031 スライムたちの反撃



「ホント、いつもいつも……アンタを見てるとイライラしてならないわ!」


 その言葉どおり、ドナは苛立ちを剥き出しにしてくる。その迫力に、アリシアは完全に押されてしまっていた。

 当然、ドナもそれは確認しており、そのままアリシアに向かって畳みかける。


「そもそも魔物のほうが私たち人々を脅かしてる存在なのよ? それを根こそぎ始末するってのが、私たち冒険者の仕事なんだから! ハッキリ言うけど、今のアリシアは異常そのものにしか見えないわよ!」

「あぁ、俺もドナには同感だ。少しは頭を冷やしたほうがいいぞ」


 ブルースが腕を組みながら胸を張り、得意げな表情でうんうんと頷く。

 ――俺たちは今、とても素晴らしいことを言っている!

 そんな優越感という名のオーラが全開であり、それが余計にアリシアの苛立ちを引き立てていた。果たしてそれは彼らがわざとしていることなのか、それとも天然で行っていることなのかは、定かではないが。


「俺たちは冒険者の仕事を全うしなければならない。そのためにも里の魔物は、根こそぎ倒すことは決まっている」

「ちょっと待ってくれよ、ブルース!」


 しかしそこに、ダリルから待ったが入られた。ブルースやドナ、そしてエルトンが軽く顔をしかめるが、それに構うことなく彼は続ける。


「せめて俺に魔物の選別くらいさせてくれや。魔物も立派な戦いの武器として使いてぇんだからよ」

「おぉ、そう言えばそうだったな。悪かったよダリル」


 魔物を扱って戦いに挑むダリルの都合を、ブルースたちは即座に察した。確かにそのとおりだと思い、ドナやエルトンも納得の頷きを示す。

 しかしアリシアからすれば、その全てが白々しいの一言でしかない。

 全ては自分たちの思いどおりに事を進める――それ以上でもそれ以下でもないようにしか見えないからだ。


「ぐっ……さっきから勝手なことばかりぬかしおってからに……」


 長老スライムがプルプルと震えながら唸り声を出す。それを見たアリシアは、小さな笑みを浮かべた。


「大丈夫よ、スライムの長老様」


 決して大きくなく、それでいてハッキリと通る声で呼びかける。ハッと目を見開きながら反応する長老スライムに、アリシアは告げた。


「魔物ちゃんたちだって立派に生きているんだもの。それを脅かすのを、黙って見ているつもりはないわ!」

「アリシアよ……お主というヤツは……」


 長老スライムが驚きを隠せない。心なしか体の揺れも増した気さえする。それが感動を示しているのかどうかは定かではないが。

 しかしそんな姿に、またしても茶々を入れる者たちがいた。


「ったく、嬢ちゃんも可哀想なもんだぜ。あの小僧の悪影響を受けちまってよ」

「全くだな」


 ため息交じりの嘲笑を浮かべるダリルに、ブルースも同意する。


「どうやら我々の仕事がもう一つ増えたようだ。二人の若い少年少女を、俺たちの手でしっかりと更生させるという仕事をな」

「あぁ。魔物使いの小僧は、俺様にやらせてくれないか?」

「分かった。任せたぞダリル」

「おうよ」


 そして再び、二人揃ってニヤリと笑みを浮かべ、アリシアたちに視線を向ける。まるで最初からそうするよう、打ち合わせをしているかのようであった。


「さてと――アリシア」


 ブルースが一歩前に出ながら呼びかける。


「例の魔物使いの少年の元へ、案内してもらおうか。彼にも用があるからな」

「誰があなたたちの言うことなんて――」

「口の利き方には、少しばかり気をつけたほうがいいぞ」


 ブルースはダリルに目配せをする。それを受けたダリルは頷き、フェアリーシップの入った小さな檻を、見せびらかすかのように掲げた。


「魔物に対して温情を抱いているキミのことだ。この小さな魔物がどうなっても構わないとは、恐らく思わないだろう?」

「くっ――!」


 分かりやすい脅しであったが、アリシアにとっては効果抜群であった。

 いくら魔物と言えど、何の罪もない生き物を見殺しにはできない。ましてや今の彼らは何をしてもおかしくない状態なのだ。故にアリシアは、まんまと彼らの術中に嵌まってしまう事態に陥ってしまう。


「さぁ、分かったら大人しく――」


 勝ち誇った笑みを浮かべるブルースの隣で、エルトンがそれに気づいた。


「下がれ! 上だ!」


 後方へ飛び退きながらエルトンが叫ぶも、数秒ほど遅かった。木の上から飛び降りたスライムたちが、こぞってブルースやドナ、そしてダリルの顔にベッタリと体を広げて張り付いてしまう。


「ぶむぁーっ!」

「ぬぁ、ぬぁによ、ごれぇーっ!」


 ブルースとドナが、顔面に突如訪れた衝撃に混乱する。必死に顔から引き剥がそうとするも、スライムはピッタリ張り付いて離れようとしない。

 更に――


「むぐうぅーーっ!?」


 ダリルに至っては、顔だけでなく体のあちこちにスライムが張り付き、そのひんやりとした気持ち悪さが正気を失わせる。

 やがて手に持っていた檻を、思わず放り出してしまった。

 ――がしゃあんっ!

 地面に落ちた衝撃で檻が壊れ、フェアリーシップがのそりと出てくる。


「キュゥ――キュウッ!!」


 フェアリーシップは誰もいない方向へと走り出す。ここにいたら危険しかないことを察知したのだった。


「くっ、逃がすか!」


 唯一無事だったエルトンが、それに気づいて追いかける。それに気づいたアリシアも後を追おうとした、その瞬間――


「はあっ!」


 ――ぼおおぉぉーんっ!

 アリシアの立っていた位置で爆発が起こる。寸でのところで避けたため、なんとか無傷で済んだが、完全にエルトンを取り逃がしてしまった。


「こんなスライム如きに邪魔されるなんて……屈辱にも程があるわ!」


 苛立ちを募らせるドナの顔は、あちこち焦げていた。魔法を使い、強引に顔からスライムを引き剥がした結果である。

 そしてブルースも、力づくで顔からスライムを引き剥がしつつあったが、既に周りには他のスライムたちが待機していた。案の定、ブルースはまたしてもスライムの餌食となる。

 そんなリーダーのピンチをよそに、ドナはアリシアを睨み続けていた。


「生意気なのよ……アンタのことは昔から気に入らなかった……」


 アリシアに向けて、ドナは炎を生み出す。


「魔法も使えないくせに、ユグラシア様に認められているアンタだけはっ!」


 ドナの表情は、まるで仇を見るかの如く、憎しみに支配されていた。

 そんな彼女の叫びに対し、アリシアはただひたすら、表情を強張らせることしかできないでいた。


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