、彩芽が湊の男子を下の名前呼びとかしてるの、見たことないですよ?」
「まあそうなんだけどさ……だけど、駿とは本当にただの友達だよっ!」
うん、ほんとに付き合ってないから、これ以上俺の心の傷をめった刺しにするの止めてくれませんかね? かなりグサグサと刺さってるから。
リア充グループの女子メンバーがわいわいと俺の心をえぐってくる中、リア充グループの残り一人――チャラい感じの見た目な金髪イケメンが俺に寄ってくる。さっき女子側の話に出てた、湊という名の男だろうか。
「(お前……イメチェンしたんだか何だか知らねぇが、調子乗ってんじゃねーぞ)」
怒鳴るでもなく、耳元で囁くように。けれども憎しみに似た負の感情が込められているようだった彼の言葉。イケボだった。俺じゃなかったら惚れたね、知らんけど。
というか、何で俺はこんなこと言われてんだよ。調子なんて乗ってねーぞ? 逆にどうしたらフラれたのに調子乗られるんですかね。
……いや待て。もしかしたらこれは、嫉妬では? 彩芽が、下の名前で急に特定の男を呼び始めたことに対する嫉妬。元々は自分だけの特権だったのに、それが奪われたことに対する憤慨。そんなところか。
となると……導き出される結論は。
「(もしかして、彩芽が好きだったりするのか?)」
「んなっっっ!!」
いや、わかりやすすぎか。そんなにも顔を赤らめて慌てちゃって……チャラ男っぽいのに、意外とピュアなの? ぴゅあぴゅあなの?
つか、折角気ぃ遣って囁いてやったのに、注目浴びちゃってんじゃん。俺は悪くないからなー?
チャラ男もそれに気が付いたのか、きょろきょろと周りを見回した後、動揺した様子で俺に聞いてきた。
「(……どうしてわかった)」
……ごめん、逆にあれでどうしてバレないって思ってたのか聞きたいな、うん。
まあ、そんなことを言うわけにもいかず。
「(ちょっとわかりやすい反応だったから、今後は気を付けなよ。……ああ、それと――)」
「(――安心していいよ。俺、もう彩芽にフラれてるから)」
「……はぁっ!? 彩芽にフラれてたのかっ?」
「ちょっ、声大きいって……」
なに人の失恋を公開してくれとんじゃい! さっきから注目浴びてるままのこの状態でそんなこと言われたら……残りの俺の高校生活、終わりかもしれねぇ。「七瀬彩芽にフラれた人」って肩書が、ずっと付きまとうんだ……ははっ…………別にいいさっ。
周りも、「え、フラれた?」「どういうこと?」「あの、高……高本君が?」「高……高橋君は七瀬さんに告白したってことなの?」「……なんでもいいけど、殺るか。高……高なんとかを」「そうだな。高……高なんとかを」と、動揺してる……ねぇ、名前間違ってるのは、動揺してるからだよね? そうだよね? まあ俺も、彩芽以外のクラスメイトの名前覚えてないんだけど。
「……すまん。大声で、その……フラれたってこと言っちまって」
「……まあ、驚くのもわからなくはないからな。俺だって、逆の立場なら驚いてたし」
「……今度何か奢らせてくれ。贖罪として」
「いいのか?」
「逆に、こっちとしてはその程度でいいのか、ってぐらいなんだが」
どうやらこのチャラ男君。見た目に反して、結構いい人っぽいな。正直「メンゴ!」とかで済まされるんじゃないかって思ってたけど、まさか奢ってくれるだなんて。やっぱ、見かけで人を判断するもんじゃねぇな、と。コミュ障は学習しました。
「あ、彩芽っ! 彼の言ってることは本当なんですか?」
「え? う、うん……って、これ言っちゃって大丈夫だった?」
「ああ。どっちにしろもう大半にバレてるだろうし、隠したところで今更だからな」
「うぐっ……」
俺も傷を抉られたんだし、お前も抉られるべきだろ? そんな気持ちを込めて、ちらっとチャラ男を見る。……うわ、めっちゃ申し訳なさそうな顔してる。ここまで行くと、見た目詐欺じゃね? だからなんだって話だけど。
「でも、それにしてはめっちゃ仲良さそうですよね?」
「それは、その……趣味が、ね?」
言いづらそうにする彩芽。まあ、確かに言い難いわな。サブカル文化が受け入れられないと言いたいわけじゃないが、オタクはこういうのを大っぴらに公表するのを避けたがる傾向がある。たぶん。
どうしよう、と俺の方を見てくる彩芽。いや、俺にどうしろと? コミュ力ゴミな俺が出来ることなんて無いに等しいぞ?
けれども、惚れた女に頼られて、それに応えないというのは男が廃る。
俺は無い知力を振り絞って、彩芽に最も被害の少ない答えを考える。……うーん、考えつきはしたけど、これでいいんだろうか。まあ、その時はその時だ。土下座でも何でもしてやるさ!
「――ほら、周知の通り俺ってオタクみたいなイメージあるだろ? んで、告白してフラれはしたものの、彩芽が元からそういうサブカル系のことに興味があったらしく色々レクチャーしてくれって言われてさ」
あくまで、オタクなのは俺。彩芽はただ興味を持っていただけで、俺から色々聞いてきたという体。我ながら、中々いい感じに誤魔化せてるんじゃないか? 嘘は言ってないし。
「ほー、そういうことだったんですか」
「まあ、うん、そうだよ……?」
曖昧に笑う彩芽。おい、俺の折角の努力を無駄にすんなよ? まあ彩芽だったら許すけども。
そして、俺の回答は周囲の奴らの誤解を解くのにも役立ったようで。
「高、俺は信じてたぞ!」
「高、どんまいな!」
「高、この新しい消しゴムやるから元気出せよな!」
「高……お前はよくやったよ。ほらこれ、じいちゃんがくれた大事なハサミだけど……お前にやるよ」
「高様、この場に尖った鉛筆しかない自分をお許しください……」
……ごめんみんな、どう反応すればいいのか、俺はわかんねぇ。そもそも、これ慰められてるの? にしてはツッコミどころありすぎるんだけど……何だよ「高」って。俺は高木だっての。諦めるの早ぇよ。残り一文字付け加えるだけなんだぞ? あと文房具は満ち足りてます。
そんな、暖かいともなんともいないような雰囲気の中、俺は溜め息をついた。
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