スキ

変太郎

第1話 like a cherry blossom

 僕には好きな人がいる。相手の顔は知らない。声は、まあ可愛い。本当かは知らないが、僕と同い年らしく、結構男っぽいタイプ……だと思っていた。実際には全然そんなことなくて、2人だけの通話になると、急に女の子らしくなる。それが妙に心地良くて、自分だけが彼女の本当の姿を知っているかのように思えた。

 彼女とはFPSファーストパーソンシューティングゲームで知り合った。最近では、女子がこの手のゲームをプレイしていることは珍しくない。むしろ、僕がFPSをしていることが珍しかった。彼女にとっては、共に戦ってきた多くの戦友のうちの1人かもしれない。でも僕にとっては彼女は特別な存在だった。「好き」なのかはまだはっきりしないけれど、少なくとも気にはなっていた。

 だが、この楽しいときに、僕にとって不必要な行事が迫ってきていた。

 ----高校入学式当日。

 今の僕に、現実世界での友だちなんかいらなかった。もう僕はネットの中で満ち足りている。そう思っていた。

 

「写真撮ろう!」

女子は打ち解けるのが早いなぁなんて思っていた矢先。

「いいけど……」

 ちょっと素っ気なくて、でも綺麗で。緊張からか、いつもと少し違ってはいたけれど、その声は明らかに聞き覚えがあった。「おたま」。彼女のユーザーネームが脳裏に浮かぶ。ここで唐突に声を掛けて、もし違ったら恥ずかしい。ノーリスクで確かめたい。となると方法は……


「おたま!!」


うつむきがちに、大声で叫んだ。やばい。視線を集めてしまった。突然大声を出すなんて、むしろ一番やばい方法だったのでは!?!?

 でも、ここまでしたんだから、収穫は得たい。そっと顔を上げ、彼女がいた方を見やる。

 こちらを見ている。その表情は、わかりやすく慌てていて、頬がピンクに染まっている。

「どしたの?」

 共に記念写真を撮ろうとしていた女子に不思議がられている。

「ちょっと知り合いいたから行ってくる!」

「あ、うん」

 彼女はこっちに向かって走ってくる。僕の顔のすぐ近くまで来ると、

「……てよ」

 小声で何か言った。

「やめてよ、サカナ」

 俺を変なユーザーネームで呼ぶ。ということはやっぱり……? てか

「もしかして同じ学校!? 同じクラス!?」

「え!? 嬉しい!」

嬉しい? 嬉しいって言った今? 僕と同じクラスで嬉しい!? え、まじ!?

「僕もだよ!」

「え、奇跡じゃない!? やばいねー!」

彼女は現実世界ではこんな感じなのか? でもさっき女子と話してる時はこんなんじゃなかったような……。

 てことはこのテンションで話すのは俺とだけで……。隙を、素の気持ちは俺にしか見せなくて……って妄想が酷すぎる。


「よろしく! サカナ!」

「よろしく! おたま!」


お互いに名前を知らない僕らは、こんな変な名前で呼び合う。

 桜の木の下。桜のように華やかなその表情を見て、現実での新生活が少しだけ楽しみになった。


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