030 ブルースたちの襲撃
隠れ里に現れたブルース一行とダリル。もはや侵入者を通り越して、襲撃者といったほうが正しかった。
険しい表情を浮かべるアリシアの隣から、長老スライムが前に躍り出る。
「お主ら……どうやってこの里まで辿り着いた?」
その瞬間、ブルースたちは目を見開く。
「こりゃ驚いたな。まさか喋るスライムに出会うとは思わなかったぜ」
「質問に答えんか若造が!」
「おぉ、いっちょ前に怒鳴ってきやがった」
声を荒げる長老スライムだったが、ブルースはおどけるばかりであった。
「多分、声からして爺さんか? スライムも年を取るんだな」
「当たり前だろう。むしろ寿命は魔物のほうが圧倒的に早いんだぞ」
「うっせぇな、エルトン。それぐらい俺も知ってんだよ!」
「どーだかねぇ」
「あぁん? ドナも俺をからかうつもりかよ!」
「別にそんなつもりはないけどぉ?」
「ぐぬぬ……」
一行だけで会話を始めてしまい、完全に長老スライムはスルーされている。苛立ちが募る一方だったが、ここで我を忘れては相手の思う壺――そう思った長老スライムは、なんとか落ち着きを取り戻していく。
「もう一度聞く。お主らはどうやって、この里まで辿り着いた?」
そして長老スライムは、改めてブルースたちを睨みながら、低い声を出す。
「普通ならば近づくことすらできん場所じゃぞ? どんな手を使ったのじゃ?」
「ん? あぁ、そんなの簡単な話だ。ほれ――」
ブルースはあっさりと種明かしをした。隠していた檻を取り出し、そこに入れられている正体を明らかにする。
「キュ、キュウ……」
それは、小さな白い生き物だった。見た目は猫に似ているが、デフォルメされているその姿は、明らかに普通のそれとは違う。
表情と鳴き声からして、怯えていることは考えるまでもないことだった。
「フェアリーシップ――やはりそういうことじゃったか!」
長老スライムは苦虫を噛み潰したような表情をする。
「あれも霊獣の一種じゃからな。結界をすり抜けるにはうってつけの存在じゃ!」
「もしかして、数日前に他の隠れ里から消えた……」
「可能性は高いじゃろう」
アリシアと長老スライムの会話を聞いたダリルは、眉をピクッと動かした。
「誤解されたくねぇから言っておく。これはあくまで『拾った』んだ。俺様を無暗に悪者扱いされるのは、正直困るってもんだなぁ」
あくまで心外だと言わんばかりであった。もっともこうして襲撃に等しいことをしている時点で、説得力の欠片もない状態である。
本人がそれを全く考慮していないのは、もはや考えるまでもない。
「魔物に襲われた盗賊たちの慣れの果てと遭遇してな。ボロボロと化した荷物の山の中に、コイツが紛れ込んでたってワケさ。その盗賊たちもまた、どこかでコイツをひっ捕らえたんだろうぜ」
その時のことを思い出し、ダリルは大袈裟に肩をすくめる。全く酷い光景だったと言いたいのだろうが、アリシアたちからすれば、うっとおしい仕草以外の何物でもなかった。
そんな彼女たちの苛立ちを完全に無視し、ダリルは語りを続けていく。
「調べてみたら、霊獣とかいう珍しい魔物だって分かった。それで何かに使えると思って連れてきてはみたんだが――まさかこんな形で役に立つとはな。流石の俺様でも予想外だったよ」
そしてアリシアたちに向けて、ダリルはニヤリと笑みを向けた。
完全に悪人のそれであり、理解こそできたが同意は一切したくない――そんな気持ちでいっぱいだった。
するとここで、ブルースが小さなため息をつく。
「まぁ、種明かしはこんな感じでいいだろう? 別に大したことじゃないさ」
「そーそー♪ そんなことよりも、まさか魔力スポットがあるとはね♪」
ドナも前に出ながら、アリシアたちの後ろ――すなわち泉に視線を向けてきた。
「やっぱり私たちはツイてるよねー、ブルースさん♪」
「あぁ。これだけ濃厚な魔力だ。俺たちのパワーアップに利用するには、実にうってつけだと言えるだろう」
そしてブルースもニンマリと笑みを浮かべる。有り体に言って、悪人顔負けもいいところな表情であった。
当然、隠れ里の魔物たちからしてみれば、招かれざる客もいいところである。
「バカモノどもが! ここの魔力スポットをどうするつもりじゃ?」
長老スライムも当然の如く、黙ってはいない。
「もし魔力スポットに下手な手出しをすれば、この里だけでなく、この森全体にも影響を及ぼしかねんぞ! そんなことも分からんのか!?」
「おーおー、流石は爺さんだなぁ。いっちょ前にうるさい説教しやがってよぉ」
しかしブルースは、肩をすくめて笑うばかりであった。他の三人も似たような反応を示しており、誰も真面目に聞こうとしていない。
口うるさい老人の聞くに値しない説教――そうとしか思っていなかった。
「大体、魔力スポットが一つなくなったところで、誰も困りはしないだろ。言うことがいちいち大げさ過ぎ。もう少し心を広く持ったほうがいいぜ? こんな誰も来ない場所でムダに垂れ流すよりも、俺たちが有効活用したほうがよっぽど世界のためになるってもんだ!」
「そーよ、ブルースさんの言うとおりよ。スライムのくせに生意気だわ!」
ドナがブルースの言葉に乗っかる形で調子づく。そして他の二人もフッと笑いながら口を開いた。
「これ以上の会話は無意味だろう。さっさと行動に移したほうがいいと思うぞ」
「俺様もエルトンに同感だ。ここに来た目的を――」
果たそうぜ、とダリルが言おうとしたその時であった。
「キュウッ、キュウッ!!」
――ガッシャン、ガッシャン!
フェアリーシップが檻から出ようと必死にあがいている。鍵がかかっているため簡単には出られないが、音がうるさいのも確かだった。
少なくともブルースたちの気が削がれる効果は、着実に出ていると言えた。
「あぁ、もう! うっさいわねー!」
苛立ちが募ったドナが、とうとう声を荒げた。
「ソイツはもう用済みになったんでしょ? だったら捨てるなりなんなりしちゃってもいいんじゃない?」
「いいや、コイツは珍しい魔物だ。他にも色々と使いようはあるんだよ」
「ダリルの言うとおりだ。コイツにはまだまだ価値がある」
ブルースも腕を組みながらニヤリと笑う。
「珍しい魔物なら、貴族にも高く売れるはずだ。そうすりゃ大量の金を得た上に、強力なコネを作ることもできる。そう考えりゃ手放すなんて勿体ねぇ話だろ?」
「ふーん……まぁバラ色の人生が待ってるってんなら、別にいいけど」
もう興味をなくしたのか、ドナは投げやり気味に言った。これで会話がひと段落したとブルースたちは思っていたが、そうは問屋が卸さなかった。
今のやり取りに対し、許せない気持ちを募らせる少女が目の前にいたからだ。
「あなたたち最低よ! やっていることは盗賊と一緒じゃない!」
「――ハハッ。アリシアこそ、何を言ってるんだね?」
ブルースは涼しい顔で笑ってのける。それが嘲笑の類であることを、隠そうともしていなかった。
「俺たちは捕らえた魔物を売ろうとしているだけだぞ? それがたまたま珍しい魔物だったってだけの話だ。冒険者でもなんでもねぇガキが出しゃばるな。お遊びに付き合っているヒマなんざねぇんだからよ!」
本人からすれば、邪魔な子供を叱っているだけのつもりだった。それが自分たちの行動を正当化させる言い訳に過ぎないことなど、まるで気づく様子もない。
「この隠れ里とやらも、立派な宝の宝庫と言える。しかし今は魔物の住処。それなら冒険者として、この状況を放っておくことなんざできねぇよなァ?」
ブルースはニンマリと仲間たちに笑いかける。ドナやエルトン、そしてダリルも揃って、ニッと笑いながら頷いた。
当たり前じゃないか――そんな無言の言葉がアリシアには聞こえた気がした。
「……つまりあなたたちは、平穏に暮らしている魔物たちを脅かすってこと?」
アリシアが低い声で尋ねる。しかし――
「人聞きの悪いこと言わないでよ、何も分かっていないお子ちゃまが!」
ドナが大きな声で、それを一蹴してしまうのだった。
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